間幕 現地入りしたミュージシャン
今回は少し短めです
「今日の舞台はここなのね。」
太陽が昇りかけている午前5時頃。 浜辺でジョギングをしている人達を見ながらそう黄昏ている人物がいる。
今は夏だと言うのに長袖長ズボンを着ていて、肌のダメージを最小限にすることを徹底している。
「浜辺ねぇ・・・私としては休む場所ももう少し静かな場所がいいわ。 プライベートビーチは必要ないけど、海に行くならパラソルを使って日陰で休みたいわね。」
そう語るこの人物は、今回のこの場所での公演にに向けての練習を積み重ねてきた。 大舞台らしい大舞台ではないものの、全力を注ぐことには間違いない。
「セルナ様。 そろそろ朝食のお時間でございます。」
マネージャーかボディーガードか、とにかくこの夏の場に相応しくないスーツ姿の女性が、黄昏ている人物、セルナを呼びつけた。 そしてセルナはその言葉に喜びの表情を見せた。
「日本の朝食! やっぱり来たからには味わいたいのよね! その為にこうして日本語だって勉強してきたんだもん。 それで朝食のメニューは分かっているの?」
「はい。 セルナ様に嗜んで貰うため、ホテルのシェフに「日本らしい朝食」とリクエストしておきましたので、到着すれば分かるかと。」
その説明にセルナはルンルンな気持ちになっていた。
「それなら早速行きましょ。 ステージを見る前にハラゴシラエよ。」
日本語は勉強してきたものの、まだまだ饒舌とは言えない喋り方で、目的地に戻るのだった。
「ふわぁ・・・!」
そして出来上がっている朝食を見て、更に目を輝かせているセルナ。 彼女の望んだ「日本らしい朝食」がそこにあった。
「これよこれ! この一見シンプルな作りなのに一寸の狂いが許されない圧倒的並びのバランス! 目には絶対に見えない細部への拘り! 私の国では絶対に見れないこの煌めき! これから1日を始められるなんて素敵な日になりそう。」
そうして着席したセルナがまず手をつけたのは味噌汁。 ズズッと一口飲めば、味噌の濃いのにしつこくない味わいと茄子と揚げの味が、口の中に押し寄せる。 そこに間髪入れずに白米を食べるセルナ。 熱々のご飯は味噌汁の味を決して阻害しない味なのに、噛む程に米が甘く感じられる。 セルナにとってはこれでも十分満足を得ている。
「次は焼き魚ね。」
「本日ご用意したのはサバのようです。 それを塩のみで丁寧に焼いたと料理を作った方は仰られておりました。」
ボディーガードの話を半分聞き流しながらセルナは焼きサバに箸を突っ込む。 パリパリと焼けた皮の音を楽しみ、身を一口大にして口に運ぶ。
舌に乗せた瞬間からサバの油が押し寄せる。 そして噛んだ瞬間にサバの旨味を感じ、そしてご飯を再び食べる。 油が白米で調和され、素晴らしい味を堪能していた。
「魚がこんなに美味しいと感じるのはこの国だけよ。 他の国のボイルとかも悪くはないけど、焼くだけで魚のポテンシャルを引き上げているのは間違いなく日本だけ。 そして・・・」
最後にセルナは玉子焼きに箸を伸ばして、これまた綺麗に一口大にして口に運ぶ。
出汁と本の少ししか加えられていない醤油の味が口の中に入っていき、セルナを大いに満足させていた。
「私、卵料理は元々大好きだったのだけれど、オムレツとはまた違ったこの玉子焼きの味わい。 他の国じゃ絶対に真似できないって確信が持てるほどに、玉子焼きは私の中で一番好きな料理だわ。」
「ご満足頂けたようで何よりです。 それでは朝食が終わり次第、一度ステージの方に行きましょう。 ステージの広さや観客への配慮なども確認して貰いたいのです。」
「ええ。 これだけ素敵な場所ですもの。 失敗したら私が泣くわ。」
そう言いながらも朝食を食べる手を止めなかったセルナであった。
朝を食べ終えて午前7時頃。 セルナは本日行われるライブステージの上に立っていた。 ここで夕方からセルナのオンステージが行われるのだが、この日のためにどのくらいの観客が集まるのかは想像していない。
そもそもセルナは自国ではそれなりに有名ではあるものの、日本ではまだ知名度は低い。 こういったオンステージが行えるのも、ファンからの支援金あってこそであるし、何よりも日本に何度か訪れたことのあるセルナは、この場所から日本進出を目指しているのだ。
「音響調整入ります。」
ほとんど誰もいないからこそ出来る調整を今のうちにやっておく。 成功へ導くための妥協は許されない。 セルナはそれだけ日本進出を本気で考えていた。 今じゃなくても構わない。 いつか出来るなら小さなところから始めることに不満はない。
「音、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。」
この日のために集まってくれたサポーターにも報い入れたい。 それが今のセルナの気持ちだった。
セルナはステージの広さと自分の声量、そして踊るためのスペースを自らの身体で体現するためにあちらこちらに動いていた。 この海辺にいる人間全員に届かなくてもいい。 セルナの事を見てくれている人がいれば、それでいい。 そうセルナは考えていた。
そんな風に時間を過ごしていると、視界の箸で送迎バスがこの海辺の近くに到着したのが見えた。
降りてくる人、全員若い人達ではあるが、セルナの事を知らないだろう。 なのでセルナも気にすることなく歌を歌う。
こちらに見向くことなくテナントのある方向へと歩いていくのを確認しながら調整をかけていると、砂浜を見た時に1人の女子と目があった。 丁度歌い終わりで息を整えていた所だったので、なおのこと気になったのだろう。
「・・・まあ向こうは私のこと知らないよね。」
そう思いながらもその女子だけしか見ていなかったので、手を振るファンサービスを行った。 すると向こうからもお返しで手を振ってきた。 セルナはその行為に少し驚きつつも、少し喜びを感じたのだった。
海水浴客が増え始めた頃にはセルナは既に別の場所におり、ライブのタイムスケジュールを確認していた。
「夜の方もこの方針で行くのね?」
「手筈は揃えております。 順調にライブが進めば予定時刻には間に合います。」
「私のために色々と手を尽くしてくれてありがとう。」
「セルナ様の成功を悲願してのものですから。」
その言葉にセルナも安心を覚える。 そして改めて今回のライブをなんとしても1人でも多くの人の心に残さなければと意気込みを入れ
「くぅぅぅぅ。」
ようとした矢先にセルナのお腹の虫がなる。 朝ごはんを食べてずっと動きっぱなしだったからか、既にお腹は減っていた。
「さっき屋台みたいなのがあったから、そこでお昼にしようかしらね。」
そうと決まればと変装の服に着替えて、真夏の太陽よりも暑い海辺へと赴くのだった。
今回のゲスト枠のような彼女です。
というよりも彼女と出会うことがこの海での話のメインだったりしてました。




