忙しくなる日本舞踏クラブ
「さて、我々の活動もこの時期から本格的に動き始めるようになりんす。 お二人とも、ここまでの練習はこれからのために生かされると思ってくださいまし。」
日本舞踏クラブの一室で二ノ宮が唐突に真面目と紗羅に申し出ていた。
「確かに舞踏としては動きやすい時期になりましたから、忙しくなるのも仕方ないと思います。」
「そう。 だからこそ貴方達がこの活動を広めていかなければなりませんの。 クラブの存続もかねて。」
クラブの存続。 このクラブにいるのは現在4人。 しかし3年である皇が去ってしまえば存続ギリギリの人数になってしまう。 また真面目は生徒会との両立で行っているので、事実として二ノ宮と紗羅の実質2人ということになる。 そこは大きな鍵とも言えるだろう。
「そこでこの秋の何日かは、各所で日本舞踏クラブの公演を見て貰うことにしているのです。」
「それって具体的にはどのような場所になるんですか?」
「幼稚園、保育園や老人ホーム等が主な活動場所でありんすが、大きいところでは地元の祭りの場外ステージでの公演を行うで次第。 しばらくは津々浦々とやっていくでありんすな。」
どうやら場所は色んな所でやるようだ。 今さら怖じ気づいたつもりはない。 だがやはり公演と言うからには失敗はなるべく避けるのが鉄則である。
「そしてそれらは既に我々で決めてあるゆえ、お二方にもそれらに向けて、是非とも尽力を注いで貰いたいでありんす。」
「当然です! 先輩達の計らいを無駄には致しません。 そうだろう一ノ瀬。」
「勿論。 僕は生徒会との兼ね合いをしているから砂城さんより練習の機会は少ないけれど、その分を全力でやっていく所存です。」
2人の意気込みに、二ノ宮も皇もどこかホッとしたような赴きで2人を見ていた。
「それでは早速練習を始めよう。 自分達で予定を立てておいてなんなのだが、時間が足りない程だ。」
「最初の公演はどこでやる予定なのですか?」
「10日後に老人ホームの大広間で行う予定になっております。 開演時刻は午後5時でありんす。」
「今から10日後って言うと・・・来週の金曜日になりますね。 午後5時となると事前準備を行ったとしても、時間がギリギリになるのでは?」
「そこは皇家から荷物用と皆様の乗客用でワゴン車を用意しております。」
「い、至れり尽くせり・・・」
余程残すことに本気なようで、とにもかくにも期待を削ぐようなことはしたくないと、真面目と紗羅は改めて思ったのだった。
そして翌日から練習の内容も「ただ歌って踊る」だけというものにならないような仕方で繰り広げられていた。
「そこの音の感覚は16拍子。 今の指弾きでは遅いですよ。 指1本でやろうとするのではなく、すぐに次の音が出せるように、別の指を置くのです。」
「はい!」
「手の可動限界は指先まで。 その一つ一つに神経を注ぐように指を動かすのですよ。 もっと妖艶に動かしてみるのです。」
「指に神経を注ぐ・・・こう・・・じゃない・・・もっとだ・・・」
2人とも急激に難易度の上がった練習に無我夢中になりながら食らい付いて、最終下校時刻ギリギリになる頃には、肉体にも精神的にも疲労が溜まり、秋なのにも関わらず汗が噴き出しているのだった。
「今日はここまで。 2人ともお疲れ様。」
「お、お疲れです・・・」
「・・・です・・・」
真面目も紗羅もまともに返事が出来なくなってるほどに疲労が溜まっていて、脳に酸素が回っていない位だった。
「2人ともよく頑張っていますよ。 この調子なら本番の前日にはなんとか完成しそうですね。」
「そ、そうなんですか?」
真面目には特にそんな風に感じられなかった。 生徒会が終わって練習する時間が紗羅よりも短い。 ゆえに遠回しでも「上手くなっている」と言われてもピンと来ないのだ。
「努力は本番になってこそ発揮されるもの。 今は無駄な行為だと思っていることは、必ず何かしらの見返りが来るでありんす。 努力を怠ったものが負けるのではない、すがり付く位に動いたものが勝利に近付くのでありんす。」
疲労で頭の回らない2人でも、二ノ宮の言っていることは理解できる。 先輩がそう言うのならそうなのだろうと、半ば無理矢理理解したとも言えるが。
「それではお二人とも良い週末を。 心身ともにゆっくりとお休みになるのも大事ですが、出来るならば反復練習を行うことをおすすめしますよ。」
そうして日本舞踏クラブの練習は終わり、帰路へと歩みを進めるのだった。
そして迎えた公演当日。 既に目的地に到着しており、この一週間で練習してきたことを全力で発揮すると、2人は緊張感を出していた。
「心配しなくても、公演は我々も一緒ですから、緊張感もそうですが心にゆとりを持つのも、大事ですよ。」
皇からそう説明されると、真面目も紗羅も一度深呼吸をした。 そして施設に案内されつつ、別の部屋へと案内される。 そこには真面目達日本舞踏クラブの他にも、別の団体が入っていた。
「今回もよろしくお願いいたします。」
「おお、よろしく頼むなぁ。」
「今年はちゃんと入ってくれたようでよかったじゃないかい。」
「ジジババの施設でジジババが踊りを見せても花がないからなぁ。 若いもんの元気な舞踏を見せてやってくれや。」
皇や二ノ宮のやり取りに、真面目と紗羅は疑問を見せていた。
「もしかして同じような場所でも公演が一緒だったりするのかな?」
「あそこまで友好的だと可能性は0じゃないんじゃないか?」
意外にも顔が広いのだと関心すら覚えた真面目と紗羅だった。
『それでは皆さん、お待たせ致しました。 本日の催し「日本芸能を楽しもう」のお時間でございます。 皆さんが生きてきた時代よりも遥か昔から存在している・・・』
開会式が始まり、練習をしてきてようやくの本番。 全員に緊張が走ってくる。
「それじゃ、最初に行ってくるよ。 みんなはその後に着いてきてね。」
そう言って最初の舞子の格好をした人が舞台袖から舞台に出る。 そんなに大層な場所でないにも関わらず、いまだに緊張の取れない真面目であったが、舞子の踊りを見ながら自分の練習を振り返っていた。
そして2、3項目終わると真面目達の番になる。 琴があるので真面目と皇はいそいそと準備を行う。
『続きましては州点高校の日本舞踏クラブによります舞踊でございます。 皆様が生きている10年以上前に、若い人達の性別が入れ替わってしまうという大事件が起きました。 しかし今では多様性の時代となり、どんな姿でもその人はその人という認識を持てるようになりました。 古き文化を今の人に残そうと、そして皆様のような人達が懐かしんでくれる事を願っているとのことです。 ・・・準備が整ったようですね。 それでは日本舞踏クラブの皆様、よろしくお願いいたします。』
長々と説明された後に日本舞踏クラブの公演が始まったのだった。
「やってみたら意外となんとかなるものなんだな。」
公演を終えて着替えている紗羅がそんな感想を言ってくる。 「終わりよければすべてよし」とは良く言ったもので、自分達の出来の良し悪しはともかく終わった後の解放感はなかなか味わえるものでもなかった。
「でもこれが冬先まであると考えると・・・むむむ。」
「2人とも、後の片付けはこちらで行いますので、公演を楽しんできて下さい。」
「え? いいんですか?」
皇が着替え終わった服の入ったトランクを持ってそんな風に言うのを真面目が聞いた。
「こういった機会は貴重ですからね。 少しでも身に付けてくれたら、我々にとっても良いことなのですよ。」
そう言われて真面目と紗羅は控え室を出て、座りながら見ている老人達の後ろに立つようにして、落語を見ていた。
「時代は移り変わるけど、伝統は伝えなければ残らない、かな。」
今回の事で真面目はそれを伝えなければならないのは今を生きる自分達なのだと、色々と混ざりあった気持ちで公演を最後まで見ているのだった。




