冬の始まり
外に出ると冷たい風が肌を伝う。 特に日の当たらない夜から朝にかけては特に冷え込む。 日の出もすっかり6時代となり、真面目が起きて外を見てもまだ薄暗い。
「・・・寒い・・・」
目覚めたのは良いもののその寒さに布団から出たくなくなる。 しかし起きなければ学校に登校できない。 真面目は凍えそうな寒さの中布団から出ていき、着替えと鞄を持って急いでお風呂場に行く。 そして寝巻きを脱いでシャワーを浴びる。
「・・・あちち・・・ふぅ・・・」
寒い状態から温かさを感じ、真面目はその温かさを四肢に流すのだった。
シャワーを浴び終えて脱衣所で下着を付けた後、流石に寒さが堪えるので、母から支給されたストッキングを穿き、その上から更に体育用のハーフパンツも穿いていく。 決してスカートめくり対策などではない。 というよりもそのような風潮はとっくに廃れている。 女子の姿をしているとは言え、心は男子。 気持ちとしては複雑極まりない。
「まさかこれを穿くことになるとはねぇ。」
そんな真面目もほぼ無縁に近い存在だったストッキングを今まさしく自分が穿いていることに疑問と違和感を覚えている。 もちろん寒さを軽減できるのだから文句は言わないが、下着やスパッツとは違う、肌にフィットする感じに色々と不信感があったりした。
そんなこんなでその上からスカートを穿き、Tシャツを着て、Yシャツを羽織り、更にガーディアンを着てからブレザーを羽織る。 部屋にいるため少し暑いのだが、外に出れば一瞬で冷えるためこの程度はやっておく必要がある。
そして真面目は着替え終わった後にリビングへと入っていく。 すると既に朝食を食べ終えていた壱与と目があった。
「おはよう母さん。」
「おはよう真面目。 寒くない? その格好。」
「どうだろう? 中学の時はこれでも十分だったんだけど、女子の身体になってから良く分からなくって。」
「胸の脂肪は身体を暖かくする何て言うデマを信じるんじゃないわよ? 基本構想はみんな一緒なんだから。」
「分かってるよ。 どこからの言葉さそれ。」
母の訳の分からない言葉は右から左に流し、真面目はトーストとコーンスープを交互に口に入れて、朝食を済ませて洗い物をする。
「いよいよ蛇口の水が冷たくなってくるよね。 でもお湯にすると電気代がねぇ。」
気にするところの観点はずれている気もするが、真面目は気にしていない。 そして真面目も登校するために外に出て、鍵を閉めたことを確認してから歩き出す。
「ううー、昨日よりも断然寒い・・・」
冷たい風が頬を伝う。 たまにすれ違う自転車の風すら肌寒く感じてしまう程だ。
「寒さって鍛えれば耐えられるようになるのかな? いや、身体的問題じゃないかもしれない。 まあ寒いなら寒いで仕方ないかもしれない。 風邪をひかないように体調管理と体温管理はしっかりしないと。」
そうして歩き続けていると小学生が騒ぎながら走っていくのが見えた。 近くの小学校の生徒だろう。 ランドセルを背負ったままにはしゃいでいる姿は、心の安息すら感じられた。
「子供は風の子元気な子ってね。 もう僕もそんな年じゃ無いのかもなぁ。 あそこまでの気力はないよ。 若いって良いね。」
自分もそこまで大差無い歳なはずなのだが、何故か小学生をみてそう思えてしまっていた真面目であった。
「とにかく次に買いに行くなら手袋からかなぁ。 でもああいう外側までモコモコしたのじゃなくて、中だけでも暖かくなる感じの手袋が僕としては好みなんだよね。 スポーツ用とかで使われる手袋って機能性良さそうなんだけど、実際どうなんだろ・・・」
そんな風に考えを巡らせていた真面目だったが、ふとある違和感に気が付いた。 それは周りを見れば分かることで、ここは既に岬と落ち合う脇道で、尚且つ時間としてもいつも通りなのだが、
「・・・浅倉さんがいない?」
そう、何時もならばこの辺りで一緒に合流して登校する筈なのだが、何故かその姿が何処にもなかった。
「・・・まぁそう言う時もあるか。」
この時の真面目はそこまで気にする様子は無かった。 自分よりも早く行ってしまったのかもしれない、逆に何かしらの理由で遅れているのかもしれない。 一緒にいなかろうがなにも関係はないのだからと、真面目は登校を再開するのだった。
「おはよう。」
「おーっす。」
「今日の授業なんだったっけ?」
教室についた真面目は何時もの喧騒の中に入って自分の席に鞄を置く。 岬の席をチラリと見ても、そこに岬の姿はない。 授業が始める前には来るだろうと思いながら真面目は1時間目の授業の準備をするのだった。
HRの時間になった時に数席人がいないことが分かり、その後に担任から説明が入る。
「みんなおはよう。 えー今この場にいない生徒についてだが、全員体調を崩しているため欠席だ。 寒い季節が到来したと言うことで体調を崩しやすく、また夏とは違い、男女での体温調整の仕方も変わってくる。 以上のことに注意しつつ、新年までの学校生活を送って貰いたい。」
そうしてHRが終わり、1時間目の授業の準備が行われる。
「浅倉さん今日はお休みかあ。」
真面目も理由が分かってしまえば何て事はなかった。 体調を崩した人間が無理してまで学校に来る理由などないし、もっと悪化するのが目に見える。 ただそれだけだと思い、真面目は普通に今日の授業を受けることになった。
その筈だったのだが
「・・・んー?」
真面目は自分の調子がいまいち悪いことに疑問を持っていた。 ノートを消しゴムで強く擦りすぎてぐちゃぐちゃになったり、先生に当てられて黒板の前に立った時に一瞬だけ答えが出てこなかったり、次の授業の準備を間違えたり。
そんな些細すぎるミスがあり、真面目は首を捻っていた。
「寒さで脳の動きが低下しているのかな?」
決してそれだけではないのは自分でも理解している。 理解しているのだが、どうしてもなにかが引っ掛かるような気がしているのだ。
そしてそんな引っ掛かりが取れないままに生徒会の仕事に挑んだものだから、同じ書類を何度も見返す事になっていたりもしていたのだった。
「一ノ瀬庶務。 なにか悩み事でもあるのか?」
「え? いや、そういうわけではないのですが・・・」
自分でもこの原因が分からないので、銘会長の言葉にもどう返せば良いかと悩んでしまっていた。
「一ノ瀬君。 今日はそれが終わったら帰ってもいいよ。 だけど部活の方には顔を出したら駄目だよ。」
「いや、お言葉ですが金田先輩。 僕はまだ仕事は出来ます。 これくらいなら・・・」
「これは新生徒会長としての命令。 仕事の事については頑張りすぎな位だよ。 それに仕事を先行し過ぎだ。 その書類の納期は年末だった筈だけど?」
手に持っている資料を見て真面目は動きを止める。 既に今週分はもとい、来週分も完全に確認し終わっている為、手持ち無沙汰だった真面目はその先に手を付けていたのだ。 しかし指摘をされてしまったことと、自分が不調気味なことを考えれば、ここで仕事を打ち切った所で誰も困らないだろう。
「・・・分かりました。 それではこれで失礼致します。」
そう言って生徒会室を後にしたのだった。
「仕事の出来る良い後輩が来たじゃないか。」
「頑張りすぎなのが少々気になりますがね。 結構自己犠牲型のようですし。」
「その辺りはお前達が少しずつ改善させていけばいいだろう。 次の立候補者のこともある。 あまりやつに仕事を振りすぎるなよ。」
「花村先輩もなんだかんだで心配なさっているのですね。 私感心しました。」
「お前が働かない分を庶務のあいつが肩代わりしてると考えたらそうなるに決まっているだろう。」
真面目が去った生徒会室ではそんな会話が繰り広げられていたのだった。
「・・・んー。 早く帰らせて貰ったけれど、どうしようかなぁ・・・」
自分が不調なのには変わり無い筈なのだが、特にこれと言ってやることもないのが現実。 そんなことを考えているうちに例の細道に来ていた。
「・・・そういえば前にお見舞いに来てくれたことがあったっけ?」
半年以上も前の事にはなるが、あの時の事を真面目は覚えている。 ギクシャクもしたし、異性の身体になったことで色々と不都合もあることを確認した。 それでも真面目の出した結論は
「・・・顔くらいは見せに行ってみよう。」
そう言って真面目は細道を歩いていくのだった。、




