地域大会
「さぁ着いたぞ! ここが地域大会が行われるスポーツセンターだ!」
駿河の大声と共に見えるのはスポーツセンターの入り口の垂れ幕に「地域水泳大会」の文字が掲げられていた。 そんな様子を見て、真面目は目黒に質問を投げた。
「地域水泳大会って、具体的にどう言った所に影響があるんです?」
「いや、ここはそこまで影響力は無いよ。」
「え? じゃあなんで全国予選とかではなくこの大会に?」
「簡単に言えば全国大会への前哨戦。 腕試しと度胸試しのためさ。」
いきなり大会の出場などと言われても、緊張で本来のパフォーマンスが発揮できないということで、先に大会の雰囲気を少しでも慣らしておくためのこの地域水泳大会らしい。 駿河部長は水泳の事ばかり考えているのかと思いきや、しっかり考えているところは考えているらしい。 メンタルケアが完璧だと真面目は思った。
スポーツセンターの中に入れば当然ながら他の人も沢山いる。 休憩している人、これから始める人、談笑する人。 それでもとある一角だけはその雰囲気とは違う物を醸し出していた。
真面目達と同じ様な鞄を持ち、最後の調整かのように準備運動をしている生徒の姿である。 州点高校の制服ではない。 他校の生徒だ。
「うむ。 気合いがやはり違うな。 この地域大会が終っても、もう一度ライバルとして戦えるのだから、前哨戦にはぴったりだ。」
駿河は嬉しそうに話している。 ここにいる水泳大会関係の生徒はまだスポーツセンター内のプールが開いていないので、ロッカールームが開くまでの待機時間と言った具合だろう。
「ようやく来たか、駿河よ。」
そんな真面目達、主に駿河に対して声をかけてきた人物がいた。 スポーツカットな黄色の髪で身体から滲み出る筋肉質な腕と肉体。 そんな女子生徒がいたのだった。
「悪いな酒谷。 後輩たちの引率で遅れた。」
「ふん。 引率する立場になるとはな。 だがこの酒谷 熱糸は勝利をお前には渡さん。 この場でも、予選大会でも。」
「君とは決勝の場で高校最後の雌雄を決したいと思っている。 このような場所で負けるようなライバルでは無いだろうからな。 楽しみにしているぞ。」
2人の間でバチバチと火花が散っている。 それが終れば酒谷は更衣室に移動していった。
「部長! 大丈夫です! 俺達は勝利を信じていますから!」
その一部始終を見ていた後輩たちは応援の言葉を駿河にかけた。 一方で真面目と目黒はそんな応援には乗らなかった。
「大会でも戦えるのに、こんなところで全力だして大丈夫なのですかね?」
「あの二人だけの何かがあるんだよ。 口出しはしないのが吉だよ一ノ瀬君。」
真面目もあんな場面を見せられて水を差す気にはなれないので、そのまま更衣室が開くのを待っていた。
そして州点高校の番になり、改めて着替えをするのだが、ラップタオルをしているとは言え、同じ学校の生徒と着替えをするのは、なんだか複雑な気分になると真面目は思った。
心は男でも、身体は女だからだろうか、自分の身体なら見慣れたものだが、やはり他人の女子の裸を見ようとは思えない。
羞恥心か罪悪感か。 とにかく気が気でならなくなってくるのだ。
そんな気持ちになりながらもスク水を着て、シャワーで身体を水に慣らしていく。 シャワーの暖かい水を浴びると同時に、ピッチリと付いてくる水着の感触に、四肢がかなり強調され始めていることを、ほんの少しだけ気になっている真面目であった。
「本日は地域水泳大会へご参加いただき誠にありがとうございます。 最近はスポーツセンターの利用も少なくなってきている中で、このような大会を開くのには、ひとえに皆様のような若い方々の応援がしたいがためにあります。 地域大会ゆえに景品なども豪華ではありませんが、最後まで全力を出して貰いますよう、よろしくお願いいたします。」
このスポーツセンターの管理者のような人からの宣誓を貰い、真面目達選手はプールサイドで、左右にぶつからないように整列をする。
『プールに入る前の準備体操を始めましょう。 まずは身体を前に倒しましょう。』
ラジオ体操が始まりそれに従って体操をする。いきなり身体を動かすのは水泳を行う上でなくても大切なことである。
準備体操をしているだけなのだが、真面目は視線を感じていた。 動く度に胸が動くため、多分それのせいだと思っていても、どうすることも出来ないので、運動を続けるのだった。
そして体操が終ればそのままの流れで水泳大会が始まる。
「そう言えば僕達何の競技に出るか聞いてないですよ?」
「だろうね。 なにせこの水泳大会は出たい競技に出る自己申告制の場所だからね。 自分が得意だと思う競技に出ればいいさ。」
「それって大会って言うんですか?」
「考えてもみてよ。 わざわざ半日分この部分を使うんだから、大きくは出来ないってことだよ。」
だったらここでやる必要がないのでは? そう思ったのも束の間、競泳用のピストルが鳴らされた。 どうやら試合は始まったようだ。
そして真面目はどうしようかと考えていた。 そもそもそんなにも練習に来ていない真面目はどれに出てもこれと言った成績を残すことが出来るとは思えない。
「何に出るか決めたかい?」
「ならせめて平泳ぎに出ようかと思います。」
『それでは続いて平泳ぎを行います。 出場される選手の方はこちらにお並びください。』
真面目はそれに集まり、飛び込み台に立つ。
「ふぅ・・・」
集中をしてピストルが鳴り始め、それに合わせて真面目も飛び込み、平泳ぎを繰り返す。 真面目は必死に泳ぐ。 25mを必死に泳ぎきり、ターンを繰り返して同じく平泳ぎを繰り返して、結果は5位と振るわない結果になった。
「・・・ふぅ。」
「お疲れ様。 まあ、そんなに落ち込まないでよ。 あんなものだよ。 君は練習に集中して無かったんだからさ。 負けるのは仕方ないよ。」
真面目が負けたことを宥めるように言う目黒ではあるものの、その様子は心配をしている様子はなかった。 どちらかと言えば勝っても負けても影響がないことを説明しているようだった。
「まあここに来なよ。 一応うちの部長の試合を見ておきなよ。」
そう言われて真面目の前に駿河と酒谷の番になっていた。 2人は既に大会の予選で当たることは確実なのにも関わらず、気迫は一切衰えを知らない。 ピストルが鳴り、2人は互いに競いあい、そして2分もかからないうちに泳ぎきる。 どちらが勝ったかは分からないが、互いをライバルだと認めるだけあって、友情の握手を交わしていた。
「ああ言ったのは苦手かい?」
「・・・どうでしょうか?」
そして日がまだ高いうちに大会も終わり、その後は少しの間泳ぎの練習をしてからスポーツセンターを出た州点高校一同。 そして真面目も帰路にたどり着くと、ふと駿河の泳ぎを思い出していた。
「本当の実力は、行っている本人の想い次第って、事なんだろうなぁ。」
今の自分は何もかもが中途半端に終っている。 真面目としても、2学期に入れば、本格的に動くことを考えるだろうと思いながら、水泳大会という1日を終えようとしているのだった。




