全身運動
ボルダリングの施設まで商店街を抜ける事になるのだが、夏祭りの終わった商店街は、お祭り程ではないにしても休日らしい賑わいを見せてはいた。
「まだ残暑も厳しいから、どこもかしこもアイスとかかき氷とかはまだ売ってるみたいだね。」
「周りの飾り付けも涼しさをイメージしたものばかり。 秋のイメージはまだ遠そう。」
そんな風に商店街を歩きながら、真面目達が入ってきた入り口とは逆方向の入り口を通り過ぎて、更に歩いていく。
商店街から離れて10分。 ようやくそれらしい施設へと到着した。
「なんというか、随分と辺鄙な場所にあるんだね。」
真面目が周りを見渡してみた感想を口にする。
商店街のような賑わいのある場所でも、閑静な住宅街が並んでいるわけでもない、周りに建物が数件あるだけの場所のひとつだった。
「こう言った場所の方が周りを気にせずに出来るのかも。 入ってみよう。」
建物の中に入ると、受付の奥の覗き窓から既にボルダリングを始めている人達でいっぱいの部屋が見えた。
「いらっしゃいませ。 当店のご利用は初めてでしょうか?」
「はい。」
「それではまずは本日参加されますお客様のお名前をご記入下さい。」
そう言って受付から記入表を渡され、2人の名前を記入していく。
「ありがとうございます。 それでは身分を証明出来るものをご提示下さい。」
そう言われて真面目達が出したのは、自分達の学生証だった。
真面目達世代になると、身分の証明として大抵学生証を提示することが多い。 理由として年齢確認がしやすいのと、学生=性転換があるという証明を一目で分かるようにするためだ。
受付が確認し終わったところで、また別の書類が提示される。
「こちらは本日利用するにあたり、ご利用規約の契約書をご記入下さい。 また本日は初回ですので、個人情報も控えさせていただきますことを予めご了承下さい。」
受付にそう説明されながら真面目と岬は利用契約に目を通す。 そして契約書に署名をして受付に渡した。
「ありがとうございます。 それでは初心者となりますので、こちらのプロテクターを装備してからボルダリングを開始してください。 中に入りましたら、担当のものがおりますので、そちらの方の指示にしたがってお楽しみ下さい。」
奥の扉が開かれて真面目達は人生初のボルダリングを行うこととなった。
壁にはボルダリング専用の人工石が大小問わず設置されており、窪みや出っ張りに捕まって上へと登ったり、目標の石にたどり着くことが、ボルダリングの基本的な遊び方である。 壁も平坦ではなく凹凸があり、特に反り返った壁なども存在している。
そしてそんなボルダリングに大人から子供まで必死になって食らいついている。 落ちても命綱があるし、下はマットなので、よほど変な落ち方をしなければ怪我をしない親切設計だ。
「あの石とかどうやって行くんだろ?」
「あそこまで足届くかな。」
真面目も岬も初めてなだけに色々と興味があるようで、やっている人を見ながら考察を重ねていた。
「初めての方ですか?」
そんな2人に声をかけてきたのは、真面目達と同じ歳くらいの男性。 年齢の札が見えたので確認したら大学生のようだった。
「そうですね。 僕達は初めてです。」
「ではまずはボルダリングを行うに辺り、必要事項をお伝えしておきます。 それは無理をして掴みに行ったり、登ったりはしないこと。 命綱があるとはいえ、怪我をしないわけではありません。 そしてボルダリングの石や壁は、見ての通り不規則になっています。 ですので、無理な体勢で登ろうとしますと身体に負担がかかってしまいますので、登る際には無茶をしないこと。 それだけは最低限守ってもらいたいです。」
しっかりと注意を受けた真面目達は、ボディプロテクターの背中にある金属部分に命綱のフックをかけられる真面目と岬。 命綱は上からかけられているため、離された瞬間にお腹を締め付けられる感覚に襲われる。
「うっ。 苦し・・・」
「慣れるまでは我慢してくださいね。 それではまずは簡単なところから登っていきましょう。」
そうして係員の指示のもとでボルダリングを始める。 とはいえ真面目に関して言えば背丈の都合上、初心者用には参加できなかった為、初級者コースからのスタートとなった。
「なんか飛ばしたみたいでズルい。」
「いや、ズルくはないし、初級者用でも結構大変だよ?」
真面目のためにもう一人係員が追加され、他の参加者と混じりながらボルダリングを進めていく。
その結果何が起きるかと言えば
「足が・・・地面についてる・・・気がしない・・・」
「指先が・・・震えてる・・・なにも掴めない・・・」
慣れない運動を行った反動がすぐに起きるのだった。 そもそも2人とも中学生時代でも運動はあまり得意ではなかった。 必要最低限の運動能力はあっても、それ以上には出来ないものだ。 インドアな人間が急に激しい運動をするのは厳しいのです。
「皆さん最初はそのようなものですよ。 時間はありますので、ゆっくりと焦らず、ボルダリングに慣れていきましょう。」
係員の人はそう言っているものの、今の2人には体を休めることで精一杯だった。
「私・・・身体鍛えた方が・・・いいかも・・・?」
「それ・・・体育祭の時も・・・言ってなかった?」
「・・・かも。」
そうして休憩すること10数分後。 真面目達は息を整えた後に再びボルダリングを開始する。
「ではそちらに左手をかけて・・・左手と足を利用して上へと登ってください。」
「こう・・・かな・・・? ・・・ほっ!」
「後ひとつでゴールですよ! 行けますよ!」
真面目がかなり上に登った辺りでそう係員に声をかけられる。 もう少しだと分かれば踏ん張りもきくというものだ。 真面目は最後の石を探す。 するとそこに赤枠で囲われた石が埋められていた。
「あれかな。」
「慌てては行けませんよ。 しっかりと狙いを定めてから手に取ってください。」
真面目も次の1回で限界だろう。 これが最後になるだろう。
「ふう・・・」
「真面目君、踏ん張って!」
そう岬に言われて、もう一度息を整えてから、一気にその石のところに飛び越えた。
そしてその石を掴んだ瞬間に、下から歓声が上がった。
「おめでとうございます!」
そんな満足をしたなかで終わったボルダリングではあったが、真面目も岬もここでは思っていることは同じだった。
「明日は筋肉痛だよね。」
「しかも全身のね。」
そう言いながら真面目達はボルダリングの施設から出て、商店街側に戻っていく。
「それで、この後はどうしようか?」
「お昼時にはなったけど、この時間に行くとどこもかしこも混んでる。」
「それは仕方ないってことで、待っていこうよ。」
「そうだね。 なにかいいお店ないか探そうか。」
そう言いながら商店街を歩いていくのだった。




