文具屋で
淡々と前を歩いている岬の後ろを、気を落とした状態の真面目がついてきているという状態になっていた。 真面目にとってはかなり真剣に悩んだ上でのこの服装であるにも関わらず、向こうはまるで無関心かのように振る舞っている。
「まさか心まで少年、何て言わないよね?」
岬の見た目は完全に少年だし、そんな彼女自身も表立って表情を出さない。 このままでは気難しい少年に付き合わされている姉のような格好になってしまう。 せめて会話はないものかと探りを入れていると、岬が左腕を伸ばして、真面目を制止させた。
「浅倉さん?」
どうしたのかと思った数秒後、自転車が通りすぎていった。 道の角は見通しが悪く、ここはカーブミラーもない。 だから岬が先行して歩いて、危険がないかを確認したのだ。
「あ、ありがとう。」
その行動に素直に感謝を告げる真面目が岬の表情は、なんというか凄い気迫を持っていた。
「この辺りはよく自転車が通るけど、見えないから一回止まる。 ・・・うん。 問題ない。 行こう一ノ瀬君。」
そのあまりにも幼そうな容姿からは想像も出来ないような輝きを真面目は見て、ほんの少しだけ、見惚れてしまう。
(・・・はっ!? 今僕は浅倉さんの行動に心が動いた!? いや、確かに異性ではあるからそれは間違ってはないんだろうけど・・・)
そこから目的の文具屋に着くまでに、今度は別の意味で困惑してしまう真面目であった。
そして目的地である文具屋にたどり着いた。 大手の店とはかなり欠けはなれた感じに建てられているが、外から見ている感じでは、本屋とかの一角のスペースにあってもおかしくない程の広さと商品の充実さが伺えた。
「こんなところに文具屋があるなんて知らなかったなぁ。」
「そんなに大きくないから、大体はアーケード街の方に行っちゃう。 ある意味隠れた名店。」
岬はそう言いながら躊躇いなく入る。 店構えからしても怪しい店ではないので真面目も普通に入る。
「いらっしゃいませ。」
店内に入れば1人の女店員が声をかけてくる。 内装はそこそこ広いが、見る限りでは店員はあの人1人のようだ。
中では小中学生の子供達がペンやノートを見ている様子が見られた。 どうやら隠れた名店というのもあながち嘘ではないようだと真面目は思った。
「とりあえずなにから買う?」
「ノートとシャーペン、後は赤のボールペンって所かな?」
「一ノ瀬君はカラーペンとかは使わないタイプ?」
「使っても良いんだけど、そんなに多くは要らないかな。 色が増えると重要なところが分からなくなるってなにかの番組で言ってたし。」
「そうなんだ。 私は結構使うかも。」
そんな会話をしつつ、自分達が求めている物を手に取る。 真面目はノート(5冊まとめて入っているタイプ)を、岬はカラーペンや(青と黄色)を手に持っていた。
そして別の棚へ行こうとした時
「あはははは。」
「こら! お店の中で走らないの!」
店内にいた子供が買い物に飽きてしまったのか、棚と棚の間の通路を走り回っていた。 真面目は危ないと思いつつも、それを注意することも妨害することもしない。 怪我をしたならばその子供の責任だと思っているからだ。
「あはは!」
「おっと。」
そうして同じ通路側に回ってきた子供を通すために、真面目は岬の肩を抱えて前に足を進める。 そしてその親も通りすぎたのを確認してから岬から手を離す。
「子供は元気だけど、ちょっと危なっかしいよね。」
「・・・うん。 そうだね。」
「あれ? どうかした? どこかぶつけちゃった?」
「大丈夫。 次はなにを買おうかな。」
そう言って岬はレジの方へと歩いていった。 真面目もそれについていくことにしたのだが、岬の様子がおかしいのは分かったが、どう声をかけたらいいか分からずに、そのまま進んでいくこととなった。
岬が止まったのは筆箱売り場。 小学生用にあるのか、男児向け女児向けのキャラクターで埋め尽くされていた。
「流石にここのは買わないよね?」
「高校生だし、もっと需要性のあるのがいい。」
「それはそうだよね。」
流石にここで手に取っていたら取り上げようかと思っていたが、流石にそこまででは無かったようだ。
そしてある程度揃ったところでレジに並ぶと、先程の親子が買い物を済ませているところだった。
「あ、先程は申し訳ありませんでした。 この子がご迷惑をかけてませんか?」
「いえいえそんなことは。 子供は元気なのも取り柄ですから。」
「んー?」
謝ってきた親に対して、男の子の方は真面目達を、正確には後ろに隠れている岬を不思議そうな顔で見つめていた。
「ねー、なんで女の子の後ろに隠れているの? 男の子は女の子を守るものでしょ?」
「こら! そう言うことを言うんじゃありません! ごめんなさい! 悪気は無いんですよ。」
「気にしていませんよ。 実際変わって違和感があるのは僕達も同じですから。」
その会話に男の子はまたまた疑問を持っていたが、あまり突っ込まれるのも困るだろうと親の方がその子を連れて店を後にしたのだった。
「あの後説明するの大変だろうなぁ・・・」
変に他人事のように思えない真面目はレジを通すことにした。 すると後ろから岬が買おうとしていた商品も一緒に出して、一緒に清算される。
「お会計1500円になります。」
「これでお願いします。」
そう言っていつの間にか前にいた岬が支払っていた。 そしてそのままの流れでお店のカウンターへと真面目を連れていく。
「どうしたのさ急に。」
「なんだろう。 さっきの男の子の言葉に、ちょっとだけカチンと来た。」
確かに岬はムッとしたような表情をしていた。 なんだかんだで気にしていたようだ。
「ま、まあまあ。 あの子にだって何時かは分かるときが来るさ。 それに見た目からじゃ何一つ分からないんだし。」
そう宥めても岬はムッとしたままで元には戻らない。 そんな岬を見て真面目は微笑ましく見ていた。 それを怪訝に思ったのか、岬が突っ込みを入れる。
「何? まさか一ノ瀬君も同じこと考えてるの?」
「いやいや違うよ。 ただああ言ったのを聞いてムキになって怒っている姿は、なんだか喧嘩した後の子供みたいで可愛いなって思っただけだよ。」
「・・・え?」
自分が言った発言に真面目は「ハッ」と口を紡いだ。 さっき男の子の言葉でただでさえ怒りを露にしているのに、「子供みたい」なんて言えば流石に怒るに決まっている。
しかし言ってしまったものは取り返しなどつかないので、必死に真面目は謝罪の言葉を繰り返す。
「あ、いや! 別に悪い意味で言った訳じゃないんだよ!? ほら、浅倉さんって結構表情に出さないから、こう言ったところで表情が出るのはなんだか新鮮だったし、可愛いっていうのは本当だし、ええっと、その・・・」
真面目は色々と考えるが、なにを言ってもやぶ蛇になりそうで、真面目自体も怖くなってきていた。 そんなことを考えながら岬の顔を覗き込むと、岬の顔は怒っている・・・のではなく、どこか赤らめて恥ずかしそうな顔をしていた。 見た目は少年なのだがその時だけは乙女のようになっていたので、真面目はまた困惑してしまった。
そんな真面目を見た岬は、我に返り店を後にする。 それを追い掛けるように真面目も店を出た。
「・・・青春してるねぇ。」
そんな女店員の声は2人には届かないだろう。
文具を買うことが目的だったためその後の事は特になにも無い筈なのだが、2人は気まずい空気の中で横並びに歩いていた。 端から見たらどう思われるのか分からないが、真面目もこのままではいけないと、岬に声をかける。
「ええっと、浅倉さん。 さっきの事で無神経なことを言ったのかもとは改めて思ったよ。 けど・・・」
「悪気がないのは分かってる。 でもなんだか変な気持ちになった。 嫌なことを言われた訳じゃないのに、顔を合わせるのがちょっとだけ怖かった。 逃げるようなことをして、私の方こそごめん。」
お互いに謝ったところで、「くるる~」とお腹が鳴った。 2人ともお腹を押さえたので、同時に鳴ったようで、その事で笑いが起きた。
「お昼には早いけど、どこかに入ろうか。」
「それなら行きつけのカフェがある。 そこでお昼を過ごさない?」
それに決めた2人は先程までとは違う空気の中で歩いていくのだった。