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そちらも大変でしょう

「宜しいのでしょうか? お時間はあるとは言えこのような場所を提供してもらって。」


「ご覧のとおりティータイムでなければご覧の有り様ですから、気にしないで下さいな。」


 店内の状況を自虐するように笑う壱与だったが、どちらかと言えば冗談めいている雰囲気だった。


(お気楽だよなぁ。)


 そんな母の姿を見て真面目はそんな風に思った。 壱与は楽観的な性格ではないものの、真剣さと脱力感は切り分けれる人なのだ。


「それにしても真面目。 お友達が出来たって言ってたけど、女の子だったとは思わなかったわよ? それになかなか可愛い感じだし、やるじゃないの。」

「別に隠し立てするつもりは無かったけど、もう少し後でもいいかなって思っただけだよ。 というか今の浅倉さんは見た目は男子なんだから可愛いっていうのはどうかと思うんだけど?」


 自分が言った過ちを母に伝えて、真面目は紅茶を一口飲む。 この店では店内で召し上がる場合は、サービスとして紅茶も提供しているのだ。


「こちらとしても入学してから周りと上手くやれているか心配になっていましたが、ここ1週間での岬の表情が柔らかくなったのを見ると、安心出来るようになりました。 うちの娘は表情を表に出すのがなかなか出来ない娘でしたので。」


 本当にそうなのかなと真面目は岬の方を見る。 そしてそれに釣られたように岬も真面目を見た。


「女子の顔を見て様子を伺うのは失礼じゃない?」

「いや、君今は男子でしょ。 気にしたのは悪かったけど。」


 そんな2人のやり取りを見ていた2人の母親は、意外とばかりの表情をしていた。


「ええっとどうしたの? 母さん。 浅倉さんのお母さんも。」

「いやぁ、自分の見ている光景が不思議に見えてねぇ。 なんだかお邪魔だったかしらって思ってね?」

「岬は友人を作るのは苦手だと言っていたのですが、こうして会話をしている所を見ているのは初めてです。」


 親2人は自分達の子供のやり取りに驚きを隠しきれないようだ。 特に湊の方は娘があまり人と関わりを持たないようにしているのを知っているだけに、ほぼ人見知りの娘の行動に特に驚いていた。


「それと浅倉ではどちらを呼んでいるのか分からなくなると思うので、私のことは湊と呼んでくれても良いですよ真面目君。」

「あら、それなら岬ちゃんは私の事を壱与って呼んでいいわよ。」


 お互いにお互いの母親の下の名前呼びを推奨されるとは思わず、真面目も岬も顔を合わせた。 だがすぐには名前を呼ぶことはないと判断したためかまた母親同士の会話が続けられる。


「最初に娘として産まれて、今になって息子として育てていくのをどう思われますか?」

「やはり娘の時とは勝手が変わってきますね。 本当なら夫とも協力をするのは当然だと思うのですが、いかんせん夫はこのような事には疎い節がありまして。 小さかった頃もなかなか懐いてくれなかったと嘆いていた程でしたし。」

「そうですよねぇ。 うちの息子も朝になってこんなにも美人さんに変わっていたのと、自分の物では合わなかったのは、少し困りましたね。」

「そんな風には見えなかったけど?」

「あら。 買い出しに行く時にサラシを巻いたのを忘れたの? その胸の大きさでサラシを締め付けるのがどれだけキツいか、真面目が一番知ってるでしょ?」


 ぐうの音も出ないことを言われる真面目。 母親と言うものは強いなぁと思った瞬間である。


「サラシ、巻いたの?」

「え? う、うん。 流石に変わる前に持っていたら、どんなレッテル貼られるか分かったものじゃないからね。 買いに行く時にちょっとね。」

「なるほど。 私は学校の体育祭の応援で着けたことがある。 あれは苦しい。」

「へぇ。 ・・・それ何時の話?」

「小学校の頃ですよ。 岬は中学になってもあまり肉体的成長はありませんでしたから。」

「お母さん流石にそれは傷付くのですが。」

「下着事情にも色々とありますからねぇ。 仕方無いですよ。」


 そんな会話に真面目もうんうんと頷いていた。 彼なりの苦悩があったからである。


 そして湊はまだ手付かずだった目の前のケーキを食べる。


「・・・あら、美味しいですわね。」

「スポンジ生地にもこだわっておりますから。」

「このお店でパティシエをやられているだけありますわね。 宜しければお茶請けにふさわしい洋菓子を提供したいと思っているのですが、なにかお勧めの商品を教えて欲しいのですが。」

「そう言ったのにはお客様の事を知りたいわね。 どんなお方なのか教えて貰えますか?」


 そうしてまた母親同士の会話が始まる。 そんな状態を見て真面目は安堵の息をついた。


「一時はどうなるかと思ったけど・・・湊さんが怖い人じゃなくて良かった。」

「一ノ瀬君、お母さんと会った時身震いしてたものね。」

「本能的な恐怖ってああいう事を言うんだって初めて思ったよ。」

「お母さんはしっかりものなんだけど、顔が威圧してるみたいって勘違いされるんだよね。 授業参観とかは特に怖がらせたからちょっと申し訳ないと思ってる。」

「それは・・・どうしようもないのでは?」


 そればかりは仕方無いと割り切るしか無いのではないだろうか。 そう真面目は思った。


 そんなやり取りをしている間に互いの母親がいなくなったのでどこに行ったのかと探してみたら、ショーウィンドウ越しで買い物をしている姿が見えた。 どうやら欲しいものが決まったらしい。


「お母さん。 私も一緒に帰ります。」

「分かりました。 それならばテーブルの上にあるケーキは食べてからにしましょうか。 ご用意してくれた壱与さんの失礼の無いように。」


 そうして岬と湊はテーブルのケーキと紅茶を堪能するのだった。 もちろんそこには真面目と壱与もいる。 そして数分かけてケーキを片付けてから席を立つ。


「それでは一ノ瀬さん、またご利用になられると思いますので、娘共々宜しくお願いいたします。」

「ええ。 こちらこそ今後ともよろしくお願いします。」


 そうしてお店を出ていく・・・かと思いきや、湊は真面目の前に再度立った。 真面目は最初に会った時と変わらない表情の湊にゴクリと唾を飲み込んだ。


 なにを言われるのだろうとびくついていると、湊はそんな真面目の手を取り、頭を下げてきた。 その行動に真面目は驚いていた。


「真面目君・・・と言ったわね。 岬の高校での初めての異性の友達として、岬の事を色々と支えて欲しいと思ってるわ。 私達から教えられないことも教えてあげて欲しいの。 これから大変だとは思うけれど、私からのお願い。」


 まさかこんな形で娘の事を見て貰いたいとお願いされるとは思っていなかったが、正直なことを言えば真面目も岬の行動にはちょっと危ない節があるのはなんとなく分かっていたので、そう頼まれたのが実の親ともなれば、断る理由はない。


「分かりました。 僕に出来ることがあれば。」


 そうして手を取り直す。 性別として見るならば逆だっただろうが、こうなってしまった世界ではこうなるのも致し方なくもあるだろう。

 そうして湊と岬はお店を出ていき、最後に岬が真面目に手を振ってから帰っていった。


「あんたも隅に置けないわね、 真面目。」

「どうとでも言ってよ。 買い物も済ませたし、僕も帰るよ。」

「あら、折角来たのなら手伝っていってくれてもいいのよ?」

「店員でもない僕がなにをするって言うのさ?」

「あら、そろそろお昼も終わるでしょ? そこからは浅倉さんの所のようにお客さんに振る舞ったり、子供達のおやつを買いに来るお客さんが来るのよ? しかも今日は休日だからねぇ。 平日よりも多いのよ。 そろそろ波も来るだろうし。」


 息をするように手伝っていけと言ってるような気がしている真面目であったが、何だかんだで何度か接客自体は小さい頃からやっているので、手伝うのには抵抗は無かった。


 そんな時にお店のドアが開けられる。


「いらっしゃい・・・あら?」


 壱与が挨拶を止めた。 そこには帰ったはずの岬がそこにいたからだ。


「浅倉さん? なにか忘れ物?」

「大したことじゃない。 だけど大事な忘れ物。」


 それどっちなんだろと思っていた真面目の隣に岬はやってくる。 壱与がいるのを確認した後に岬は真面目の耳元まで顔を持ってきて


「今日の服。 私と会うために選んでくれたんでしょ? 一ノ瀬君らしくて私は好き。 とても可憐だった。」


 そう言い残して岬は本当に帰っていった。 その数秒後に真面目は自分の耳元に手を当てて顔を真っ赤に染める。 耳元で囁かれるという強烈さを身に染みた瞬間だった。

壱与「あらあら、随分懐かれたようね。」

真面目「浅倉さんを動物みたいに言ってあげないでよ。」

壱与「それもそうね。 で、どうするのかしら?」

真面目「・・・頭を冷やすために手伝ってく。」

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