恋の季節も現代仕様
「ねー。 あの子マジで可愛いよね。 絶対あれは男子の時の顔も小顔系だって。」
「私はもっと「キッ」としてる方が好みかなぁ。 ボーイッシュってやつでさ。」
「最近は見れなくなったけど、半袖から覗く筋肉質な腕にこう、心を掴まれる感じがあるんだよな。」
「分かるぜその気持ち。 男の時だったら絶対にあり得ない感情だよな。」
授業と授業の中休み。 真面目達のクラスではそんな話があちらこちらから聞こえてくる。
ただし忘れてはいけないのが、全員性別が入れ替わっている事だ。 内容と見た目が反しているので分かりにくいが、そう言った部分を除けば思春期特有の会話ではある。
「みんな慣れてきてるんだろうなぁ。 というよりも考え方も入れ替わってる?」
真面目達の代で性転換が始まって半年。 自分の体の変化にも慣れ始め、そう言った話に花が咲くこと自体は不思議ではないものの、性転換したからか、見る観点まで男女逆になっているのだ。 そして
「えー!? あの先輩とお付き合いしはじめたの!?」
「そうそう。 私も最初は全然タイプじゃなかったんだけど、部活とかの活躍見てたらさ、ちょっといいなって思えて。」
「へぇー。 そう言う季節になったもんねぇ。」
そう言ったカップルが成立した話と着々と増えてきている。
「それにしてもなんでまたこんな季節になるんだろう。 普通春の季節とかじゃないのかな?」
「性転換に慣れてきた生徒達が、お互いに見る余裕が出来始めたかららしいよ。 春だとまだ慣れない体に戸惑ってそれどころじゃないって。」
真面目の独り言の疑問に岬が答えてきた。
「それってどこの情報?」
「ネット。 事象の考察をする人達があれやこれやと言ってる中にそんな話があった。」
「それガセの可能性無い?」
「10年前からの考察だし、今さらガセでも信憑性の方が勝る。」
そんなものなのだろうかと真面目は思っていた。 実際に今の真面目には関係の無い事であるので、そんなことを力説されても、という気持ちになっている。
「まあ性別が入れ替わっていても、向ける好意は異性だから別段問題はないのかもね。」
「稀にいるんじゃない? 同性を好きになる人も。」
「その場合ってどっちに向けた恋心なんだろうね?」
「さあ? 見た目が好みだったか、元々同性愛者だったか。」
「どちらとも取れるこの世の中じゃ無意味な質問だね。 相手からしてみたら迷惑になるかもしれないけど。」
一方的な恋心という意味では苦労するかもと真面目は考えていた。
「ねぇ。 もし私に「好きな人が出来た」って言ったら、一ノ瀬君はどう思う?」
「なにその幼馴染みが聞くようなノリ。」
「一ノ瀬君がそう思うなんて珍しい。 それで、どう思う?」
どう、と真面目も聞かれて反応に困っている。 ただ岬の事を考えたなら
「別にそこまで気にしないのかも。 浅倉さんが「好きだ」って思った相手だし、相手も納得しているのなら、僕が口を挟む義理はないかな。 それがたとえ本当の幼馴染みだったとしても。」
そう口に出した。 そう思わざるを得ないと思っていたから、口から自然と出た言葉だった。
「・・・そっか。 そうだよね。 確かにそうかもね。」
「?」
自然な感想を述べただけなのに何故か腑に落ちない様子の岬を見た後で、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、2人は席に着いたのだった。
――――――――――
お昼休みになったが、浅倉 岬の気分は晴れてはいなかった。 別にお昼休みになったからと言って大はしゃぎするような人柄ではないし、体調が悪くなっている訳でもない。 ただ心の中のモヤモヤが取れないだけである。 他意はない。
「岬ちゃん。 さっきから唸っているけど、大丈夫?」
岬と共に昼食を取っていた叶が岬に問い掛けた。 同じ様に昼食を食べていた得流と和奏もいた。 ここに真面目達はいない。 今回は男子と女子で分かれて昼食を取っているのだ。 性別は逆であるが。
「んー。 みんなは誰かを好きになった経験ってある?」
岬の言葉に場の空気が止まる。 それは誰も反応できなかったからか、それともその言葉を発した人物が意外だったのか。 その瞬間のみ動かなかった時間は
「あたいはまだ無いかな。」
得流のこの一言で取り戻す。
「まだ、って言うのは?」
「あたい、前の身体だと結構男勝りだったところあったじゃん? だから男子といてもドキドキなんてしなかったなって感じでさ。 ほら、あたいの周りも男子がどっちかと言えば多かったし。」
岬は思い浮かべる。 中学生時代の得流は休み時間になれば男子達と一緒に運動場へ行って、サッカーやドッジボールなどで遊んでいたことを。
「じゃあ、得流にとっての好きな人の理想像とかってある?」
「どうだろう? そう言われると考えたこと無かったかも。 だって見ていた男子って、なんかあたいとおんなじ感じがしてさ。 友達感覚から抜けなかったもの。」
なははと笑う得流を見て、そんなに簡単なことでもないかと岬は感じた。
「他の二人はどう?」
得流から話を聞いていた二人に焦点を合わせて、岬は話しかけた。
「わ、私は、優しく接してくれる方が、いいです。 乱暴な方は、好きではないので。」
「私も私をちゃんと見てくれる人の方がいいなって思います。 ちょっと独占欲が強い方と、お付き合いしてみたいです。」
叶も和奏も自分に対する承認欲求が優先されるようで、その辺りは男子になっても変わらないんだなと岬は思った。
みんなの意見を聞いても本当に自分が好きになる相手は分からないが、岬の中のモヤモヤはあまり晴れてない。
「というか急にどうしてそんな話になったの?」
「周りの話を聞いていたら、そんな季節になったんだなって。」
「な、なるほど。」
岬にとっては違う理由だったけれど、そう言っておけば誤魔化せるかもしれない。 そう思っていただけに
「そういう岬はどうなのさ。 好きな人は見つかった?」
その得流の質問に動揺を隠せなかった。
「な、なんで?」
「いやぁ、岬がこういう話をするなんて今まで無かったし、それにあたいは気になったんだよね。 岬がどういうタイプの人が好きなのかさ。」
言われたことに対しての動揺がまだ残っているのか、落ち着くまでに時間が掛かった。 とは言えその質問に対しては岬も答えられない訳ではなかった。
「どんなタイプ、って言われても私も分からない。 異性を好きになる気持ちがまだ分からない。 女子だった時でもそれは同じだったから。」
「でも案外近くにいたりするかもよ? 距離感が分からないから見えなくなるって言うし。」
「「恋は盲目」とよく聞きますね。」
「そうそう。 身近な人間を思い浮かべてみたら? 例えば一ノ瀬とか。」
真面目の名前が出た時に、岬の心臓の鼓動が速くなった。
「い、一ノ瀬君?」
「お? その反応、もしかして脈アリ?」
「ま、まさかそんな事・・・」
変な反応をしたせいでそういう風に捉えられてしまったかもしれないと、岬はすぐに気持ちを立て直そうとしたのだが
「そう言えば恋に落ちた人は、好きになった人の事をずっと思い浮かべてしまう、となにかの記事に書いてありました。」
「あとは、その人の事を思い浮かべるだけでも、ドキドキが止まらなくなる、とも。」
叶と和奏の掩護射撃が入り、岬の頭の中には軽い笑顔で笑いかけてくる真面目の姿があり、それを頭を振ることで急いで切り離した。
「そ、そんなことは・・・無い、はず・・・」
自分の事を全て否定しきれない状態になってしまった岬の顔は、頬を赤く染めて、恥じらいではない表情を出していた。
「男子でもそんな顔が出せるんだね。」
「でもその気持ち、よく分かります。」
「ええっと、こういう時どう言えばいいのでしょうか? が、頑張って下さい?」
全員が全員混乱が渦巻くなかでの昼休みとなってしまったのだった。




