旅のお供はなにがいる?
7月も終わり、いよいよ夏真っ盛りの8月にはいったそんな日、真面目は駅で待ちぼうけをしていた。 その手にはそこそこ大きなトランクがあった。 真面目の格好も、普段よりもちょっとお洒落めな格好をしているものの、時刻を見れば午後の2時。 約束時間にしては遅すぎる。 その理由は後々分かることである。
駅の前を通るのは休みとはほとんど無縁の世界にいる、クールビズ姿のサラリーマンや、これから同じ様に旅行に行くであろう男子グループ。 喋り方は完全に女子であるため、おそらく大学生だろうと真面目は思っていた。
更に別の方角をみると、何かしらのツアーで集まっている老人がいっはいいた。
「夏なんだろうねぇ。」
ぼんやりと眺めていた真面目の前に1人の人物が現れる。
「あ、一ノ瀬、さん。 お早い、ですね。」
現れたのは和奏だった。 黄色のポロシャツにショーパンを穿いて、これから散歩しますよと言ったような雰囲気を醸し出していた。
「こんにちは南須原さん。 そんなに早いかな?」
「まだ、集まる、時間まで、30分は、ありますよ?」
「そう言うことなら南須原さんだって同じでしょ。」
「それもそうですね。」
和奏も人の事を言えないと笑っていると、残りのメンバーも続々やってくる。
「おーい、真面目~。」
「この声は隆起君か。」
「あ、叶ちゃんと、岬ちゃんもいる。 向こうで、合流した、みたいですね。」
そうして何だかんだで想定の時間よりも早く集まったみんなと挨拶を交わす。
「人がいっぱいで、集合場所が分からなくなるところだった。」
「そんなに迷うような場所でも無いような気がするけれど?」
「いやいや真面目。 これだけの人混みだぜ? もみくちゃにされてもおかしくないだろ?」
おかしいかなと真面目は思ったが、ここまでの遠出とかは想定していないので、迷いやすくはあるかもしれないと思った。
「叶ちゃんも、大丈夫、でしたか?」
「うん。 2人がいてくれたから、大丈夫だったよ。」
和奏は叶の心配をしていたものの、そこは一緒にいた隆起達によってなんとかなったようだ。
「まぁこの二人の近くにいたらねぇ・・・」
そう言って真面目は岬と隆起の格好を見る。 隆起はタンクトップにスカート、下にはスパッツを穿いており、グラサンまでしている。 完全にやんちゃを通り越した女子になっており、逆に岬は着込んではいないものの肌の露出は控えめだ。 暑いのでは?と思うくらいに黒で染められている。
対称的な二人の格好に真面目はため息をつく。 人のコーデをあれこれ言うつもりはないにしても、目立つことには変わりなかった。 いや、夏に当てられたといえばそれまでだろうが。
「あ、みんな集まってる! おーい!」
そしてそんなところに声をかけるのは得流。 その手を振る様はまさに少年が友達とあったかのように見える。 そしてその後ろから数人の男女が一緒になってきている。 どうやら得流の家族だとすぐに分かった。
「君達が得流の友達かい?」
そう言って話しかけてきた男性は、どことなく今の得流にそっくりだった。 性別が逆転している真面目と隆起は一瞬だけ身構えるが、友人の両親であることを考えれば、そんな警戒は不要だった。
「お久しぶりです。 得流のお父さん。」
「ん? 君は・・・」
「叶です。 豊富 叶。」
「おお。 叶ちゃんか。 いやぁ済まないね、誰だかさっぱりだったよ。」
「いえ、容姿自体が変わってしまっているので、無理もないです。」
「確かに、最初に娘が男になった時は追い出そうとして・・・おっと、そんな話は関係無いな。 他の人は初めましてだね。 私が得流の父である「近野 有流」だ。 そして妻の愛生だ。」
「近野 愛生です。 2日間よろしくね。」
父の有流と同じような出で立ちではあるものの、どことなく優しそうな雰囲気を醸し出していた。
「最後はあたいだね。 あたいは近野 恵。 得流の姉よ。よろしくね。」
今度は女性であり、得流の姉だと言った。
「姉ってことは・・・」
「得流とはこれでも6つ違いなんだよね。 懐かしいなぁ、あたいも大変だったものよ、この状態の時は。 その時の得流にもあんまり好かれなかったし。」
「いきなり男の子になったのに、いつも通りにはいけないって。」
「その辺りをお話として聞かせて貰えますか?」
「いいけど、あんまり面白くないわよ?」
恵の苦労について真面目は聞きたくなったので、改めて時間が出来たら聞こうと思った。
「さて、みんな集まっているようだし、そろそろホームへと向かおうか。」
そうして駅の改札口から新幹線の登場口へと入っていく。 当然ならばこの新幹線へ乗るのも込みでチケットに入っている。
「なんか至れり尽くせりな感じがすごいよな。」
隆起はそう言うものの、ワクワクの方が勝っているのは目に見えていた。
「なにか買って行くかい? 新幹線での移動はなかなかに長いからね。」
「いいんですか? 一応自分用には持ってきてはいますが。」
「ご好意は貰っておこう一ノ瀬君。 時間はたっぷりあるし。」
「朝倉さんはもう少し遠慮したら?」
「まあまあいいじゃん。 それに新幹線の中でもやれることはいっぱいあるからね。 楽しんでいこうよ。」
得流も他のみんなも何だかんだで自分の欲しい物を手に取ってから、ホームの並ぶための列へと入る。
「ところでみんななに買ったの?」
「チョコレートは必須だろ?」
「コーヒーは必要。」
「ポテチ買っておいたよ。」
みんなが思い思いに旅のお供を買っていた。 ちなみに叶はクッキー、和奏は紅茶を買い、真面目も煎餅を買っていた。
「みんな全然違うものを買うわね。 見ていて飽きないね。」
「さあ新幹線がやってきたよ。」
そうして新幹線の中に入り、2人がけの席を2つ使って近野一家が座り、反対の3人がけ2つで他の全員が乗った。 予約席ではないものの、席を十分に確保できたので、新幹線に乗りながらその場所の到着まで待つこととなった。
「ここから3時間かぁ。 お昼過ぎてるからちょっとお腹空いてきたかも。」
「さっき買ってきた旅のお供をおやつにすれば良いじゃん。」
「音がうるさかったらごめんね?」
「一ノ瀬、それに木山も、持ってきたんでしょ? ビーハン。」
「おうよ! これも醍醐味ってな! 真面目はどうする? 先に食ってるか?」
「2人でやっていていいよ。 僕はこれがあるから。」
そう言って真面目は一冊の本を取り出す。 それは前に図書館で見かけた、というよりも既に図書館から借りている「恋愛はどこまで越えることが出来るか」である。
「どうしたんですか? その本は。」
「地元の図書館から借りてきた。 読書感想文の為にね。 というかちょっと思ったんだけど、2人とも課題は大丈夫?」
「な、なんでそんなことを聞くんだよ真面目。」
「2人が一番進んでなさそうだからでしょ。 それ以外に一ノ瀬君は聞かないから。」
「い、いや、大丈夫だよ! 夏休みはまだあるし。」
「そう言ってると足元すくわれるよ。 とにかく僕はこの本を読んだりしてるから、ビーハンは向こうの旅館についてからにするよ。」
そうして真面目は本を読み、隆起と得流はビーハンをやり、残りの三人は談笑やトランプ、時には近野一家を交えて心理テストを行いながら、新幹線での旅を楽しんでいた。
「そろそろ到着だ。 忘れ物はないね。」
そんな新幹線の長旅も終わりを迎え、各々が降りる準備をしていた。
『本日のご利用誠にありがとうございました。 お足元にご注意の上、黄色い線の内側をお通りください。』
そして新幹線はゆっくりと止まり、真面目達は新幹線を降りる。 するとホームの空いた天窓から覗いた光景は、真面目の家の近くでは絶対にあり得ないほどの高層ビルが立ち並んでいるのだった。




