海の家「曙」その7
真面目達の店にオーナーがいることが分かった数分前の事。
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私が目を覚ましてお店の様子を見にレジの方へと行くと、お店の端の方で、なにやら書いている人物を見かけて、私は身なりを整え直した。
「レジの方は順調か?」
「はい。 大丈夫です。」
「店長、在庫の確認をして、足りなくなってるなら追加しておきます。」
「うむ。 任せる。」
そう言いながら私は端で観察をしている人物をチラリと見ていた。 まさかこのタイミングでオーナーがいるとは。
だが私達の店のスタイルは貫き通していく。 それにこれまでも何だかんだと成績は良い筈だ。 ここで磨きをかけるのも悪くはないだろう。
「そろそろお昼を越えるが、かき氷の準備はどうだ?」
「絶賛制作中ではありますが、冷凍庫は既に8割程埋めています。」
「ふむ。 その調子で頼むと伝えておいてくれ。」
「分かりました。」
その様子を確認するオーナーの事を、横目で見ていた。 オーナーが来た時には常にやっていた。 もちろん店員への配慮も当然欠かしていない。 オーナーの印象が良ければ来年も同じ様に続けていける。 それだけにここでのアピールは重要なポイントだ。
そしてお店を去っていったオーナーを見て、私は改めて店の状況を確認した。 他の店に行ったのだろうが脅威ではない。 来年のためにも、ここでしっかりと頑張って貰うのだ、私の店の作業員達よ。
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真面目、岬、下の3人は奥にいるオーナーの事が気になっていた。 もちろん他のお客がいる以上注視することはない。 お店の奥にいるのなら視界にも入りにくいと向こう側も配慮したのだろう。
「やっぱりお店の見回りとか・・・雰囲気調査とかが主になるのかな。 テナントを貸しているって言う位だから、それくらいは調査するよね。」
真面目は一人料理をしつつもオーナーの事を考えていた。 今の時間帯はメニューも変えている。 そこまで大きな変化ではないのかもしれないが、やはりメニューによって客層も変わっては来ている。 だが完全に店の中が閑古鳥が鳴いているわけでも無い。 なので見る場所は真面目達の働きぶりだろう。
「一ノ瀬君。 塩焼きそばパンとソフトクリームパンストロベリー味の注文。」
「うん。 分かった。」
「・・・気になるのは分かるけど目を見ては駄目。 お店に集中してないと思われる。」
岬の忠告に真面目は焼くためのパンを取り出して鉄板と蓋でパンを閉じ込める。 その間に塩焼きそばを作り、パンが焼けた頃合いを見て蓋を開けて、1つのパンは2つに切り、もう1つのパンは真ん中に切れ込みを入れて空気を含ませる。
「ぼくがソフトクリームパンはやるよ。」
「ありがとう。」
手持ち無沙汰になりかけていた下が駆け寄り、耐熱手袋を忘れずに着けてからピタパンを持ってストロベリーソースを入れてソフトクリームを入れる。 そしてアルミホイルで包んでいく。 その間に真面目も作った塩焼きそばを箸で掴んで2つに切ったパンの中に入れていく。
そしてお皿に盛り付けて注文の書かれた紙を下に置いてからカウンターにお皿を置き、岬がそれを取りに行く。
そのサイクルで少人数でも出来るように心掛けていた。
その様子をメモしているのも見えていた。 そしてその後に手を上げているのが見えた。
「ようやくなにかを注文したね。」
「目的は食べることじゃないだろうからね。 でも長時間いるならなにか買わないとって思ったんじゃない?」
ただで店に居られないと思うのは人間の良心なのだろう。 そうして注文を取りに行った岬がカウンターにやってくる。
「注文。 ソフトクリームパンブルーベリー味。」
「了解。 そのまま浅倉さんは他の人の様子を見てて。」
「ん。」
そうして真面目はパンを鉄板で焼き始める。 焼きそばを作ったりするわけではないため、真面目にとっては安息の時間である。
そして焼けたと同時にソフトクリームメーカーを仕込んで、ブルーベリーソースを内側にかけて、ソフトクリームを注入する。 熱いのでアルミホイルも忘れない。 そしてパンを岬に渡した。
「あれでお店の味が分かるのかなぁ?」
「全部既存品だしねぇ。 ちょっと不安になっちゃうよね。」
真面目と下が様子を見つつも、これ以上は干渉できないので、そのままお店を運営していく。 そしてオーナーであろう人物は、ソフトクリームパンを食べた後にお店を去っていった。 もちろんお会計は済ませてはいたが。
「・・・帰っていったね。」
「そうだね。 特にこっちに声をかける訳でもなかったね。」
「見るだけなら声はかけなくてもいい。」
「おう、戻ったぞ。」
オーナーと入れ替りで大将達が休憩から戻ってくる。 そして大将は辺りを見渡した。
「あのオーナーは帰っていったか?」
「ええ。 ソフトクリームパンは食べて貰いましたが、お店の味と言うわけではないので、どうなのでしょうかと言った具合です。」
「なるほどな。 ま、食わせられただけましだと思った方がいいな。 頭の固いようにゃあ見えなかったが、信用していいかまでは分からねえ。 運営なら運営らしくしてればいいのにな。」
大将の言っていることも的を得ているような気がするが、まだこれと言った成果がないのは少し焦りも出てきている証拠なのかもしれない。
「とりあえず閉店までガンバんぞ。 この辺りからはよく分からん連中も来るだろうからな。 気を引き締めて行けよ。」
大将にそう言われて、よく分からん連中? とみんなは首を傾げたが、外の様子を見て、大将がなにを言っているのかが、理解できたのだった。
「そう言う時は家族連れを狙うのが一番だよね!」
下はどこか勢い付くように客寄せに力を出していた。 とはいっても無理にお客を呼び込んだり、媚を売ったりしているわけではない。 お客の状態をハッキリと確認した上で、呼び込みをしている。 その結果
「ごめん一ノ瀬君、少しだけこの子を任せてもいい?」
迷子をつれてきてしまう羽目になっていた。 迷子センターではないにしても、蔑ろにするのは気が引けたので、そのまま真面目が預かることとなった。
「どこでお母さん達と離れちゃったかな?」
真面目はその迷子の女の子に声をかける。 前の性別だったら、こんなことをしても誤解される可能性はあったのだろう。 すると女の子は
「迷子じゃないよ。 目を離したらお母さん達がいなくなってたの。 だから見つけて欲しいと思ってるのはお母さんの方。」
真面目はその話を聞いて、強気な迷子の言い訳かなと思っていた。 すると女の子はメニューの方を見て、人差し指を加えていた。
「なにか食べたいものでもある? お姉さんが買ってきてあげようか。」
「知らない人から貰い物しちゃ駄目って言われてるからいい。」
「そっか。 偉いね。」
そこは素直に褒めておく真面目。 そんなことをしていること数分後。
「あ、こんなところにいたのね!」
どうやら母親らしき人物が来たようで、すぐに女の子の手を握った。
「もう、人が多いんだからお母さんの近くにいてと言ったでしょ?」
「迷子になったのはお母さんだよ?」
「・・・まあそう言うことにしておいてあげるわ。」
そのままその迷子と共に立ち去ろうとした時に、母親の方がお昼を食べていなかったことを思い出して、折角だからと「曙」の中に入っていった。
「ね? 家族連れの方が入りやすいでしょ?」
「これを見越してやった訳じゃないよね?」
「まさか。 来店は結果オーライの産物。 ぼくは迷子を連れてきただけ。」
「よく警戒されなかったね?」
「声はかけようと思ったんだけど、スタスタと言っちゃうから、この店まで誘導したんだよ。」
下は巧みに道案内させたと言うことを自慢して、そのまま夕方まで客寄せをしていた。
そして日が沈みかけたところで2日目の営業も終了。昨日よりも売り上げが上がっているのも確かだが、何よりもお客のマナーが良いので、装飾の差し換えなどを行わなくても済んでいるのはありがたいことだった。
そして昨日と同じバスに乗り、そのまま帰路へと歩いていく真面目。
「さてと、明日でバイトも最終日かぁ。」
夏休みに入る前から店での交流があった真面目。 これでお別れとはならないだろうが、寂しくもある。 バイトをしてみても良いかもしれないなと、心の中で密かに思っていたのだった。




