海の家「曙」その6
私にだって休みは必要だ。 昨日の開店からほとんど準備をしていたため寝ていない。 しかし昨日の売り上げを見てみれば問題は無かった。 今日もこの調子で頑張って売り上げを出して貰えれば、この場での収益は十分だ。
「仮眠くらいは取らせて貰おう。 昨日と同じアルバイトだ。 仕込みのしかたもやり方も同じなのだから、今日来るメンバーに教えれば問題もなかろう。」
そう言いながら私は店の上のスペースで横になる。 本番は結局明日なのだから、今日も同じならば問題はないのだ。 私が動かなくてもやれることを信じて、私は横になり眠ることにした。
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翌日も同じ様に7時頃にバスを待っていた真面目は、昨日の事を考えていた。
別に相手に勝ちたいわけではない。 しかしこのままあのお店の天下というわけにも行かないようにするにはかなり骨がいる事になるだろうと頭の中で反芻来ていた。
「・・・あの人達の期待を裏切る訳じゃないけれど・・・僕達のお店でそれを成し遂げるのは不可能なんじゃないかな・・・?」
真面目にとってその事が成し遂げられない最大の難関は年期による圧倒的な客層の解釈であると認識している。
そもそも夜まで店を開けると言った時点で、お客の動向を知っているも同然だし、大将の言うようにお酒を提供しないのならば、大人にとっては少々物足りなさまで感じる可能性も否定できない。 そこをカバー出来なければ天下から引きずり下ろすことなど、夢のまた夢、とも言える。
「あの店があの場での正解を出しているのに、僕達がそれ以上の頑張りを見せることなんて・・・」
そんなことを考えていると送迎バスがやってきたので、今日も今日とてもみくちゃにされながらも海に到着する。 しかし真面目は考え続けていた。
「夜の営業を今日からやってみる? でも付け焼き刃な上に準備がほとんど無い。 でもこれから新しいメニューを考えるのも・・・」
「なにをそんなに唸っているのさ。」
1人で思考を巡らせていた真面目の耳に聞こえてきたのは、刃真里の声だった。 振り返ると既に全員揃って真面目の事を覗き込んでいた。
「おはよう一ノ瀬君。 すごい険しい顔をしていたけど?」
「そうかな? 寝不足かもしれないや。 夏休みって夜起きてても怒られないじゃん?」
「そんなことで一ノ瀬君は険しい顔をしない。 昨日の帰りに言われた事を考えてる。」
真面目は痛いところを突かれたような表情になり、そしてため息をついた。
「僕達は別に争うために店を借りた訳じゃない筈なんだよね。 そうしたら向こうから期待の眼差しを向けられてるって、どう思う?」
既に海の家には着いていて、大将と女将さんに挨拶を交わして、休憩室へと入る。 ちなみに準備は万端になっていて、何時でも開店が出来るようになっていた。
「全部が全部この店で請け負わなくてもいいんじゃない? 期待されてるって事だけで十分だと思うけど?」
「一泡吹かせたいとは昨日言ったけど、勝負しようなんて端から思ってない。」
それは真面目も思っていることではあるものの、敢えて言わなかったのには元々そういうつもりでお店を出していないことを、誰よりも知っていたからである。
そうでなければこんなにも悩むこともなければ、期待もされなかったことだろう。
「それで? どうするつもりなのさ?」
「別にどうもこうも。 僕達なりのやり方をするだけでしょ。 昨日と同じ。 来てくれるお客さんの対応を丁寧にやっていれば、ちゃんと熱意は伝わる。」
「そう、ですね。 今日も、頑張って、お店を、回して、いきましょう。」
おー、と声をあげたのは和奏。 一番てんてこ舞いな場所にいた筈の彼女ではあったが、それでも一生懸命にやろうとしている姿に、勇気すら貰える程だった。
「そろそろ外に行こうか。 大将さん達を待たせるわけにはいかないし。」
刃真里の言葉でみんなも動き出す。 そして本日も海の家「曙」は開店をする。
「・・・なんだか昨日よりも若者の方が多くない?」
昨日と同じように真面目と下が客寄せをしている時に、ふと下が今日の海水浴客を見て思った事を口にしていた。
「若者って、昨日だって若者は多かったじゃないか。」
「そういう言い方じゃなくって・・・なんかこう・・・チャラついた人が多いって言うか・・・」
そう言われて改めて海水浴客を観察してみる真面目。 確かに昨日に比べれば家族客はあまり多くは見られず、代わりに夏を楽しむ気満載の若い男女が多く見えた。
「それを見てどう思うの? 日賀君としては。」
「・・・こうやって言うのって、偏見に思われるから嫌だって思うんだけど・・・」
一呼吸置いてから下はこう答えた。
「治安、悪くならない?」
そんな下の言葉は、真面目にため息をつかせるには十分だった。そんな言葉で括られては、好きでああいった格好をしている人に失礼にならないかと思った。
「その辺りはあれだよ。 僕達で食い止めるしかないのかもしれないね。」
「今のぼく達の姿じゃ逆効果でしょ。 多分。」
下の鋭い指摘に真面目も、だよねと言わんばかりにため息をついた。
一方でそれを武器にしていると言わんばかりに、隣の店の店員は元気よく、しかも服もそれなりに肌を強調して客寄せをしていた。 真面目達の格好はシャツに短パンと、地味ながらにお客の目は惹いているとは思うものの、あのような格好をされては鼻の下を伸ばす輩がいても仕方の無いことなのかもしれない。
それでも根気よく客寄せをしたお陰か、お昼前にそれなりにお客は入ってきていた。
「これも2人の呼び込みのお陰だよ。 でも休んでる暇はないっぽいけどね。」
刃真里は皿洗いに集中しつつも、呼び込みをしてくれた2人を労ったが、そんなのはお構いなしに注文は飛び交っている。
「お待たせ致しました。 イカ焼きと鉄板焼きのお客様。」
「はい。 豚肉と海鮮のお好み焼き2つずつですね。 大変込み合っていますので、お時間頂きますがよろしいでしょうか?」
そんな喧騒の中で岬と下はお客の声を聞いていた。 番号や注文を間違えないように必死である。
そして厨房は大将と真面目が2人で料理を作っている。 料理を大将と同じレベルで作れる人物となれば、メンバーの中では真面目しかいないと判断されて、客寄せをし終えてからはずっと料理を作っている。 それでも役割としては大将の方が複数の料理を同時に作ってはいるのだが、仕込みは真面目が定期的に行っている。
最後に女将さんと和奏で会計を終えて現在の配置となっている。 もちろんこれだけでお店を回すことが出来るのは、やはりそれぞれが役割を担っているからに過ぎないだろう。
そしてお昼も過ぎようとしている頃に、ようやく一段落つける時間がやってきた。
「大将。 休憩に先に入ります。」
「分かった。 それならそっちの注文を受けてる2人も入れ。 今ならこの人数でもやれるだろ。」
そうして真面目、岬、下が休憩室に入って、用意されている椅子に腰かけた。
「今日も動いたねぇ。」
「お店が小さいのが幸いに動いてる。 後一畳くらい広かったら間に合ってない。」
「でもあそこの小麦粉はまだまだあるけどね。」
そう言って指差す方向には、それでも最初の頃よりも半分程にまで減らした小麦粉の袋が積まれていた。 残りは大将の店で使うので問題はないが、それでもよく減らした方だと自分達を誉めてやりたいと思っていた。
「大将。 これで自信がついたかな?」
「ここのお店と経営しているお店は違うからね。 宣伝効果としてはまだ弱いかも。」
「この後も頑張らないとね。」
そうして休憩室から戻ってきた真面目達は、店内の奥の方で店の様子を伺っている人物が目に止まった。 最初はなにをしているのかと見ていたら、カバンからアンケートのような紙を挟んだボードを取り出して、なにかを書いていた。
「あんちゃん。 俺達は休憩に行くが、あの人には迷惑かけないようにしてくれよ。」
「あの人誰ですか?」
「この辺りのテナントを仕切ってるオーナーなんだよ。 俺も会ったから知っている。 少しの間任せた。」
そう言って残りのメンバーが引っ込んだ後に、改めて真面目達はその人物がどう動くかを見定めていたのだった。
たまに見せに来るお偉いさん的な立ち位置の人です




