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海の家「曙」その10

「・・・妙だとは思わないか?」

「妙・・・とは?」


 私の疑問を分かっていない店員に声をかける。


「なぜ・・・なぜこの時間帯なのに・・・こんなにも客が少ないんだ!」


 私は焦燥感に駆られながらそう声に出した。 叫ぶ程ではない。 客足が途切れていたらもっと怒鳴っていたかもしれないが、そうでないからまだいい。


 だが明らかに例年よりも客足が少ない。 その事が私を焦らせるのだ。


「1日目や2日目よりも客がいなくなっている・・・」

「そうなのですか? 自分には良く分からないですが・・・」


 不満をぶつけた店員は特に気にしてはいない様子だったが、経営者である私の目に狂いはない。 一昨日や昨日ならば、1つのレジにもう3、4人は並んでいたはずなのだ。 だからこそこの現象に疑問をもっていたのだ。


「あれじゃないですか? ほら、今ライブやってるじゃないですか。 それを観に行っているとか。」


 その言葉で思い出す。 そういえばどこからか海水浴で遊ぶ客とは違う、こちらにまで響く程の音が流れ込んできていることを。


 そう指摘されて私は冷静になる。 去年までとは違う状況の変化を、私はただの売り上げの妨げにする所だったのだ。 我ながら情けない。


「・・・それなら仕方あるまい。 私も頭に血が上っていたようだ。 少しばかり外の空気を吸ってくることにしよう。」


 頭のみがヒートアップしていたようだ。 私は店を店員に任せて外に出る。

 太陽が沈み始めて空はオレンジになっている。 目先の利益だけを追い求めすぎて、周りを見ることを忘れていたようだ。 それだからだろうか? 私はとある店がこの時間帯に繁盛している光景を目の当たりにして、驚愕で開いた口が塞がらなくなったのだ。


「ば、馬鹿な・・・あんな古臭そうな店に・・・こんなにも客が来るなど・・・」


 眼中に無い程に気にしていなかっただけに、繁盛している光景が信じられ無くなっていた。


 自分の店が他の店よりも繁盛している。 そう考えていたのは自分が店しか見ていなかった証拠になる。 私は自分の愚かさを痛感して、店に戻るのだった。


 ――――――――――――――――――


「ここまで、セルナさんの、歌声が、聞こえてきますね。」

「それに混じって応援する声も聞こえてくるけどね。」


 真面目達が外に出て客寄せをしていると、それなりに遠くにあるはずのステージからセルナの音楽が流れ込んできている。 それにつられてなのか浜辺にいる人達は音楽が鳴っている方へと歩いていく。


「そう言えばあの野外ステージってあんなに音量って出るんだね。 小規模だと思ってたからびっくりなんだけど。」

「この日のために調整したんだろうね。」


 そんな感想を抱いていると、真面目達の前にお客がやってくる。


「おっと、僕達は僕達なりの仕事をしないと。」

「そうだね。 まだまだお店はやるみたいだし。」

「そう言っても大将の気分次第だとは思うんだけどね。」


 そう言いつつもお客の案内をする真面目と下。 お昼程ではないにしろお客はこちらに流れ込んできている。 どうやら立って食べるよりも座って食べる方が、今はいい時間帯のようだ。


 そして日が沈み始めて、お客は店の方には足を運ぶことはほとんど無くなり、静けさすら感じた中で、未だに熱狂を出している場所があった。


「おー。 盛り上がってない?」

「ソロライブなのに良くできるよね。 2時間くらいあんな調子だよ?」


 遠くにそびえるステージをじっと見ながらそう話す真面目。 彼女は「自国では売れていなかった」と語っていた筈だ。 しかしあの熱狂っぷりは本当に売れていなかったのかと疑問に思えるくらいに盛り上がっている。 新しく彼女の魅力に取り憑かれた者もいると考えた方が妥当なのかもしれない。


「一ノ瀬君、日賀君。 戻ってきてってさ。」


 岬がそんな2人を呼んで、「曙」へと入っていく。 すると既にみんな集まっていたようで、待たせてしまったかなという想いに真面目は思った。


「呼び戻して悪いんだがよ。 お前さん達の仕事はここまでだ。 3日間の店の手伝い、本当に感謝しているぜ。 特にあんちゃんには店の出し方やら商品やらで本当に助けられた。 改めて礼を言うぜ。」


 大将はそう言って真面目に頭を下げた。


「顔をあげてください大将。 僕も自分の利益のために動いた節もありますから。」

「それでも私達2人じゃ成し遂げられなかったよ。 というわけで、はいこれ。」


 そう言って女将さんは5つのポチ袋を真面目達に差し出した。 名前の書かれた袋をそれぞれで受け取り中身を見ると、一万円札が2枚入っており、真面目にはそれに更に1枚五千円札が入っていた。


「いいんですか!? 貰ってしまっても!?」

「なに言ってんだよ。 働いたんだから対価を払ったんだ。 なにも間違っちゃいないぜ?」

「一ノ瀬君の方が多いけど。」

「それはあれだ。 アイデア料って事でよ。 色付けたのは悪いけどよ。 それでまかり許してくれ、な?」


 大将は1人だけ払う料が多いことを気にしてはいたようで、みんなに平謝りをした。


「一ノ瀬君は、私達が、集まる前から、頑張って、ましたから。 それなら、私は、文句は、ありません、よ。」

「ぼくも同意見だよ。 お店のことを考えていたのは、誰よりも一ノ瀬君だし。」

「一ノ瀬君は貰って当然の権利を持ってる。 でしょ?」

「大将の好意なら受け取った方が失礼じゃないよ。」


 みんなに促されて真面目も突き返すわけにもいかなくなったので、そのまま手元に入れることにした。


「さ、後は俺達に任せて、お前らは、あのライブってやつを見に行ってこい。」

「いいんですか?」

「店のことを最後までやるのが、店を回す人間ってもんだ。 さ、行った行った。」


 そう言われたならと真面目達は海の家を後にして、ライブ会場へと足を運んだ。


 その会場にはあれだけ盛り上がっていたのにも関わらず、その熱気が止むことがない空間になっていた。


「・・・これ比率はどっちが正しい?」


 岬の疑問は目の前の観客達にあてたもの。 何故なら男女の比率が逆転しているからだ。 女性アイドルなら男性の方が多くなる傾向にはあるが、目の前ではその光景は逆になっている。 いや、女性が好む女性アイドルもいるので一概には言えないが、ここまで分かりにくいのもビックリである。


「セルナはどうみてるんだろ?」


 刃真里の言葉に、一度休憩に行っていたであろうセルナがステージに帰ってきた。


『みなさん。 私のために待っていてくれて本当にありがとうございました。 でもまだまだ私は元気ですよ! 今日という日を、みなさんにのこしたいから、最後まで歌わせてください!』


 セルナの言葉にワッと声が上がる。 そんな中でセルナは真面目と遠いながらも目があった。 そしてコールサインと共に手を振った。 もちろん観客だけでなく、真面目を一個人としたうえで手を振ったのだった。


 セルナの公演を間近で聞いた後は、送迎バスに揺られて真面目達は最寄り駅まで着いていた。


「夏休みも後10日程だね。」

「別に寂しくはないよ? 私は充実してる。」

「ぼくも楽しかった。 こう言うのも悪くないね。」

「みなさん、お疲れ様、でした。」

「また何かあったら連絡しよう。」


 そうして真面目達は解散していく。 真面目は帰路に着きながら自分の言った言葉をもう一度言う。


「また何かあったら・・・ねぇ。」


 自分でも言っていることが不思議な位に、笑いが込み上げていたのだった。

これにて海の家編は終了です。


自分でもビックリするくらい長く書いたなと思っています


真面目達の夏休みもいよいよ終盤になります

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