19.アーサーの帰国
北部の亀裂の浄化が成功してから、パドラス国の国王陛下は大層ごきげんで、我が国には感謝の品々が届けられた。
結局、聖女との結婚を要求していたのは、今後も起こるかもしれない亀裂に対する対策を考えてのことだったらしい。
それらの問題に関して、両国の間に魔道士派遣に関する新たな条約が結ばれた。
ナジェは自分が北部へと向かっている間に、アーサー殿下が理由をつけて私へ求婚するのも想定済みだったようだ。
その上で、全てを円満に回避できるよう、パドラス国の国王陛下へ入念な根回しを行っていた。
あの出発前の膨大な仕事の中には、この件に関する手続きや準備が含まれていたのだろう。
帰ってからずっと忙しかったのも、その問題を解決するために奔走していたのだとか。
またしても、ナジェは先回りして私を守ってくれていたのだ。
彼の思慮深さに思わず舌を巻く。もう彼のいない人生なんて考えられないと思ってしまうほどに……!
エメラルド塔からの絶対的な支援を惜しまない約束を取り付けたパドラス国の国王陛下は、ほくほく顔でサランド国の要望を聞き入れた。
さらには、物資を運ぶ道の通行料についても便宜を図ってくれたようで、我が国の国王陛下と王太子殿下も、パドラス国の君主同様ほくほく顔だった。
陛下も殿下も、これでますますナジェに頭が上がらなくなりそうね。
彼らの様子を想像するだけで、なんだか可笑しくなった。
そういった訳で、パドラス国はわざわざ聖女を妃に迎え入れる必要もなくなったのだ。
となれば、パドラス国の国王陛下も、強い力を持った自国の貴族令嬢とアーサー殿下の縁組みをできる。
そんなご機嫌なパドラス国の国王陛下から、アーサー殿下は帰国の命が下され、私への求婚もきれいさっぱり白紙となった。
明日にはもうお見送りの日となる。
これでやっと平穏な日々が戻って来そう……!
そう思いながら、私は穏やかな気持ちで廊下を歩く。
すると、向こう側からアーサー殿下が歩いてくるのが見えた。
私の姿を確認すると、彼はいつもの自信に満ちた上品な表情でこちらへやってくる。
「せっかく富と権力を手に入れるチャンスだったのに惜しかったな」
「全然、大丈夫です」
「そうだな、聖力もなくて、年上のガキっぽい女がパドラス国の王妃になどなれる訳がないからな」
そう揶揄うように言って、不敵な笑みを私に向けてくる。
っく……。本当に最後まで嫌味っぽいわね。
聖力以外は関係ないじゃない!……そんなに。
「ええ、ええ、仮聖女で何の取り柄もない私は、隣国の素敵な王子様になど釣り合うはずもありません」
私はほんの少しムキになって、笑顔で言い返す。
「ああ、俺には立場というものがある、」
アーサー殿下はそこで一瞬言葉を止めてから、私をじっと見つめて言った。
「結婚さえ……どんなに好きでも思い通りになることはないだろうな」
その瞳がすごく切なくて、私は言葉に詰まり思わず目を逸らしてしまった。
「でもまたあいつに泣かされたら教えろよ」
「えっ?」
「その時は、遠慮などしないからな」
そう言って、いつもの揶揄うような笑みを浮かべて、アーサー殿下はカツカツと歩いて行った。
私は感慨深く、でも少しすっきりしたような不思議な気持ちでなんとなく庭園に向かって歩き出した。
噴水前のいつものベンチにはナジェが座って本を読んでいる。
何も言わないけれど、歓迎してくれているのが分かる。
私たちが出会ってからずっと繰り返している、いつもの日常だ。
隣に座って寄り添うと、私の帰る場所はここなんだ、と心からそう思う。
ナジェは、甘えるように自分に寄りかかる私を見て少し笑い、そのまま本を読み続けている。
私は彼の肩に頭を預けて、噴水から聴こえてくる清らかな水の音にしばらく耳を傾けた。




