母親同士の会合
真面目と岬が入ったお店は和のテイストが織り成すカフェだった。 普通のカフェと違い、テーブル席の他に座敷がある場所だった。 チラリと見えた食品サンプルの食事もデザートも和風なものが多い。
「いらっしゃいませ。 二名様で宜しいでしょうか?」
「はい。」
「それでは席にご案内致します。」
案内してくれる店員の格好が完全に着物だったことに驚いている真面目は、距離が離れないうちに岬の後ろを歩く。
そしてテーブル席についてメニューに目を通した。
「おしぼりとお水になります。 ご注文が決まりましたらこちらのボタンを押してください。」
そうして店員が去った後、改めてメニューに目を通した。
店内が和風なだけに、メニュー自体も和食のものもあるが、ハンバーグやパスタなどのメニューもあった。
「うーん。 ランチタイムだからそれに沿ったメニューの方がお得だよねぇ。 あ、この天ぷら定食美味しそう。」
「一ノ瀬君、決まった?」
「え? う、うん。 浅倉さんは・・・」
「私はここに来ると食べるものは決まっているから。」
そう言ってボタンを押して店員を呼んだ。
「お待たせしました。 ご注文は?」
「僕は天ぷら定食を一つ。」
「天ぷら定食ですね。 天つゆと塩が御座いますがどちらになさいますか?」
「あ、それなら天つゆで。」
「かしこまりました。」
「私は鴨だし蕎麦をお願いします。」
「鴨だし蕎麦ですね。 ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
「あ、それなら食後に抹茶ティラミスを」
「2人分下さい。」
「かしこまりました。 それではお料理をお運び致しますので、ごゆっくりとお待ちください。」
そう言って店員は注文を受けて去っていった。
「目敏いね一ノ瀬君。 ティラミスに目を付けるなんて。」
「折角だと思ったしね。 浅倉さんは蕎麦を食べるんだ。」
「元々食は細いけど、麺類なら多少は食べられるから。」
なるほどと思いながら待っていると、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。 天ぷら定食と鴨だし蕎麦で御座います。 抹茶ティラミスの方はお食事が終わり次第お呼びください。」
そうして目の前に運ばれてきた料理を見てみる。 真面目の天ぷら定食はカボチャに玉ねぎ、舞茸に海老とそれなりに豪華なラインナップだった。 ご飯に味噌汁、漬け物と定食には申し分ない見映えだった。
一方岬の鴨だし蕎麦もスープと蕎麦の色合いに焼いた鴨が存在感を失わせない。 三つ葉もいいカラーアクセントになっている。
「それじゃあ食べようか。 いただきます。」
「いただきます。」
真面目はまずカボチャの天ぷらをなにも付けずに食べる。 衣のサクサク感とカボチャの柔らかさと甘さが口に広がる。 次に天つゆに付けて食べるとしっとりとした味わいに変わり、先程までとは別物のようにも思える程に美味しかった。 お店ならではと言える程に。
「美味しい!」
「気に入ってくれてよかった。」
「サクサクなのにカボチャの甘味が引き立つよ! この舞茸も肉厚だし!」
そう言いながら食べ続ける真面目。 そんな時に岬の箸が止まっているのが見えた。
「浅倉さん。 食べないの?」
「うん? ああ、そうだね。 冷めたら美味しくないもんね。」
そう言って蕎麦を啜る岬。 それを確認した後に味噌汁を飲む真面目。 味噌汁の味にホッコリする。 そしてまた前を見ると、また箸が止まっている岬の姿が見えた。
「浅倉さん?」
「え? あ、うん。 食べてるよ?」
なにをしているのかよく分からないまま食事を続ける。 そして2人とも食べ終えた後にボタンで店員を呼んで、抹茶ティラミスを持ってきてもらうように頼んだ。
「お待たせしました。 抹茶ティラミスになります。」
「あ、来たよ。 へぇ、中の層まで抹茶なんだ。」
そう言って早速と言わんばかりに真面目はティラミスを口に運ぶ。 抹茶の苦味が最初にやってきて、そこからクリームの甘さが追い掛けてくる。 いくらか壱与の試作に付き合った真面目は、その美味しさを理解することになる。
「うん。 とても美味しい。」
そう言ってパクパク食べる真面目。 そしてまたフォークの止まっている岬を見て、流石に気になったので聞きたくなった。
「ええっと浅倉さん? 僕の顔になにか?」
「いや、あまりにも美味しそうに食べるから、見ていて飽きないなって思って。」
その言葉に真面目は「ムグッ」と口を紡いだ。
「・・・さっきの仕返し?」
「そう思ってくれても構わない。」
微妙な気持ちになりつつも、目の前のティラミスを平らげることに専念して、とりあえずは考えないようにした。
「お会計3000円になります。」
「ここは僕が払うよさっきの文具代の変わりにね。」
そう言って真面目がお金を払ってお店を出る。 太陽は真上にあり、2人を照らし出していた。
「これからどうしようか?」
「またアーケード街にでも行ってみる?」
「休日だから人は多そうだけどね。 それでも行く?」
そう歩き始めようとした時に、岬は足を止めた。
「浅倉さん?」
真面目がそう声をかけると同時に近付いてきた女性の姿が目に止まった。
つり目で真面目よりも長い黒髪の見るからに美しい女性だった。 もしかしてその女性に目移りしたのだろうか?
高校生ではあるしそれくらいはあり得るだろうと思った真面目だったが、岬は違う反応を見せた。
「お母さん。」
「お、お母さん!?」
その言葉に真面目は驚き、その女性を改めてみる。 母親と呼ぶには若く見える。 多少は化粧をしているだろうが、若すぎると真面目は思った。
「こんなところで会うなんて偶然ね。 買い物は済ませたの?」
「うん。 これからどうしようか悩んでいたところ。」
「そう。 ところでそちらの方は?」
「友達の一ノ瀬君。」
「「君」ってことは男の子なのね。」
そう言って真面目の事を見る。 真面目は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なかった。
「初めまして。 岬の母をしております 浅倉 湊といいます。」
「あ、ええっと、い、一ノ瀬 真面目と言います。 ええっと、娘さん?とは同じクラスでして・・・」
「お母さん。 どうしてこっちに?」
喋りずらそうにしているのを見て、岬が割って入る。 そして話を区切り岬との会話に入る。 真面目は少しだけ肩の力が抜けた。
「午後から来るお客様の為のお茶請けを買いに来たの。 でもお客様は和菓子より洋菓子の方が好みらしいからどんなのにしようか迷ってたの。 そしたら貴女達が出てきたって訳。」
そう言うことだったのかと真面目は思いつつも、その問題を解決出来るかもしれないと思った。
「あの、それならうちの母がやっている洋菓子店に案内しますよ?」
「あ、そういえばお母さんがパティシエだったね。」
「そう言うことなら案内して貰えるかしら? あなたのお母様とも話をしてみたいし。」
湊の言葉にすぅっと冷たい空気が流れたように感じたが、後ろを振り返るのが怖かったので、そのまま案内することにしたのだった。
そしてたどり着いた場所はアーケード街から離れた場所にある、大きめの店舗だった。
「あなたのお母様はここで働いているのかしら?」
「今日は出勤していると思います。 まあ基本は作る側なので厨房だとは思いますが。」
「随分大きい店舗で働いているんだね。」
そう言いながら真面目達は店に入る。 店の中はショーウィンドウで売られているスタイルで、奥に食事の出来るスペースもある。 買ったケーキをその場で食べられるように設営されている。
「いらっしゃいませ! ようこそアルベルト・シューへ!」
若い店員の元気な挨拶に圧倒されながらも、湊はショーウィンドウに並んでいるスイーツを確認する。
「さてさて、どのようなお菓子が一番いいかしら。」
湊はスイーツを吟味しながらも来てくれるお客にどのようなお菓子が合うかを考えていた。 すると奥から声が聞こえてきた。
「相模原さ~ん。 そろそろ休憩入りなよ~?」
「あ、はい~。」
そう言って先ほどの店員(相模原と言うらしい)は奥に引っ込んでいき、代わりに別の人物が出てくる。 その人物に真面目は声をかけた。 顔馴染みと言うか、ほぼ毎日のように会う人物だったからだ。
「あら? 真面目じゃない。 どうしたの?」
「用事があるのは僕じゃないよ。 ほら、お客さん。」
そうして湊を差し出す真面目。 そして湊はすぐに頭を下げた。
「初めまして一ノ瀬さん。 私はこちらにいる娘の母であります「浅倉 湊」と言います。 どうぞお見知りおきを。」
「あ、ご丁寧にどうも。 真面目の母の一ノ瀬 壱与です。」
(やっぱり説明しておくべきだったなぁ)
そんな後悔の念のように2人の母の姿を見ていたのだった。