寒くなる季節に
携帯のアラームが鳴り響く真面目の部屋。 新たなる朝の始まりであるが、真面目は布団から思うように出られずにいた。
「・・・うぅ、寒い・・・」
それも当然のこと、秋とは言え夜から朝にかけての時間は太陽が出ていないため気温が下がる。 布団から出たくなくなるのも当たり前というものだろう。
それでもなんとか起き上がり、真面目は制服を持ってシャワーを浴びることにした。
「・・・はぁ、気持ちいい・・・」
お湯の温かさが身体に染み入るように流れてくる。 それと同時に真面目の目も冴え始め、湯冷めしないように体を丁寧に拭いたあと、制服の冬服用のシャツを着て、リビングに入る。
「おはよう父さん。」
「おはよう真面目。 昨日のクラムチャウダーで良ければ暖めるよ。」
「ありがとう。」
進とやり取りを行った後に、料理が出来るまでの間はニュースを見る事にした真面目。 映っているのはとあるアイドルグループで今徐々に人気を増やしつつあると言う話題の内容だった。 年齢を見てみれば真面目と同じくらいだと言うことも分かる。
「と言うことは今映ってる子達は全員男なんだ。」
映っているのが全員女子で、尚且つ年齢が真面目と同じくらいならば必然的にそう考えざるを得なくなっているのは、真面目にとって悪い癖なのかもしれない。
「こう言ったアイドルになった同年代の人達って、その後どうするんだろうかなぁ。 やっぱり辞めちゃうのかな?」
「そうだとしたら、アイドル業界は移り変わりの激しい世界になる。 新しいことは良いことなのだろうけれど、それではアイドルになった子達が不憫だろう。」
朝食の準備が完了したようで、進はそんなテレビを見ている真面目に答えた。 真面目はそれを見てテレビが見易いソファからテーブルへと移動して椅子に座り、テーブルの上にあるパンをちぎり、クラムチャウダーに浸してから口に入れた。
「ふぅ。 ほんと寒くなってくると、こう言ったスープがおいしくなるよね。」
「ははは。 真面目は何時でもしっかりと食べるから、食欲不振の心配は無いかな。」
その後朝食を食べ終えた真面目は食器を洗ってから、椅子の横に置いてある鞄を持ち、玄関から外へと出る。 外に出るとすぐに冷たい風が真面目に吹き荒れた。
「うー寒いぃ・・・ そろそろカーディガンみたいに厚着を着る必要があるかも。 というかそういったのって学校から支給されるのかな? お金払えば。」
どうなんだろうと思いつつ真面目は通学路へと歩みを進める。 もう秋とは呼べないくらいに寒くなりつつあるこの時期に、真面目は手を擦りながら歩いていく。 時折別の学校の学生やサラリーマンなんかを見てみると手袋や既にマフラーなどを付けている人もチラホラ見えていた。
「そんなに今日は寒いかな? いや、今までよりは十分寒いか。 これは僕も何とかしないといけないかもなぁ。 先週は服だけだったし、マフラーとかみたいなのは範疇外だったから。」
周りを見ながらそんなことを思い返す真面目。 後悔先に立たずとはこの事で、自分の認識不足に悩まされたものだった。
「女性は体温が低くなりやすいって言うし、そうなってくると内側も必然的に暖かくしないといけないよね。 なんかあったような気がするんだよね、毛糸のパンツ」
「おはよう一ノ瀬君。」
「とか、ってうわっ!」
独り言を呟いていた真面目に岬の声がかかったのに驚いてしまう。
「あー、この裏路地には着いてたんだ。 相変わらず学習能力が無いなぁ、僕は。」
「なんの話?」
「独り言は時と場合と場所を考えないとって話。」
「・・・あぁ、さっき言ってた毛糸のパンツの話。」
「・・・聞かれてたよねそうだよね。」
はぁ、と落胆する真面目。 聞かれたくない話を異性に聞かれるのが正直心にくるものだ。 特に今回は内容が内容だっただけに羞恥すら込み上げてくる。
「独り言は癖?」
「分かんない。 分かんないけどいつの間にか喋るようになってたかな。」
ため息を付く真面目。 治ることは無いだろうかと考えつつもふと岬の方を向く。
「どうかした?」
「いや、普通に冬用の制服だなって思って。」
「もう衣替えの時期は終わってる。 学ランを着るのは当たり前。」
「あ、いや、そう言う意味じゃなくて。 浅倉さん寒がりだからもっと着込んでくるものかと思ってたから。」
真面目は今の寒さで岬の格好が変わるものだと思っていただけに少し拍子抜けをしていたのだ。 すると岬は学ランのボタンを上の2つだけ外してそれを広げる。
「これ、普通のシャツの上にヒートテックを着てる。 お陰で寒くない。」
「・・・僕からしてみたらむしろ暑く感じると思うんだけど・・・ 何も対策していなかった訳じゃなかったんだね。」
「去年までもそうだったからね。 私寒がりだし。」
「でも夏の時にまで長袖はどうかと思うよ?」
そんな他愛の無い会話を続けながら学校へと歩いていく二人。 そして同じ学校の生徒が増えてきた道すがら、真面目はふと薄笑いを浮かべた。
「どうしたの一ノ瀬君。」
「ああ、いや。 こうやって浅倉さんと登校するのも、なんだか日常風景になったなぁって思って。」
何気なく感じていたことではあったものの、改めて考えればこうした光景が日常化している事に感嘆すら真面目は思っていた。
「確かに。 去年まではあり得なかったかも。」
「まあそもそも今の現状が想像もつかなかった事なんだけれどもね。」
「何時かは来ると思ってたけど、いざそうなってみると最初しか戸惑いはなかった。 慣れって怖いね。」
「慣れだけですむのかなぁ?」
そんな風に会話を続けていると、いつの間にか正門前に着いていた。
「おはよう。」
「今日さみぃなぁ。」
「それどこのメーカー?」
同じ様に通う同級生や上級生を目の当たりにして、見慣れた風景でも着ている服によって見方が全く変わることを真面目は思っていた。
「もうすぐ冬かぁ。」
「今年ももうあと少しなんだね。」
そう言われて真面目はその事がすっぽりと抜けていたことを思い出した。
「もう1年が過ぎようとしてるんだね。 あっという間だったような、そうじゃないような。」
「歳を取るとそう言った感情もあっという間なんだって。」
「ジャネーの法則だっけ? 年齢を重ねると体感時間が短くなるって・・・ってまだそこまでの歳じゃないと思うんだけど。」
「でもそう感じるのも無理はない。 今は楽しいこといっぱいだから。」
そう言って岬は真面目よりも先に正門に向かって振り返る。
「だからこの冬もたくさん思い出を作らない?」
このやり取りでの性別が逆だったらまさに青春の一コマとして見映えが良かったかもしれない。 だがそれは今の真面目達の世代では関係無い。 見た目や性別などただの基準にしかならないだろう。
「そうだね。 僕達なら出来そうだね。」
「なんかリアクションが薄い。」
「別に改めて宣言されるような事でもないような気がして。」
「お。 真面目に浅倉、おはようだぜ!」
「おはよう一ノ瀬、岬。」
後ろから聞き慣れた声がして振り返る真面目と岬。 今日も新たな学校生活が始まろうとしていたのだった。




