海の家「曙」その5
日が沈み始めた海はあちらこちらで明かりが灯され始めた。 キャンプファイアや花火も見える。 だがそんな時に売り上げというものは伸びるもの。 そして私の店はそんな夜に合わせてメニューもアルバイトで雇った店員も入れ替わる。
「いらっしゃいませ! ビールに焼き鳥はいかがでしょうか!?」
そう入れ替わった店員がしきりに声をあげている。
夜には夜の売り方がある。 あの場にいる者達はバスの最終やら終電やらまで残る。 なんだったら車中泊の連中もいるだろう。
そこで昼間と同じものを出したとて食い付きがよくなるわけではない。 ならば夜でも売れるものを出せばいい。
その効果もあるからか、ビールや焼き鳥はもちろん、食べることを中心にしている者達は昼間のメニューも買ってくれる。
昼間ほどではないにしても列は出来る。 そして作り置きを温める事に専念させればすぐにでも提供環境が整うというわけだ。
「他の店はここいらで閉店準備をするだろうが我々はそうじゃない。 夏の利益はここの数日しか出せないのだから、売れると思えば売れるのだよ。」
そんな客層も客足も変わった店内を見ながら、私は勝ち誇っていた。 他の店では滅多にやらない事をしているのだから、ある意味では当然とも言えるだろう。 残りの期間も荒稼ぎさせてもらおうか。
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「お客さんが大分減ったねぇ。」
日が沈みかける午後7時頃、下が海辺の方を見てみると、埋め尽くされたようにいた人々が、見渡す限りだけでも半分程にまで減っていた。
「でも昼間の騒がしさと変わらない。 夜の海の魔力。」
岬が同じ様に覗き込むと別の感想も述べられた。
今現在浜辺にいるのは、夜の夏の海という開放的な空間でバカ騒ぎのようにしている若者達だった。 色々なしがらみから解き放たれたかのようにはしゃぎ回っている。
「店内の掃除もあらかた終わったよ。 そっちはどう?」
「明日の仕込みも十分だよ。 明日はもっとお客さんが来ても大丈夫なようにしないとね。」
店内を掃除していた刃真里がキッチンにて色々と仕込みをしていた真面目に声をかける。 和奏もキッチン内の清掃に勤しんでいた。
「それにしても本当にいいんですか? 隣がやっているからとは言いませんが、夜の営業をやらないで。」
「いいんだよ。 こう言ってはあれなんだがよ。 うちの店はそもそもそんなに酒飲みが集まるような店にしたいわけじゃないんだ。 別に俺が飲めない訳じゃないぜ? ただうちは居酒屋程は酒を提供している訳じゃねぇってだけだ。」
「うちの人なりの拘りだと思って許してあげて。 最終日は夜まで営業はする予定だし、今日は様子見みたいなものだったから、お客の動向が分からないままで夜を向かえるのが嫌だったのよ。」
大将の返しと女将さんの補足でお店の方針はある程度理解した真面目達。 それならば留まる理由も無いので、閉店の文字を下げて、お店の前にチェーンをかけて、お店を後にした。
真面目が時計を見ると時刻は8時半頃。 お店を閉めたのが8時なので閉店作業や仕込みを考えればこの時間帯になるのも無理もないだろう。
「まだ、バス、残って、ますよね?」
「他のお店の人達も帰る筈だし、流石に残ってるとは思うけど?」
実際にバスの予定時刻を聞いたわけではないのでどう言えばいいのか分からない。 そもそもが送迎バスではあるものの、おそらく運営からのバスとも限らない。 流石にお店で店主達と同じ様に店番をしてくれとは言われていないのならば出して貰わなければ困る。
「うーん。 来ないなんて事は無いよね?」
「どうだろう?」
真面目達が朝バスを降りた場所と同じ所で待っていると、別の団体がゾロゾロとこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、まだ誰かいるみたいだよ。」
「本当だ。 おーい、そこの人達~。」
声をかけられたので、慌てて反応をすることになった。 そして近づいてきた人物達から色々と聞かされた。
「ありゃ、君たちもしかしてバス待ち?」
「というかあのお店のアルバイトの子達でしょ?」
流石に店の事を終えた後で人に声をかけられると思っていなかった真面目達は、何から言えばいいのか分からなくなっていた。
「あ、おいおい。 俺達大人が寄ってたかったら、向こうも困っちゃうだろ。 話は一からにしよう。 それからだよ。」
そうまとめてくれたのは背の高い男性だった。 街灯から照らされる姿は白髪で猫目だった。
「そういえばお店の子達と言っていましたが、もしかして・・・?」
「そうそう。 俺達もアルバイトのメンバー。 つってもあそこのアルバイトじゃないけどな。」
そう笑いながら語っているが、どうも本心では笑ってはいないようだ。
「あそこ、というのは僕達がアルバイトをしているお店の隣の・・・ですよね。」
「ああ。 しかも今も営業中と来たもんだ。 商魂逞しいと言えば聞こえはいいが、こちらとしてはあまりやって欲しくないというのも本音でな。」
「何かあったんですか? 妨害されたとか。」
「ここのお店達ってこの時期を終えたらほぼもぬけの殻になるの。 だからここでテナントを借りている店にとっては、宣伝も予て自分達の商売をするのが主な目的なんだけど・・・」
後ろにいた女性がお店を見るように真面目達に顔を背ける。 その行動を察したのか、先ほどの男性が補足を入れる。
「簡単に言ってしまえば、客足が流れたんだよ。 あのお店にね。 君達はあのお店の料理って食べたかい?」
「いえ、特には。」
「大将が買ってきてくれたお昼にも入ってなかった。」
「そもそも忙しさがあったから、隣とはいえその店には入ってないよね。」
真面目、岬、刃真里の順に答えて、和奏と下も口にはしなかったものの頷いていた。
「別に毒とか中毒性のあるものとかを入れているって訳じゃないんだ。 ただ、あまりにもこちらの経営努力を無に帰すような経営をされたから、戦略もなにもないんだよね。」
だからこそその隣のテナントは選ばなかった傾向にあるのかと真面目は無意識に感じた。
そんなことを話しているとバスが来たようで、バスのヘッドライトが光った。
「君達はあの店の隣でちゃんと収益を出そうとしてる。 俺達は君達を応援してるよ。」
「お店に来るようなら声かけてきてね。」
そう言いながらみんなバスに乗る。 行きよりはぎゅうぎゅう詰めにはならないが、それでも密集しているのは変わらないので、暑さは出てくる。
そしてバスから降りてそのままの流れで解散した。
「隣の店に勝つことは考えてはなかったけど・・・あの態度に対しては一矢報いたい気もする。」
初めて会っただけで店の事を侮辱に近い事をしたのだから、せめて見返す程には集客はもう少し頑張ってもいいのではないかと、夜の街を街灯を頼りにしながら真面目は家に帰るのだった。
1日目が終了
思ってた以上にこの話、長くなりそうです。




