君のいる日常
「浅倉 岬 復活!」
岬が風邪を引いた翌朝、いつもの道を通った真面目に岬からの第一声が飛び込んでくる。
「おおー。 ちゃんと風邪は治ったんだね。」
「完治とまではいかないから、防寒対策はしてある。」
今の岬の格好は、学ランの上から学校指定のジャンパーを羽織り、手袋にマフラー、首から覗いている首元まであるヒートテックを着ている等、徹底的に寒さを防ぐ構えになっていた。
「でもそれ逆に汗かかない?」
「身体を冷やすのも良くないから、私はこれくらいでいい。」
そういうものなのだろうかと真面目が考えていると、ふと岬の顔が近くなった。
「それよりも。 私が戻ってきたことについての返答がない。 なにか言うことはない?」
「うん? あー・・・」
真面目は悩んだ。 この場合どう切り返すのが正解かと。 そして出てきた答えが
「淋しかったと言えば、淋しかったよ。 戻ってきてくれて嬉しい。」
「うーん。 心が籠ってない。 減点。」
「手厳しすぎない?」
いきなり話を振られたのにも関わらずしっかり返す辺りは真面目らしさがあったのだが、岬としてはその答えに満足がいかなかったようだ。
「まあ一ノ瀬君だし、それでもいいや。 学校に行こ。」
「そうだ・・・」
真面目も岬と同じ様に歩きだそうとした時、後ろから自転車が走ってくる音が聞こえた。 チラリと後ろを見れば女子生徒が音楽を聞きながら自転車を漕いでいる。 しかも岬はそのまま歩きだそうとしていた。
「浅倉さん!」
そう言って真面目は岬の身体を自分の方に引き寄せる。 岬もいきなり腕を掴まれて寄せられたことにビックリしたのか、声も出せずに真面目にされるがまま胸元に飛び込んでいた。
「危なかった・・・浅倉さん、大丈夫?」
「むぐっ、むぐむぐっ。」
「あ、ごめん。 今度は僕のせいで窒息しそうになってるんだね。」
そう言って真面目は岬を離して距離を取る。 岬は息も絶え絶えに何とか気持ちを落ち着かせていた。
「一ノ瀬君。 それはやっぱり男子には脅威。 よっぽどの事がない限り他の人でやらないで。」
「それって・・・」
「とにかく行こう。 時間はあるけど、あんまり遅れると人の波に負ける。」
「う、うん。 そうだね。」
そうして岬の後ろを歩く真面目は横に立とうとするも岬がそれを避けるように早く歩いてしまう。
「浅倉さ・・・」
「今は来ないで。」
「そうは言っても・・・耳赤いけど、熱がまた出てない?」
「っ! だ、大丈夫です。 けど今はこの冷たい風に当たらせてください。」
そんなことをしたらまた風邪を引くと真面目は思っているものの、それを止めようとする素振りを見せない岬に、仕方なく真面目は引き下がった。
一方の岬は自分でも分からないくらいに心拍数が上がっているのを確認して、その現象に気持ちが追い付いていなかった。
そして岬は悟る。 この気持ちに正直になってしまえば引き返せないことを。
「・・・もう少し整理が必要。 早合点は危ない。」
そんな不思議な空間の中で、真面目と岬は学校に到着するのだった。
「岬。 昨日は大丈夫だった?」
登校して自分達の机に荷物を置いた後に、得流が岬の元を訪ねてきた。 昨日岬が倒れたことはNILEで知っていたので、心配になって来たのだろう。
「ありがとう得流。 もう大丈夫。」
「そう? 良かった。 岬は見た目どおり体調管理が難しいんだから、少しは気を遣ってよね。」
「見た目どおりは余計。 でも心配は貰っておく。」
「あはは。 それじゃあまたお昼ね。」
そう言って得流は自分のクラスに戻っていく。
「少しは彼女の元気さを見習ったら?」
「身体の中の影響は簡単には止められない。 それに得流だって風邪を引かない訳じゃない。 それは一ノ瀬君も同じ。 そうでしょ?」
「まあ確かに僕も夏前に体調を崩したけどさぁ。」
説得力の無さを言われて真面目も肩を落とす。 そんな風に思いつつも授業開始の鐘がなり、授業の準備をして席に着き始めたのだった。
「上からジャージを着ても寒いなぁ。」
日が高いと言うのに寒さは全く和らがない午前最後の体育。 校庭を走った後に行われたのは男女合同でのサッカーだ。 サッカーと言っても基本的にはシュートの練習やドリブルの練習などの基礎のみとなっている。
「一ノ瀬、パス。」
「はいよ。 よっと。」
真面目は目の前のクラスメイトにボールを蹴る。 パスやシュートで足の使い方を変えることを体育担当の教師から教わっているので、強すぎず弱すぎずなボールを蹴る事が出来た。
「それにしてもなんでサッカーなんだろうね。」
「あれじゃない? 最近盛り上がってきてるから、それに乗っかろうとしてるんじゃない?」
「体育の授業にまで影響受けること無いでしょ。」
真面目の後ろの男子グループが愚痴のように話している。 真面目はあまり気にしないようにしているので、右から左へ聞き流している。
「おーい、そっち行ったぜ。」
「はいはい。 おっと。」
ボールが回ってきたので止めてから別の方向に蹴る真面目。 こうして時間は過ぎていき、授業が終わればすぐに服を着替え直す。 冬の寒さと冷たい風のせいか汗はあまりかいていない。 最近は性転換に慣れてきたお陰か、同姓になら見られても恥ずかしくない程度に気持ちは落ち着いている。 そして着替え終わった真面目は鞄の中から弁当箱を取り出して、自分の席で待機する。 着替え終わったとは言え、まだ外で着替えをしているからだ。
「前までだったら逆だったんだけどなぁ。 人間半年もすれば本当にその環境に慣れるんだな。」
「なんの話?」
真面目が待っていると、隣から岬の声が聞こえてきた。 既に着替え終わり、真面目と同じように弁当箱を持って待っていた。
「いや、人間住めば都って話。 この状況にみんな慣れたんだなって。」
「これだけ慣れるのは日本人だけ。 他の国ならパンデミックって騒がれる。」
「確かに。 平和なのも考えものかね。」
何処に向けての話なのか分からない話を繰り広げながら真面目と岬は教室から移動した。
「本当に大丈夫? 昨日の今日で、登校して。」
お昼休みに集まって第一声で岬が叶に心配をかけられた。
「ん。 寒さ対策はしてきてる。 でも次は注意する。」
岬の言うように防寒はバッチリのようで、真面目も得流も安心した。
「でも分かるぜその気持ち。 なんか朝起きたらすっげぇ寒く感じるんだよな。 これって身体が女子だからなのか?」
「元々冷え性なら関係無いんじゃない? というか木山はもっと元気なのかと思ったけど。」
「俺もそう思ってあんまり厚着にしないで寝てたらまじで風邪引く一歩手前までなって、あの時は危なかったぜ。」
「もっと自分を大切にしようよ・・・」
隆起の体験談に真面目は呆れつつも、他人事ではないと悟った。 そして岬の方を見てみると弁当箱が前とは違うことに気が付いた。
「あれ? 浅倉さんのお弁当箱そんな形だったっけ?」
「冬の時用に買い替えて貰った。 温かいスープも入れれるタイプのやつにしてもらった。」
「それ、見たことあります。 下の段に、スープなどを、入れることで、保温が出来る、お弁当箱、ですよね。」
そう言いながら岬はお弁当箱を開ける。 1段目に様々なおかずが入れられており、2段目にご飯、3段目にコンソメスープとなっていた。
「そんなに食べられる?」
「ちょっとお腹いっぱいになっちゃうかも・・・ 一ノ瀬君、少し分けていい?」
「しょうがないなぁ。」
そんなやり取りを隆起達は感心するかのように見ていた。
「流れるかのようなお昼ムーヴ。 これは芸術点高いと思うのですが、木山選手はどう見ますか?」
「やはり入学式から一緒にいるだけに自然と持っていけるのでしょう。 全く羨ましい限りでございますよ、実況の近野さん。」
「なにか言った?」
「「いや、なにも?」」
真面目からの質問に隆起と得流が口を揃えて答えた。 そんな返答に疑問を持ちながら真面目達は今日もお昼休みを過ごすのだった。




