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海の家「曙」その8

 今日も今日とて人がわんさかと入ってくる。 当然だ。 その為の商品を展開しているのだから。 そこに食らいつかない訳がない。


 他の店も昨日は頑張っていたようだが、オーナーが来て露骨にアピールをしているようでは経営としてはまだまだである。


 さりげなく行うのが一番の流儀。 真の経営者は媚びなど最初に売り飛ばして、真に運営できるようになれば逆に食らいつく勢いでなければならない。

 お店を見ていると、ふと調理担当のバイトからこんな言葉が耳に入った。


「ねえ、今夜のセルナのライブ、観に行かない?」

「セルナ? だれそれ?」

「セルナはセルナだよ。 セルナ・アーセナル。 海外の方で活躍し始めた彼女なんだけど、細い歌声とは裏腹に、ダンスのキレが最高なの。 しかも今日この浜辺でライブをやるとなったんだって。」


 ほぉ、知名度は低いがそのようなことが行われるのか。 これは私も流行のために助力をしてやるとするか。


「私語厳禁だと注意をしたい所ではあったが、その歌い手に興味が出てきた。 すまないが、どんな人物か話を聞かせてくれるかな?」

「す、すみません! ええっとセルナさんは、声は高くて、でもスレンダーな身体をしていて・・・あの丁度バレーの選手のような・・・え!?」


 声をあげた理由が分からずにレジの向こうを見てみると、そこにはバイザーを着けた、赤と紫を半々にしたカールのかかった髪をしていて、どこかのチームのユニフォームを着た細身の女性だった。


「あのお客がどうかしたのか?」

「ヤバい・・・本物ですよ・・・本物の・・・セルナですよ!」


 興奮気味になって声をあげるその店員が言うのだから間違いないのだろう。 つまりこれはまたとない好機である。 ここでこのお店の事を気に入ってくれれば、売り上げが更にあげられる可能性もある。


 私はすぐに目を光らせて、その店員にこう申し出た。


「君、レジの担当と変わってもらい、こっそりと彼女の事を宣伝するんだ。 いいか? 「露骨に」じゃないぞ。 「こっそりと」だぞ。」

「わ、分かりました。 私、頑張ります!」


 これで更なる収益に繋がる事は間違いないのだろうな。 利用させて貰うようで申し訳無いが、そちらも有名人である以上は少なからずメリットにはなるだろう。


 ここで少しでもWin-Winな関係性が築けれれば、・・・くっくっくっくっ。 これで更に差が広がるだろうな。 残りわずかの時間も利用に利用を重ねさせて貰おうか。


 ――――――――――――――――――


 海の家「曙」も3度目のピークを向かえても、既に皆慣れたお陰か、店内はスムーズに回っていた。


「お待たせ致しました。 豚肉の鉄板焼き、イカ焼き、豚お好み焼きです。」

「それでは海鮮お好み焼き、塩焼きそばが2つですね。 少々お待ちください。」

「焼きそば出来たぞ! 誰か持っていってやってくれ!」

「僕が行ってきます! 南須原さん。 洗い物任せてもいい?」

「はい。 お願いします。」

「2000円お預かりして、お釣りが480円になりますね。 ありがとうございました。」

「お好み焼きのタネ作ってきたよ。 このままパンの準備してるから、人手が足りなくなったら声かけて。」


 お店の中は忙しなく動いているが、それが余計に空席を作る要因となるのか、片付けても片付けても、すぐにお客が入ってくるのだ。 嬉しい悲鳴と言えば聞こえは良いのかもしれない。


「いやぁ、全然休められる気がしないよね。 本当に忙しいや。」

「喋るのは後にして、早く料理を運んで。 動きを止めたらお客さん待たせちゃうから。」


 下が笑い飛ばそうとしている間にも、岬からの檄を受けて、すぐにカウンターの料理を運ぶ。 とはいえ真面目も下の冗談交じりの喋りを聞いているほど余裕も無かったのは事実だ。 真面目にとっては逆にありがたかった。


 お客の波が落ち着いたのはそれから更に40分も後の事だった。


「あ、あつい・・・どっちの意味でも本当に・・・」


 ようやく熱された鉄板から解放された真面目は、休憩室でぐったりしていた。 隣には大将も同じ様になっていた。


「本当、悪いことしちまったなあんちゃん。 俺もこんなことになるなんて思ってもなくてよ。」

「いいんじゃないですか? あそこに山積みになっていた小麦粉も、後2袋程にまでなってるので。」


 あれだけあったと思われていた小麦粉は、大将のお好み焼きと焼きそばパン、そしてソフトクリームパンの売れ行きが良かったために、ここまでの功績を残せたと言えるだろう。


「このまま夜まで頑張りましょうよ。」

「・・・そうだな。 あいつらが頑張ってるんだ。 俺たちも戻るぞ!」

「分かりました!」


 そうして2人は休憩から戻り、再び鉄板の前に立つ。 その間に別の二人が休みに行くが、既にピークは越えているので、そこまでお客の対応も多くはない。 思う存分に楽が出来るのだ。


「それにしても向こうのお店、なんだかお客さんがそれなりに押し寄せたみたいだよ? なんでも有名人が来たからって大騒ぎになってたんだって。」

「堂々としてるなぁ。 向こうの売り上げも凄いことになったんじゃない?」

「うーん、でもその割には盛り上がっていなかったって言うか・・・当の本人がちょっと不機嫌に見えたって言うか・・・」

「なにそれ。 有名人怒らせたってこと?」

「少なくとも満足はしてなかったみたいだよ?」


 そんなことを話していると、その「当の本人」がうちのお店にやってきたようだ。 手元には色んな食べ物を両手に抱えていた。


「大丈夫ですかお客様? 少し持ちましょう。」

「あ、ありがとう。 なんだったらそれあげるわ。」


 ライバルにも近いお店の料理を・・・と思ったが、あれだけの大荷物なら前も見えなかっただろう。 よく躓くこもがかなかったと誉めてあげたい。


「はぁ・・+っもう! 私は別にちやほやされたい訳じゃないの。 あそこの店員さん話し聞きたかったのに、別のファンが来たからなにも出来なかったじゃない。」

「落ち着いてください。 ここは店内なのですよ。」

「分かってるわよそんなこと。 もう! この後公演があるのに、こんなテンションじゃ出られないわ! こうなったらとことん食べてあげるわよ。出手伝ってくれるでしょ?」

「お嬢様が為さるのならば。」


 そうして色んなものを食べていく2人だったが、最初こそ空腹に任せていても、量が数人前分なので、そんな簡単には減るわけでもない、


 しかし身体を動かすからなのだろうか、もう少しだけ食べていた。


「さすがに食べすぎた? でもまだ量があるのよねぇ・・・ 全部食べきれるかしら?」

「本日中にお召し上がりにならなくても、冷蔵庫などで保存をしておきますので、問題はありません。 それにこれ以上はダンスに影響を与える可能性があるので、控えた方がよろしいかと。」

「それはそうなんだけどねぇ・・・ さっきかき氷も買わされそうになったけど、私冷えすぎてるのって得意じゃないのよね。 お腹壊すから。 でも暑すぎるのも堪えるし・・・」


 そう言いながらその人物は「曙」のメニューを見ていて、「あれならいいかしら?」とポツリと呟いた。 そして


「すみません。」


 声をかけてくる。 あまりやっていなかった真面目がその対応へと行くことにした。


「お待たせ致しました。 ご注文ですか?」

「ええ。 ・・・あら?」


 注文をした人物、セルナは真面目の顔をまじまじと見た後に、納得したような声をあげる。


「あなた、もしかして朝にステージの方を見てなかった?」

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