みんなは何の秋?
「読書週間かあ。」
文化祭が終わり、ようやく落ち着きを取り戻した学校の掲示板を見て、真面目はふとそんな事を呟いた。
「図書委員会が毎年総力を上げてるらしいよ。 委員会がお勧めする、是非読んでほしい本とか、新作の入荷とか。」
たまたま隣で一緒に見ていた刃真理がそんな風に補足をかける。
「美術部は個別の展覧会を開催するって。」
「そんな展示できる場所なんてあったっけ?」
「場所と日時が書いてある。 第二美術室だって。」
「第二美術室なら確かに使われることは少ないよね。」
逆隣の岬からの説明を受けて真面目も納得する。
これから冬にかけてドンドンと冷え込んでくる。 だがその分色々と活発に動ける時期にもなってくる。秋には色々なものが登場するものだ。
「一ノ瀬君はどう? なにかある?」
岬に問われた真面目は「うーん」と考えた後に出てきた言葉を発した。
「馬肥ゆる秋・・・」
「食欲の秋ってことかな? ボクとしてはあんまりイメージが沸きにくいかな。 結構食べる方なのは知ってるけど、そこは節制してると思ってたし。」
「いや、単純に他のが思い浮かばなかっただけ。 スポーツの秋って言うほど、僕は運動が得意じゃないし、芸術もあんまり得意じゃない。」
「美術だけは成績が乏しいよね。」
「傷付くから言わないで。 そんなわけだからそんな単語が出てきたってわけ。」
「まあそう言うこともあるよね。」
そんな3人は休み時間も終わったので、教室へと戻り次の授業の準備をする事にしたのだった。
「真面目ぇ。 今日って放課後空いてるか?」
「生徒会の仕事があるから時間はないかな。 それじゃ。」
「そんなことを言うなよぉ。 友人としてのお願いを聞いてくれよぉ。」
お昼近くになって珍しく隆起が泣きついてくるように真面目にせがんでくる。 とはいえオーバーリアクションなどはしていないので、周りの目は痛くない。
「他の友達に聞いたら? 僕は忙しいの。」
「みんな嫌がるんだよぉ。 なんで休みの日にまでやらなきゃいけないんだってよぉ。 薄情だと思わないか?」
「申し訳ないけど僕もそのみんなと同じ意見なんだけど。」
隆起がなおも食い下がるも、真面目はそれを受け流している。 なぜこのような事態になったのかと言えば、そうさせる時期のせいでもある。
「別にいいじゃないかよぉ。 そんなに激しい運動をする訳じゃないんだから。 ただちょっと遊び感覚で行こうって誘ってるだけだろ?」
「ここ最近の出費もあるからそれも控えたいの。 確かに遊びながら運動できるって言うのは魅力的と言えば魅力的だけど。」
そう、隆起は放課後の部活では運動し足りなくなっていたのだ。 不完全燃焼とまではいかないだろうが、物足りなさは感じているようで、その有り余った運動欲を満たしたいらしい。
「それなら他のやつを誘うのはどうだ? ほら近野辺りなら来そうじゃね?」
「気になる子に対してアプローチの仕方が遠回りな男子に見えてくるんだけど。」
とは言え目の前で泣き崩れそうな友人をそのまま流し続けるのも後味が悪い。 というよりも更に面倒な事になりそうだと思った真面目は、深く深くため息をついた。
「しょうがないなぁ・・・君が満足するなら僕が一緒に行くよ。 だけど誰かを誘うって言うのなら、そっちだけでやってよね。 そこは僕は協力しないから。」
その真面目の答えに隆起は子供がおもちゃを買って貰えると分かったかのような表情をした。
「流石は俺の親友! 分かってくれるって信じてたぜ!」
「はいはい。」
「それじゃあ日程とかはまた順次送るからな。 お前はそれまで待っててくれよな。」
「期待しないで待ってるよ。」
そう言って自分の教室へと戻っていく隆起を見ながら、真面目はそんなことで喜びを表すことの出来る友人に対して苦笑していた。
「僕もああいった喜び方が出来れば、もう少し可愛げがあったのかな。」
自分の表情筋があんまり動かない事を、ほんのりと嘆かわしく思ったのだった。
「さて、来る読書週間であるが、今回取り入れたやり方として、朝のHR後の15分ほどを黙読の時間にしようと思う。 この時間での私語は厳禁と言う事になる。」
高柳生徒会長の意見に対して反対意見はない。 無いが、疑問はあったようで、花井が挙手をしている。
「どうした? 花井副会長。」
「会長。 読む本に関しては具体的にどのようなテーマで行くのでしょうか? ただ闇雲に黙読をするのでは、漫画を読むのも黙読になってしまいます。」
花井の意見に源は顎に手を当てる。 本来ならばそれでも良いのだろうが、ここは高校。 学舎でもあるこの場所で漫画を読む事を認可するなどご法度もいいところである。
「確かにそれもそうだ。 では読む本に関しては小説、または参考書にしておこう。 注意書きも改めて追加しておこう。」
「会長。 読むのが苦手な生徒や、そもそもそのような本を所持していない生徒に関してはどうしますか? ああ、いえ。 そのために図書室があるのですが。」
「だが鋭い質問ではあるぞ一ノ瀬庶務。 漫画はダメだが、ライトノベルの場合は特別に認めよう。 まあ、ライトノベルの多いクラスがある場合は少々対策は取らせて貰うがな。」
その辺りはしっかりと寛容なようで真面目はホッとしていた。
「おや、一ノ瀬君はもしかして読むのが苦手な人なのかな?」
「苦手と言う訳じゃないですよ金田先輩。 むしろ読むのは好きな方です。 ただ先程も言ったように、参考書等が無いので、読書週間と言ってライトノベルを読むのは流石に気が引けたので、質問として投げてみただけです。」
「なるほど、先手を打ったと言う訳だね。」
「まあ1日2日の辺りで誰かしらは意見が出るような気がしたので。」
そんな風に補足を付けた後で真面目は目の前の書類に目を通す。 冬は行事が少ないからか、少し位ゆっくりやっても誰も怒りはしない。 そもそも今までの書類の量がおかしかったと言わざるを得ないほどだったりもする。
「それにしても、そろそろ私達も引退の時期だな。」
ポツリと会長が呟くと、みな一斉に作業の手を止めた。 当然だろう。 あれだけ嬉々としていた会長が、哀愁を漂わせているのだから。
「あと2ヶ月程ですかぁ。 いなくなると思うと寂しくなってしまいますねぇ。」
「始まりがあれば終わりもある。 そう言うことだろう。」
「だが私達はお前達の心配はしていない。 我々がいなくとも、しっかりと生徒会を担ってくれることを信じているからだ。」
「会長・・・」
みんなが源に目を向ける中、水上だけは別の事を考えていた。
「我々って事はぁ・・・」
水上は1人花井に向けて視線を送る。 その視線に気が付いた花井は、知らん振りをするように再び高柳に視線を向けるのだった。
「では来週からの読書週間。 手筈通りに頼むぞ。」
そうして生徒会の仕事は終わり、真面目はその帰り道で、木枯らしに乗ってやってきた「いちょう」を手に取った。
「同じ季節をあと4回か。」
過ぎ行く季節にこの体が慣れる頃に元に戻ると考えた時、自分はどんな風に変わっているのかと、冷たく感じる風と共に思うのだった。




