「お前には人の心はないのか?」と言われたが、いや、だって、どうしようもないじゃんと思った大学生の話
「山田君、クレームが来ているそうだ」
「やっぱり、そうですか。ええ、この事は広まっているようですね。バイト辞めましょうか?」
「いや、君さえ良ければ、期間までやって欲しい。お客様は事情を知っている。笑っていたよ」
「分かりました」
ここは、警備会社、臨時で雇われた大学生が、社長から、お客様から、クレームが来たと指摘を受けている。
少し、説明が必要だ。
お客様とは、建設会社か市役所の建設課、
クレームを言ったのは、工事現場の近隣の住民だと・・・思う。
大学生山田は、ここ一月、特殊な人の相手をしていた。
一月前に遡る。
☆一月前、大学
「山田、助けてくれない?家は〇〇市だろ?じっちゃんの会社が、人がいなくて困っている。俺は居酒屋のバイトもあるし、遠いから無理だ」
「分かった。どんな仕事?」
「警備会社だよ。夜勤の常駐の仕事だ。内容は楽だ・・・」
・・・大学4年生、単位はとってある。あまり大学に行かなくても良い時期だった。
「こんなにもらえるの?週6勤務で、残業あり・・・約2ヶ月なら、頑張れる。分かったやろう」
☆警備会社
ここで4日間の法定研修を受けた。
試験もない。1日外に出て、交通誘導も習った。
そして、実勤務だ。
仕事は、夜間の工事現場の見廻り。
勤務時間は、長めの休憩も含めて、18時~5時で、現場に人が来るまで、6時くらいまで残業して、日に1万4千円くらいになる。お友達価格もあるだろう。
これを工事期間の残り一月半やれば、安い中古車買えるぜ!
田舎だから、早く自分の車が欲しいと山田は思っていた。
場所は市役所の近くだ。工事現場は柵で覆われていて、警備ボックスに入って、座っての勤務になる。
1時間に一回くらい現場内を見回る。
「何かあったら、警備会社に電話すること。当直がいるからね。決して、一人では判断しないこと。泥棒がきたら、特徴を覚えて警察に通報して隠れなさい。私人逮捕をしなくていい。君の安全が第一だ」
「分かりました」
「それと、これが大事だ。ここの現場のルールは絶対に、お金を貸さない。あげないことだ」
「えっ」
「ここは老人向きの楽な現場だが、なり手がいない。前の人はね。親身で優しい人だった。たまらず辞めてしまったよ」
・・・話の内容は、夜間に、このボックスに困った近隣住民の方が、来るらしい。
「前の人はね。500円あげちゃったよ。そしたら、次々に来るようになって、要求金額も大きくなってきた」
「何それ?怖い」
「さすがに、学生の君に、お金を要求するほど、酷くはないと思うが・・・住民だから無下にも出来ない」
「分かりました」
ここは、市役所に近く上品そうな住宅街もある。
そんな人がいるの?
と疑問に思ったが、その日にやって来た。
キキー!
(自転車だ)
夜に、現場近くに自転車を止めてやって来る人がいた。
年は50代くらいか?老人なのか分からない。
いきなり怒鳴られた。
「おい、財布を落した。これが交番に届けた証明書だ!バス賃も無くて困っている。200円ほど貸してくれ!この現場は市役所が発注元だ!困っている市民を見捨てるのか?!」
「それは、大変ですね。交番で貸してくれないのですか?」
「馬鹿か?交番ではお金貸してくれないことになったんだよ!」
「自転車あるじゃないですか?」
「あれは俺のじゃない!」
☆1時間後
断り続けたら、段々と要求金額が多くなってきた。
話も違ってくる。
「だから、財布を落して、今月暮らせないから、〇〇県の友人のところまで行く、2000円貸してくれ!」
「え、〇〇県って言ったら、ここからだと、県を一つまたいでいますね。今からだと、途中で、電車がなくなりますよ。電話をしてお金を送ってもらったら?」
「電話はない・・・」
「じゃあ、私のスマホを貸します。短めにお願いしますよ」
「電話番号わからねえよ」
(何だ、こいつ)
「最近の若者は、冷てえな!」
結局、悪態をついて、帰って行った。
週に2,3名、大体20時から~24時くらいにやって来る。
こんなに、財布を落す人が頻繁にいるのか?と疑問に思っていた心の清い私がいた。
しかし、彼らの正体が分からない。確実に連絡を取り合っている。何かコミュニティがあるのか?
この市にホームレスは駅前にもいなかったな。
彼らの話から、前任者が、酷い目にあっていたと分かった。
「冷たいね。前の人は心優しい素晴らしい人だったよ・・・お金は渡せない規則が出来たからと、ほら、そこのコンビニに行って、菓子パンとか、ラーメンとか、タバコまで買ってきて渡してくれたよ。あんたには、応用力はないね。人の心がないのかね」
(ヒデェ)
中には脅す人もいた。
「刑務所に入ったら、飯が食えるんだ!」
と意味深に言う。
手で飯を食う仕草をして、お腹減っているんだろうな。
「はあ」
と、一応、会社に電話をするかとスマホを取ったら、
「警察にタレコむのかよ。意気地ねえな!」
と逃げて行った。
「いや、お前が言ったのだろう?」
中には、人権を語る奴もいた。
「お前、俺らのことを犬猫と同じだと思っているだろう?俺たちにも生きる権利があるんだ!生存権があるんだ!」
・・・誰に対して言っているのだろう
「まだ、この市には、仕事を選ばなければ、ありますよ。この警備会社も、人が足りないと社長が言っていました。紹介しましょうか?」
「はあ、そんな仕事出来るか!」
(何だ、こいつ、親身な良い社長なのに)
中には、正直に言う人もいた。
「実は・・パチンコですってしまって、お金がない。もう、3日食べていない」
「はあ、そうですか」
・・・・
「他人事だと思って、お前には人の心がないのか!前の人はピザを取ってくれたぞ!」
(と言われてもな)
しかし、ある日、彼らの正体が分かった。
「君は、あの現場の警備員さんだね。有名人だよ。〇日、朝4時くらいに、市役所を覗いてごらん」
心配して、市役所近くの消防団の当直さんが来てくれた。
「ええっと」
「君が酷い奴だと、消防団に文句を言いに来ているよ。まあ、分かっているから大丈夫だよ」
彼らは、近隣のコンビニや消防団に、私の悪口を言い回っているらしい。
当直さんの話だと、彼らは、
「『せいほ』だよ。同じアパートだね。それ専用の家賃に設定したアパートがこの近くにある」
「せいほ?」
「生活保護だよ」
・・・当直さんの話を要約すると、
彼らの中にヒエラルヒーがあって、警備員を一番下と見ている。
「何故ですか?」
「彼らは、まあ、元職人モドキが多い。現場では警備員は一番下とみられる風潮があるから、その名残かもしれないね。安全第一が分かっている職人さんはそんなことないよ。逆に厳しく警備員に指導するね」
「消防団には、その・・物乞いじゃなくて、お金を貸してくれとか来ないんですか?」
「無いね。君の悪口を言いに来るぐらいだね」
なんだそりゃ、屈強な消防団員にはお金頂戴とは言えないってか?
・・・まるで、カーストの下の者が、更に下の者を虐げるどっかの国か?いや、ここはに日本だよな?
☆
〇日になったので、朝4時に市役所を覗いてみた。
「人がいる。パラパラと並んでいる。何故?」
生活保護の制度の事は分からないが、月に一回は、出頭するらしい。
バンに載せられて集団で来る奴らもいる。
貧困ビジネス・・・だろうな。
一人、納得して、私は仕事に戻った。
仕事が終わってから市役所を見てみたら、100人~200人くらい並んでいた。
「人口比率からして多いのか少ないのか分らないな」
☆
契約期間満了間際、工事が終わるぐらいになると、彼らは来なくなった。
「ギャハハハハハ、多分、彼らだね。君がお金を渡さないから・・・このサイトを見てみなよ」
「えっ」
当直さんが教えてくれた地元のニュースを扱うサイトを見たら、
とある集団が、炊き出しをしている公園に行ったところ。ボランティアの人に自転車で来たことを指摘されて、ホームレス対象だったので拒否?警察沙汰?容疑者らは、〇市〇〇在住の・・あ、この近くだ。
「〇〇公園って言ったら、ここから、数十キロあるじゃないですか?彼ら・・・働けるのでは・・」
「まあ、それを俺に言ってもな。アハハハハ」
なるほど、警備の前任者が、お金とか食べ物をあげたから、恩恵が、権利に定着しちゃって、無料で食べ物をもらえることに味を占めたのだな。
生活のリズムが崩れたのか。前任者も罪なことをしたな。
彼らが貧困ビジネスで搾取されているか分からない。
私個人も、いつ、生活保護のお世話になるかもしれない。支給要件がぬるいのは賛成だ。
しかし、生活保護を受けるのは恥と言う風潮があってこそ支給要件のぬるさは成り立つのではないだろうか?
☆その後、中古車屋さん。
「お見積もりです」
「車体価格20万の車で、諸費用込みで40万か・・・7万キロ、買います!」
あ、彼らにお金を渡していたら、買えなかったなと思う自分がいた。