海の家「曙」 朝準備
時刻は午前7時。 日も完全に見える程に昇りきって、これから暑さが本格化しそうな時に、真面目は最寄りの駅に来ているのだが、ここで昨日の送迎バスを待っていた。
真面目の他にも数名の若者が同じ様に送迎バスを待っているようで、既に送迎バスに全員が乗れるのか怪しく感じてきていた。
そんな風に思っていると岬達も遅れてやってきたようだ。 真面目は列に並んでしまっているのでそのメンバーに合流するのは叶わないようだ。
そして送迎バスが到着する。 昨日来た送迎バスよりも大きくはなっているものの、座ることは出来ないのかも知れないと悟る真面目であり、その思いは現実となり、そのままおしくらまんじゅうになり、目的地までぎゅうぎゅう詰めになったのだった。
ようやく解放されたと思えば、外はもう耐えられなくなりそうな位の熱気が真面目を含めた乗客達に襲い来るのだ。
「バスの中も暑かったけど、ここに来てさらに暑くなってる気がする・・・ 砂浜からの反射光のせいかな?」
暑さに照りつけられながらも海の家「曙」へいく足は止めない。 そうしているうちにみんなと合流し、お店へとやってくる。 すると既に準備に取りかかっている大将と女将さんの姿があった。
「おう、おはようさん。 今日から何日間か、よろしく頼むぜ。」
「おはようございます。 僕達に出来ることはありますか?」
「その前に着替えてきておくれ。 朝御飯は食べてきたかい? 軽いものでも用意するから。」
女将さんの誘導で真面目達は休憩室へと向かう。 そして机の上に配布されているシャツを自分達のサイズに合わせて着替え直す。
「普通ならここで男子は出ていくんだけどね・・・」
「見られて恥ずかしいとかって、なんかあんまり感じないかもね。 身内だからかな?」
真面目と下は端っこに移動しつつも同じ部屋で着替えていることに、変わった世の中への感想を述べていた。
そして全員が着替え終わるのを確認した。
「短パンが短すぎる気がするけれど、これはこれで涼しいからいいや。」
「女子の方はシンプルだね。 でもそっちの方がお客さんとしては印象はいいんだろうね。」
見た目が男子であるため、これ以上に工夫する場所がないと言うのも事実ではあるものの、清潔感はしっかりとしている。
「・・・やっぱり一ノ瀬君が一番インパクトになると思う。」
「際立ち、ますね。」
「プロポーションの暴力って初めて見たかも。」
一方で真面目と下はシャツを着た上で裾をへそが見える程度にまで上げて結び目を作って、動きやすさを重視したスタイルにしたのだが、下はMサイズなのはともかく、真面目はLサイズでも胸が強調されているせいで、際どさが出てきてしまっていた。 胸にロゴマークが無いのは怪我の功名かもしれない。
「・・・まあ悪い印象は持たれないでしょ。」
「変な人には目をつけられるかもしれないけどね。 あ、みんな日焼け止めは塗った? ぼくのを貸してあげるよ。」
真面目達の懸念もありつつ、休憩室の扉が開かれる。 女将さんの持ってきたお皿にパンと目玉焼きが乗っていた。
「着替え終わったかい? 食べ終わったら外の看板を出しておくれ。」
そうして女将さんは出ていく。 真面目達は作ってもらった朝御飯を食べて、お店の開店準備を本格的に始める。 時刻としてはまだ海辺にいる人はまばらで、たまにジョギングや犬の散歩をしている人がちらほら見えるばかりだ。 活気は今は見えない。
そんな時になにやら他の店舗の中を見ている人物が真面目の目に止まる。 まだ開店準備をしている店が多いにも関わらず、じろじろと見ているのが気になった。
よく見てみればかなりでっぷりとした体格で、服装もどこかの海外旅行にでも行ってきたかのような風貌をしていた。
そんな人物が隣の店までやってきた辺りで真面目と目が合う。 気にはなったが厄介絡みされるのも真面目としても迷惑なので、お店周りの装飾がずれていないかの確認を行う。
そしてその人物が海の家「曙」の前にやってきた。 中をじろじろと見るのは同じ様ではあるものの、品定めしているようで気分は良くなかった。
「ふん。 古臭そうな店構えだ。 まあテナントを借りてまで出す店ともなればその手合いが限界か。 今年も家の店が繁盛するのは目に見えたな。」
向こうはこちらが聞こえているように言ったのか、それとも言葉がそのまま出たのか分からないが、お店の事をとやかく言われる筋合いはないと真面目は心の中で思ってしまった。
「しかし・・・そこの君、少しいいかね?」
あえて気にしないようにしていた真面目であったが、この場で声をかけてきたということはおそらく自分に向けてだろうと思い、本当は嫌だったが後ろを振り返り、言葉を紡いだ。
「なんでしょうか? 今はまだお店の準備中でして・・・」
「君、今からでもうちの店で働く気は無いかね?」
こちらの都合など関係無いと言わんばかりに話を進めてきつつ、その人物が指差す方を見る。
その指の先にあった店はこのテナントと大きさは2倍ほどしか変わらないが、「曙」よりも何倍もきらびやかに装飾を施されていた。 屋根も簡易的な波状板ではなく、反射板付のしっかりとした屋根が見えていた。
向こうもお店の準備はしているのだろうが、外にいる人物はいない。 中で仕込みでもしているのかと考えつつ、真面目は目の前の人物に声をかけた理由を聞いてみることにした。
「自分はここでアルバイトをするものなのですが、初めてあったのにお誘いをした根拠を伺ってもよろしいでしょうか?」
女性寄りの中性的な声のため向こうにも違和感は感じないのだろうが、何はともあれ一目見ただけでスカウトするとなると、あまりいい印象は持っていないのは、真面目の偏見もあっての事だった。
「君ならこのような店よりも自分を活かせられると思っているのだよ。 給料も出すぞ。 どうかな?」
悪い話ではないと言いたげなその人物であったが、知らない店の店員になる気はなかった真面目は、丁重にお断りすることにした。 もとより数日しかいないのに、長期的にされるわけにもいかなかったからだ。
「お誘いしてくれたことには感謝致しますが、自分は好きでこの店のアルバイトをしています。 ご期待には添えません。 しかしお店の妨害をする予定は御座いませんので、そちらもこちらへの干渉は最小限にしてもらえると、お互いのためになると思います。 それでは。」
そう言って真面目はお店の中に入っていった。 スカウトしてきた人物は鼻を鳴らしたものの、聞かないのなら意味がないと思ったのか、さっさと退場していった。
「流石は一ノ瀬君。 キッパリと言ってくれるって思ってた。」
様子を見ていたのか、岬が真面目に駆け寄ってそう話しかけてきた。
「あの店はいい印象が見えない。 お店が始まったら遠くからでも視察した方がいいと思う。」
「あんまりお店の事を悪く言っちゃ駄目でしょ。 まあ明らかに人柄を見ているようには見えなかったけどね。」
その辺りは最近の真面目への目線で大体分かっていた。 真面目もお人好しまでとはいかなくても、露骨さが見え見えの相手の元で働く気は毛頭ない。
2人で店の前で話していると、奥から刃真里が顔を出した。
「一ノ瀬君、浅倉さん。 そろそろ海水浴に来る人が現れる時間だって。」
「それで朝遅くてもほとんど支障が無いわけなんだ。」
「あの偉そうな人に見返してやろう。 古臭い店でもやれるって所を。」
「話聞いてたんだね・・・確かにちょっとお店の評判については無視出来なかったから、やれるだけの事はやってみますか。」
意気込みを新たにして、真面目達は海の家「曙」の営業を開始する事にしたのだった。




