浮かれやすい季節
「皆も既に雰囲気からして感じていると思うが、ここ最近男女間での交流を行うものが増えてきた。 一年生は性転換環境に慣れ始めたのかそのような場面が見られるようになったのは喜ばしいことだろう。 しかしそれはあくまでも許容を越えない程度で留めておきたい。 今はなにかと厳しい時代だ。 それを抑制してでも止めるのが生徒会の仕事である。」
重々しい空気の生徒会室。 銘生徒会長が告げたのはそんな言葉であったが、この生徒会メンバーで理解の出来ない者は誰一人いなかった。
「それで今年はどのような対策を致しますか? 生徒会長。」
開口一番に出たのは花村。 そもそも生徒会を一緒に支えてきた仲であるため、時期が時期ならいずれは来ると考えていたのだろう。
「例年通り生徒会メンバーで1週間の放課後の校内見廻りを行う。 人目につきにくい場所を中心に行っていく。」
「それだけで抑制出来るんですかぁ?」
歌川が疑問にするのも当然だ。 校内で確認したところで、人目の付きにくい場所など校外にいくらでもある。 ほとんど意味を成していないと感じたのだろう。 しかし銘の考えは別にあった。
「別に本当に現場を見つけようとしているのではない。 あくまでも我々は「目を光らせている」ということを主張していきたいだけだ。 私とて校内で事態を起こす愚か者の処理など相手にしたくない。」
実際に遭遇したことがあるのだろうかと思った真面目だが、聞くのは止めた。 藪をつつくような事はしないのだ。
「では抑止力というのはそう言った目があるということを意識させるための行動ということですね。」
「その通りだ。 故に金田書記にはしっかりと抑制出来るようなポスターを製作して貰いたい。 短い期間ではあるが、よろしく頼む。」
「了解しました。」
そう言ってそれぞれの仕事に戻る生徒会メンバー。 その時に真面目は不思議に思った。
「・・・あれ? 僕達の役割ってそれだけなのですか?」
真面目の言った「それだけ」というのは現場を見廻りするだけというところだ。 生徒会として仕事が多いのは分かるのだが、合間を使ってまで確認することだろうかと疑問になったのだ。
「先程も言っただろう一ノ瀬庶務。 我々が行うのは「現行犯」ではなく、「未遂もとい抑制」である。」
「・・・そうか、見つけるのが目的じゃなくて、やらせないようにするための布石を打つってことだったのか。」
「物分かりが良くて助かる。 一ノ瀬庶務の場合はこれに加えて日本舞踏クラブもある。 この時期からは忙しくなるのだろう?」
既に把握されている現状を否定しない真面目。 思う節は多々あるだろうが、あまり気にしても仕方がないと割り切るのだった。
そんな話を聞いて迎えた翌日。 秋から冬に移り変わるかと思われるくらいに本日の風は冷たく感じた。 既に衣替えの期間は終わっているため、厚着をしている生徒も多く、カーディガンを着たり重ね着をしていたりと、なにかと工夫は施されていた。
「季節の移り変わりだなぁ。」
「本当にね。 また寒い季節がやってくる。」
真面目と岬は窓を開けて秋から冬にかけての冷たい風を受けながらそんな感想を述べる。
「浅倉さんは寒いの苦手そうだよね。 夏場に近い時期でもほとんどウインドブレーカーだったし。」
「体温は低い方。 意外かもしれないけど、体調が悪くなりやすかったりする。」
「それでも夏場にあの真っ黒はどうなんだろ?」
他愛のない会話をしていると、窓から覗いた校庭からなん組かのカップルらしい男女が一緒に登校しているのが見えた。
「今の時代ならどっちがどっちか分からなくなるよね。」
「それは性別の話?」
「そうそう。 見た目だけじゃ変わらないんだけど、元の性別を考えたら、なんだか複雑な関係だと思わない?」
そう聞いてみるものの岬には分からないようで、首をかしげていた。
「そういえば生徒会の人がなにか掲示板に貼っていたけれど。」
「ああ、あれね。 近々警戒強化週間みたいなのを行うんだよ。 浮かれやすい季節らしいからね。」
「さっきのカップルみたいに?」
「それぐらいなら・・・多分咎めないと思う。」
あれで咎められてしまったらいくらなんでもやりすぎだろうと真面目は考える。 そもそも今のご時世で交際自体が認められていない訳じゃない。 お互いの了承、周りの了承があれば交際自体は可能なのだから。 隠れながら付き合う、何て言う漫画みたいな事をするカップルもいないことは無いのだろうが。
「でも不純異性交流は今も昔も色々と厳しいと思うよ? 特に今なんてそれだけで罰せられるんだから。」
「ねぇ一ノ瀬君。」
肩を竦めている真面目の耳に、岬の声が届く。 その声はどこか真剣な赴きだった。
「よく「高校生の不純異性交流が問題に」なんて話を聞くよね?」
「度々ニュースで見たりしてたよ。」
「じゃあさ、その「不純異性交流」って、なんなのだろうね?」
「・・・え?」
真面目が岬の方を見れば、岬の顔が近くにあった。 背の問題から背伸びをしているのは分かるが、なぜそこまでして近付けたかったのかは真面目には分からない。
分からないが、岬の顔が間近にあることに対して、真面目の心臓の鼓動は速くなっていっていた。
「ねぇ。 どこまでの事を「不純異性交流」って、言うんだろうね?」
「それは・・・僕にも答えられない・・・かな・・・」
「本当に?」
真面目に対して更に顔を近付ける岬。 心臓の鼓動が聞こえやしないかと思える程に近付かれているので、真面目は冷や汗をかいている。 言い逃れをさせてはくれないのだろうかと思ったその時に、岬の顔は離れていった。
「むぅ。 胸が邪魔でこれ以上近付けなかった。」
むっすりとむくれている岬を見て、真面目は安堵の溜め息をついた。 おそらく更に近付かれていたら、自分の心臓がどうにかなってしまいそうだったからだ。
「まあ人それぞれ、とまでは言わないでも、弁えるとは思うけどね。 特に学校でなんてもっての他って言えない?」
「確かに。 そんなの現行犯として捕まるのがオチ。 というかそんな理由でやらないでほしい。」
岬の言う通りである。
「どちらにしてもそんなことをさせないための対策なんだけどね。 浅倉さんももしそう言った場面を学校内で見つけたら生徒会に言ってよ。 対処はするからさ。」
「もうその時点で遅いような気もするけれど。」
「なにも伝えないよりはマシでしょ。 あ、授業が始まっちゃう。 席に戻ろう。」
そうして授業が始まるチャイムがなる前に席に着くために移動した真面目だった。
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岬は真面目の後ろ姿をを見ながら、溜め込んでいたものを吐き出すかのように深く息を吐く。 あれだけ近付いた事は少なくはなかった。 だが今まで感じていなかった気持ちや胸の高鳴りが思い出される。
もしも、本当にもしも。 あのまま顔を近付けることを止めていなかったら、心臓の鼓動が彼に聞こえていたかもしれない。
胸が邪魔で近付けなかったとそれらしい理由を並べたが、本当はあれ以上近付けば、自分の気持ちが分からなくなってしまいそうだったから。
浮かれやすい季節と自分達は笑っていたが、まさか自分がそんな立場になるなんて夢にも思わないだろう。
彼を1人の異性の友人として見るには長過ぎる期間。 自分の気持ちに忠実になるのならそれはもう・・・
岬の中で自問自答を繰り返しながら岬は自分の席についたのだった。
後半は岬の気持ちを第三者視点からお送りいたしました




