それだけのために
江城 鳴子
彼女は進の実家の近くに住んでいる、真面目とは同い年の女子(今は男子)だ。
あの場所から出ることは滅多に無く、小さい頃の遠足や両親と共に出掛ける以外では普通に田舎暮らしをしている。
最寄りの学校は小中高校一貫性なので、周りは顔馴染みばかりで、彼女の周りの生徒も小さい頃からの付き合いだけだ。
特に男子に至っては鳴子が思っている以上に馬鹿ばかりらしく、田舎者丸出しなのだとか。 女子の方は家が農家という者が多いこともあってか、逆に逞しいのだとか。
時は遡り、鳴子の幼き頃に突如として現れた、同じく幼かった真面目。 その時の真面目は見知らぬ土地に両親と来たものだから、半分混乱しておりそれを紛らわせようと橋の下から川を見ていた。
『そこの橋、隙間が広いから子供が覗くのは危ないって言われてるの。』
そう声をかけたのが鳴子と真面目のはじめましての出会いだった。
そこからは新しい顔触れが来るのかと思ったら違ったこと。 真面目の両親とも話して、この場所は今いる場所からは遠いので、来るのは周忌やお盆休み程度であることを伝えられ、その通りになって初めて会った橋でよく互いの事を話し合っていた。
田舎暮らしと都会暮らしの違い。 鳴子の家の農家の様子。 互いの学校の事。 年に一度会えるか会えないかの中で話す会話は鳴子にとって眩しかったし、一緒に遊んだりする男子よりも真面目は並々ならぬ賢さに心を惹かれていった。
だからこそ今年も楽しみに、そして同い年となれば真面目がどんな風に変わっているのか楽しみにして、大体似たような時期に来るのも知っていたのでいつもの橋の場所で待っていたらしいのだが
「どうしたのかなって思って真面目のお父さんの家に行ったら「既に出ていった」って言われたから、どの辺りに住んでるか七草さんに聞いて、父ちゃんと母ちゃんにお金出してもらってここまで来たんだ。 わっちとの約束だったのに、それを破るってどう言うことなんだ。」
行き着いた食事処「曙」のカウンターにて、鳴子と真面目の関係性を女将さんに話していた鳴子。 それを聞いた女将さんは鳴海の頭を撫でて宥めていた。
「そうかいそうかい。 よく頑張ったじゃないか。 確かに酷い話だよ。 一年に一回しか会えないなんて、織姫と彦星のような話なのに聞いてあげないなんてさ。」
隣であえて聞かないようにしていた真面目に目を向ける女将さん。 流石に言い訳をしなければと思った真面目は顔を上げた。
「その前の日が忙しかったのと、その疲れが取れてなかったから寝ちゃってただけだよ。 忘れてた訳じゃないって。」
「それでも行くのが男ってもんだろ。 俺だって女房と結婚する前に、約束がある前日に店の料理の仕込みを手伝わされて徹夜になったが、身体に活入れて行ったもんさ。 若いんだからそれぐらい出来ねぇとな。」
真面目の言い訳に大将が追撃をかけたので、味方のいなくなった真面目は話題を変えることにした。
「そうだ女将さん。 あれからパンの方はどうですか?」
「お店に出せるようなもんじゃないけど、なんとか完成しつつあるよ。 うちで使うんだから不格好でも構いやしないでしょ。」
「最初の方は俺達が食ってたんだが、形が整ってきたらある程度は保存が聞くようになってな。 今じゃ俺達の朝食代わりになってたりするぜ。」
「その調子で当日までよろしくお願いします。 それが出来れば別の戦略も立てられますし。」
「なぁ、パンで何をしようってんだ? ただ出すだけじゃ売れないぜ?」
「そのパンでお持ち帰り用を作るんです。 しかもただパンを売るのじゃなくって、焼きそばパンとかにして売ればいいんです。」
「なるほどな。 それならパンに合うような味付けの焼きそばを作らねぇとな。」
「あとはデザートとしてソフトクリームを入れたりすれば、売り幅を伸ばせると思って。」
「その辺りはそっちに任せるよ。 私達は私達でやれることをやるだけさ。」
そうして食事を終えて、真面目は鳴子に声をかけた。
「ねぇ鳴子さん。 僕がこの街を案内するよ。」
その一言で鳴子は目を輝かせる。
「いいのか!?」
「せっかく時間をかけてきてくれたのに追い返すようにするのは流石におかしいからさ。 ちょっと待って、とりあえず父さんには連絡入れるから。」
そう言ってスマホを取り出して進に送信をする真面目。 本来なら鳴子の両親に直接連絡を入れるのが筋なのだが、あいにく連絡先を知らないので、進から七草さんに連絡を入れて、そこから連絡をしてもらおうと思ったのだ。
「それじゃあ行こうか。 それではまた来週お伺い致します。 これ、お会計です。」
「おう。 来週からはよろしくな。」
そうして「曙」を出た2人は色々と見るなら商店街だろうと思ったので2人はやってくる。 真面目にとってはかなり危険な賭けてはあったものの、折角来てくれた鳴子になにも見せないで帰らせるのも、違う気がしたし、お墓参りの時に会わなかったのは真面目の落ち度なのでせめてもの償いをしようと思ったのだ。
鳴子も見るものが全て新鮮に感じるようで、あっちもこっちもと真面目を振り回していた。 とはいえこうなるのも仕方の無いことで、片道3時間近くを電車で乗り継ぎ、ようやくたどり着いた、都会と言えるほどではないにしろそれなりに栄えている場所ならば、目移りしっぱなしなのは当たり前である。
そんなこんなで真面目は周りを警戒しつつ鳴子と商店街を見て回った。 都会では流行りになっている飲み物をあげたり、石のアクセサリー店で鳴子が目を輝かせたりと、とにかく色々と見て回り、夕暮れ時になる前に真面目の家へと案内した。
「本当にいいのか? 泊めて貰うなんてことしてさ。」
「さっき父さんから連絡があったんだけど、折角そっちに行ったのなら泊めさせてあげてって言われたんだって。 だから帰りは明日の電車でも問題ないってさ。 夏休みだしそれくらいはいいでしょ。」
そうして家に上がらせてもらった鳴子は少しだけ落ち着きがなかった。
「あ、テレビでも見てる? この時間帯なにやってたかな?」
「おお、なんだかさっきまでとは違う感じだ。」
「ははは。 そう言えばそっちの学校はこの現象はどんな影響を与えたの? 都会とは違う気がしたからさ。」
「んー、まあ男女が入れ替わったってこと自体はみんな受け入れるのが早かったかなぁ? ただ女子になって、男子になって想像と違うってみんなは言ってた。」
「想像と違うって?」
「男子になったら筋肉があってムキムキになってるとか、女子で大きい胸になりたいとか言ってたけど、みんな思ってた姿にならなくてガッカリしてた。」
「ある意味それで済んでよかったんだじゃない? 普通なら小規模なパンデモニック状態なんだけど。」
「そう言うもんか?」
そんな感じで、今の姿でどう過ごしていたのかをお互いに話し合っているところに進が先に帰ってきて、その後に壱与が帰ってくる。 壱与はわざわざ来てくれたこと、その理由は真面目が会いに来てくれなかったことだと知らされるとすぐに真面目の頭を下げさせた。 理不尽に下げられたのだが、落ち度はあったのでなさられるがままにされていた。
その後鳴子が折角来てくれたと言うことで外食(選んだのはステーキハウス)をさせてもらい、一ノ瀬家に泊めてもらうことになり、流石に真面目と同じ部屋で寝るわけには行かなかったので壱与の部屋で寝て、翌日に鳴子を駅まで送っていった。
「それじゃあまた。 次の年は忘れないから。」
「絶対だからな。 遊びに来る時も絶対に言うんだぞ。」
そう言って駅に向かって行った鳴子の背中を見ていたら、不意に鳴子が戻ってきた。
「ん? なにかまだあった?」
「最後にちょっとな。」
そう言って真面目の耳元に口を近付けて、
「わっち、真面目君の事が好きなの。 前の姿でも、今の姿でも、な。」
その一言を置いて、鳴子は今度こそ駅に向かっていき、真面目は嘘か真か分からずに、少しの間動けずにいたのだった。




