旅行先での最初の苦悩
駅から降りればそこはまるで別世界のように真面目達は感じていた。 高層オフィスの空を覆うような雰囲気。 都会の独特な空気の味。 真面目達の街では感じられない人ごみ。 なかなかこう言った場所にでない真面目達にとっては全てが新鮮に感じた。
「さあ、ここから先に私達の行く旅館のバスがあるからね。 少し歩くけど構わないよね。」
「旅館行きのバス! なんかすげぇテンション上がってきた!」
「バスだけで?」
隆起の謎のテンションの上がり具合に真面目は混乱したものの、有名な旅館だと聞けば、それは楽しみにもなることだろう。
バスに乗り込んで(真面目達の他にも何組か同じような人達がいた)旅館前までのバスを降りて、真面目達御一行が泊まる場所を見る。
「うわぁ・・・!」
「本当に、立派な、場所です・・・!」
「ここが俺達が宿泊する場所かぁ! でっけぇのは勿論だけど、高級感丸出しじゃん! なんか夢見てるみたいだぜ!」
叶と和奏が目を輝かせるのも無理もないし、隆起の言葉も良い得て妙だった。
宿泊施設は都会からは少し離れているものの、その圧倒的存在感は引けを取っていない。 エントランスに入る前からきらびやかで、まだ日が沈んでいないにも関わらず、中はシャンデリアなどで装飾されており、よほどの事ではない限りは訪れない場所であることは間違いは無さそうである。
「それじゃあチェックインまで済ませようか。 部屋や食事などもセットになっているからね。 人数は既に言ってあるから用意はされているよ。」
「うおぉ・・・至れり尽くせりとはまさにこの事・・・」
隆起は本日何度目かの感動を味わいながら、旅館のチェックインを行っていた。
「それじゃあ夕飯までもう少しあるみたいだから荷物を置いてこようか。 はい、愛生さん。」
「ありがとう。」
「これは君達の部屋の鍵だよ。 無くさないようにね。」
「ありがとうございます。」
「僕達は有流さんと」
「同じ部屋だよ。 さ、ここからエレベーターを使って部屋に行こうか。」
そうして訪れた部屋は、そこそこ簡素ではあるものの、フカフカのベッドが3つにテレビもあると、ビジネスホテルを思わせるかのような部屋になっていた。
「おおー! ここからの眺めも綺麗なもんだぜ! 持つべきものは異性の友人だな!」
「流石にはしゃぎすぎでしょ隆起君。 そんなことじゃ明日まで持たないよ?」
「お、それもそうだな。」
「喜んでくれて何よりだよ。」
「今回はお呼びしていただいて本当にありがとうございました。 本当は家族水入らずで旅行をする予定だったと思うのですが。」
「ははは。 君は丁寧だね。 でもこれだけ綺麗な場所を家族だけで行くのは、ちょっともったいない気がしてたんだよ。」
有流がそう話すのも無理はない。 確かに1泊2日の宿泊にしてはかなり破格に近いだろう。 それを考えれば人を呼ぶだけお得ということもあるだろう。
「有流さん。 お食事の時間だそうですよ。」
外からノックされて愛生の声がする。 そこまで時間は経ってないように感じるが、時間だというのならそうなのだろう。 有流や真面目、隆起の3人は外に出て、他の人達と合流するのだった。
「流石に最近人気なだけあって人が多いねぇ。」
食事会場につくと今までに泊まっていたであろう人達で込み合っていた。 とはいえ席は既に用意されていたので、その場所に行くのみであった。
「いらっしゃいませ。 ご予約なされていた「近野様」でよろしかったでしょうか?」
「ええ。 間違いありません。」
「かしこまりました。 それではお料理を順番にお持ちいたしますので、少々お待ちください。」
そういってウェイターが厨房付近へと戻っていった。
「どんな料理が出てくるんだろうね?」
「一応資料もあるみたいだよ。 確か・・・料理自体は和洋折衷で来るんだって。 前菜は鮭と鯛のカルパッチョだってさ。」
「また随分お洒落そうな料理だな。」
「特にテーブルマナーとかは無いから、ゆっくり味わいましょう。」
愛生にそう言われてみんなは料理を楽しむことに専念することにしたのだった。
「いやぁ。 どの料理も美味しかったぁ。」
最後のデザートであるシャーベットまで楽しんだ真面目達は、とても満足した様子で食事会場を後にする。 会場に集まっていた人達もいつの間にか掃けており、辺りは静まり返っていた。
「それじゃああとはまた部屋でゆっくりと、だね。」
そうしてみんながバラバラになり、少しだけ部屋でゆっくりとしていると、同じ部屋の有流が部屋に備え付けてある浴衣とタオルを持って立ち上がった。
「私は温泉に行くが、君達も温泉に行くだろう?」
「はい。」
「鍵は君達のどちらかが持っていると良い。 私はサウナや長風呂が好きなのでね。」
「分かりました。」
そうして真面目と隆起も同じ様に浴衣とタオルを持って部屋を出て、ふといきなり隆起が足を止めた。
「どうしたの隆起君? 行かないの?」
「なぁ真面目。 俺達、これから温泉に行くんだよな?」
「そうだよ? さっき言ったじゃん。」
「だったらよ。 俺達どっちで入るんだ?」
「え? それは・・・それ・・・は・・・」
真面目もその後はすぐに答えが出なかった。 隆起が珍しく真剣に悩んでいたが、隆起に言われて真面目もその事について深く考えた。
見た目は確かに女子ではある。 だが中身もとい精神的には思春期真っ盛りの男子である。 自分の身体を見ることに抵抗は無くなっては来ているものの、不特定多数の女子、女性の身体を見ることに関してはまだ抵抗と言うか、それをしてしまえば恐らくなにかが失われてしまうだろう。 2人にとってかなり悩ましい問題に直面をしていた。
「ど、どうする? 流石に風呂に入らないは無しだとして・・・誰もいない時間帯に入りに来るか?」
「そんな時間が分かれば苦労はないと思うんだけど・・・ それに僕は温泉には入りたいし・・・」
そんな風に真面目と隆起が悩んでいると、別方向から同じ様に悩んだ姿を見せる軍団が見えた。 しかも見覚えのある面子だ。
「あ、一ノ瀬君。」
「朝倉さん達ももしかして・・・?」
「このまま男性用の温泉に入るべきか悩んでまして・・・」
真面目達が悩んでいるのなら、同年代である岬達も同じ悩みになるのは当然だった。
「とりあえず受付があれば聞いてみよう。 それからどうしようか考えても良いんじゃない?」
「そう、だな。 そうしようぜ。」
そうして温泉の場所までみんなで行き、真面目が考えたと降り受付があった。 代表で真面目が話しかける。
「あのーすみません。 僕達高校生なんですけど・・・温泉って、入れますか?」
「それなら問題ありませんよ。 自分達の性別の暖簾に入っていただいて、更に奧に小さい暖簾がありますので、そちらから温泉をご利用下さい。」
そう言われたので、なんだか拍子抜けを食らった真面目達は、顔を見合わせて、そのままの流れで温泉に入ることとなった。
「あ、それじゃあ、また後で?」
「なんで疑問系? お風呂上がりにね。」
そうして旅館に来て初めての温泉へと向かうのだった。




