乙女心が分かってない
「そう言えばどうして商店街なの? 確かに品揃えのいい店はいくつかあるだろうけど。」
真面目の中で最初の疑問はそこだった。 下は「新しい商品が出たから下見に付き合って」という内容だったのを思い出す。
「ぼくの行きつけがあってねぇ。そこで買おうと思ってるんだ。」
行きつけかぁと真面目は深く考えないでいた。 そもそも女性のコスメやファッションなど半年前の自分では絶対に興味すら持たなかったであろうジャンルであるので、知らない自分があれこれ言うのは返って迷惑だと判断したのだ。
「というよりも、そこ以外で買いたくないんだよね。」
「なにか言った?」
「ううん、なんでも。」
下がなにか言ったようだったが、真面目の耳には届いていなかった。
歩くこと数分。 商店街の中の路地裏へと足を運ぶ真面目と下。 路地裏と言っても他の路地裏と比べれば道幅は広い方ではあるが。
「ここだよ。」
下に連れられて来た場所は、廃れているとまでは言わないが、繁盛もしていないという程度の店だった。
「こんな所じゃお客さん入りにくいんじゃない? ほら、普通の商店街の店みたいに店舗を貰えれば・・・」
「ここの店長さんはそう言うことをしたくないんだよ。 理由もあってね。」
真面目の中の疑問は尽きないが、下の躊躇いの無い入店に習って真面目も入る。
外観の雰囲気とはまるで別物かのような内装は、本当にこんなところで売っていてお客が来ないのだろうかと心配になるような場所だった。
「真奈美さん。 来ましたよ。」
下は店の商品に目もくれず一番奥のカウンターまで入っていく。 そしてその奥から女性店員が現れる。
その女性店員は明るい茶髪でサイドテールにしてあり、結んであるリボンもフリルがあしらわれていた。
「いらっしゃい下君。 お目当ては新作かしら?」
「分かってくれて何よりです。」
真面目は2人のやり取りを見て、店員と一般客の間柄ではないなと察することが出来た。 でなければここまでの距離感はあり得ない。
「・・・あら、他のお客さんがいたのね。 珍しいこともあるものね。」
「真奈美さん。 彼はぼくの友達です。 ぼくの趣味に対して否定せずに正当化してくれた、高校の新しい友達。」
「・・・へぇ、下の・・・」
真奈美と呼ばれたその店員は遠くで見ている真面目の事を観察している。
「そこの君。 もう少しだけこっちに来て貰えるかな?」
そう言われた真面目はカウンターの方に歩み寄っていく。 そしてそのままの姿勢で真奈美と呼ばれた店員は真面目の顔を改めてじっとみていた。
「あの・・・?」
「なるほど。 顔は整ってるけどちょい美形止まり。 元の身長は174cm、体重は・・・その体だと栄養は胸に行ってるけど元は細身だね。 食べる方だけど太りにくい体質。 元々はインドア派でファッションには最近まで興味が無かった、と。」
目の前で分析をしていることに真面目は下の方を見たが、下はなにも言わない。 おそらく彼女のいつもの癖だと思っているからだろう。
「君の身分証明を出来るものがみたいな。 もちろん性転換する前の方も。」
身分証明については当たり前のようになっているので、特に抵抗無く見せる。 そして真奈美は性転換する前の真面目の写真を見ながら、今の真面目と照らし合わせるように何度も顔を上下させる。
「ふんふん。 前髪は目元まで垂らしていた。 見立て通りのちょい美形だったけど、女子ウケが悪そうではない。 女子にモテるほどじゃないけど、自分が惚れ込んだ相手には徹底的に尽くすタイプって所かな。」
そんな風に分析されるのを見ながら真面目は、何の診断をされているのだろうと思っていた。
「ごめんごめん。 身分証明の物は返すよ。 改めまして、私はここの副店長の杉並 真奈美今年で21歳になった。」
「なった、ということは・・・」
「そう、半年前までは君達と同じだったんだ。」
直近で性転換していた人物が目の前にいることを真面目は驚いた。 それと同時に疑問にもなってくる。
「歳がそれだけ離れてるのになんで知り合いなのかって顔をしているね。」
「・・・! ・・・よく分かりましたね。」
「なんで分かったかは後で教えるよ。 そうだね。 まずはそもそも直接知り合いになった訳じゃない。 下の姉の上を経由して知り合いになったの。 ちなみに上とは同じ学校の先輩にあたるの。 今でもファッションデザイナーの大学で勉強してる。 私もそう。」
「成る程。 ちなみにその下のお姉さんって歳は・・・」
「誕生日はまだだから大学生だけど18歳。 でもあんまり女性の年齢を聞くのはぼくとしても感心しないかな。」
真面目の質問に下が答えたが、追加された言葉で真面目は不思議そうに首を傾げた。
「なにか悪いことを聞いたって顔だね? 女性というものは実年齢を男性には教えたくないものなんだよ。 それが例え姉弟だろうとね。」
「・・・それでその人の心を読むかのごとく僕の心境が分かるのは何でなんですか?」
「職業柄って言うのが一番だけど、私心理学にも興味があって、それなりには出来る方なの。 人は思っているよりも顔に出やすいらしいのよね。」
心理学など心理テスト位でしか把握したことの無い真面目は、どう反応したものかと思っていた。 だがそんな話も真奈美の手拍子ですぐに切り替わる。
「そんな話は今はいいの。 とりあえず新作コスメ、持ってくるから。」
そう言って店の奥に入っていった真奈美を見送った後に、真面目は下に耳打ちをする。
「ここの人、真奈美さんだっけ? お店は何時から入ってる?」
「少なくともぼくが知り合った3年前から入ってた。 その時は上姉さんも真奈美さんも性転換していたよ。」
それって、と真面目は思ったが、聞くのは流石に野暮かと思い、なにも言うことはなかった。 そして少しした辺りで真奈美が店の奥から帰ってくる。
「お待たせ。 これが今回の新作だよ。」
カウンターの上に乗せられたコスメのアイテムを見せられるが、真面目には使い方がある程度分かるだけで、実際になにがどう違うのか分からなかった。
「へぇ、このアイシャドウの筆、ここまで細くしたんだ。 目尻辺りは太さによっては綺麗に塗れないからねぇ。」
「でしょ? それにカラーも今人気の色を使ってるしね。 最近は細目女子も増えてるから、このアイシャドウを使って更に磨きがかかるって訳。」
「あ、この付けまつげも綺麗に整ってる。 しかもこれ少しだけラメが入ってる?」
「さっすが下。 そうそう。 こうやって光の屈折具合によって、目の周りをキラキラと見せつけられるって言う効果があるの。 漫画的表現が出来るってことで、意外と流行ってるのよね。」
隣では色々と楽しそうに会話をしているものの、内容がちっとも入ってこない。
「真奈美さん。 これ試用してもいいかな?」
「もちろん。 使ってみないと分からないだろうし、そっちの子も使ってみて。」
「は、はぁ。」
使ってみてといざ言われた所で、真面目はどれから手に取ろうか迷ってしまう。 そこまで自分を着飾った事もないし、化粧だってファンデーションを薄く使う程度。 ガッツリメイクをしてまで会う人間もそうそういないので、真面目にとってはほとんど意味をなさないであろう時間である。
とは言えここまで連れてこられて何の成果もなしに帰るのは良くないと思ったので、仕方なくリップを手にとって、近くの鏡を使って塗ってみることにした。
「リップクリームとは違うから、塗り方が違う気がしてなぁ・・・」
そして塗り終わって自分の唇を見てみると、そこにはその部分だけ煌々としている自分がいた。
「なんかこう・・・見た目がほとんど変わってないから、違いがよく分からないんだけど。」
「君は自分を着飾るのも大事だけど、まずは女の子の気持ちを知ることから大事かな。 乙女心は複雑だからね。」
「元男の自分にそのような問い掛けは困りかねますね。」
「それならば恋をしてみるのもいいかもよ。 恋する乙女は見た目も変わるからね。」
真奈美は真面目の会話にそんな風に返してくる。 だが彼女だって去年までは男の姿をしていた。 見た目に反してとまではいかないが、その感情を男の姿でやるのは流石に気味が悪くなる。
「でも女の子の姿になって半年は経つわけだから、その辺りももう少し気配り出来るようになるといいとぼくは思うんだよね。 これに関しては一ノ瀬君にしか言えないけど。」
「なんで僕限定?」
「理解してくれそうかなって。」
やっぱり人の気持ちを理解するのは難しく感じる真面目だった。
ちなみに何だかんだで下も真面目も試用品をそのまま購入して、その足のままに帰路に経ったのだった。




