16.北部にて(ナジェ視点)
パドラス国に入って、10日程が経った。
既に問題の地である北部へ入っており、間も無く現地へ到着する予定だ。
旅路は順調に進んでいる。皆の調子も良さそうで、亀裂の封印も滞りなく済ませることができるだろう。
正直言って亀裂の封印よりも、青炎の洞窟の方が多少難易度は上がる。
とはいえ、光魔法を使えるこの身にとっては何の問題もないはずだ。
そこで、絶対に手に入れたい物がある。
その先の未来を想像すると、楽しみで力が湧いてくる。
昼の休憩を終えて出発しようとすると、またミレイがこちらの馬車に乗り込んで来た。
思わず小さく舌打ちをする。
何故この娘はこんなに俺に近寄ってくるんだ。
おかげで、リシャには余計な不安を背負わせてしまうし、レニとユリウスには咎められるしで、俺の代の聖女がこんな娘だなんて全くツイていない。
そんな風に思い、同時に改めてリシャは自分の中で「聖女だ」とか「聖女じゃない」といった考えを遥かに超えて、唯一無二の大切な存在になっていることに気づく。
リシャを悲しませるもの、笑顔を奪うものは、何一つあって欲しくはない。
そう考えていると、いけ好かないどこぞの王子の顔が浮かんでくる。
悩みの種は尽きない。
いつの間にか馬車は走り出し、ミレイはのほほんとした調子で話しかけてくる。
俺は思わず適当に相槌を打つ。
もどかしく思っていても、なぜかいつもこの娘のペースに飲まれている自分がいるのだ。
それが、リシャを不安にさせてしまう原因なのかもしれない、と少し反省する。
しかし、この娘を無下にするのにはどこか良心が痛むというか……。
そう考えると、ふとラガの街のスピンが浮かんだ。
リシャに懐いているスピンを見ている時と同じような、そんな不思議な気持ちになるのだ。
「私、ウエディングプランナーになりたくて専門学校に行っていたんです〜」
いつの間にかミレイは自分の過去について語り出していた。
「ウエディングプランナー? なんだそれは?」
「結婚式を総合的にプロデュースする専門家のことなんです〜」
「!」
「私、幸せな結婚に憧れているんです〜」
そう言って、キラキラと目を輝かせている。
「結婚がしたいのか?」
「はい、私の両親は小さな時に離婚してしまったので〜」
「そうか」
「母は20歳の時に私を産んで、父は母の2歳年下だったんです~」
ミレイは懐かしそうな表情で言う。
「『年下はダメだ』って母はいつも言っていました〜」
「……」
「父はとても背が高くて、ハーフだったんですけど、」
そこまで言って、ミレイは『あっ』という顔をして言い直す。
「あ、この場合のハーフというのは私たちの世界では、この世界の人たちのような外見や特徴を持ちます~」
俺は急に合点がいった。
「そうか、俺は父親に似ているのだな」
「あっ! そうです、私の記憶の中にいる父にそっくりです~」
ミレイはハッとして、手強いなぞなぞが解けた子供のような顔をして手を叩いた。
「そうだ〜! 私はナイジェル様をお父さんのように思っていたんですねえ」
「なるほどな」
「お父様って呼んでいいですか?!」
ミレイは、ぱあっと顔を輝かせてまるで生まれたてのヒヨコのような様子で俺を見ている。
俺は思わず苦笑いしてしまう。
そういえば、リシャはしきりに「ミレイってなんか憎めないのよね」と言っていたことを思い出す。
俺とミレイが一緒にいることをやたらと不安がったり寂しがる割には、ミレイのことを気にしてよく面倒を見ていた。
俺たちは多分、同じような目線でミレイのことを感じていたのだろう。
不思議と可笑しさがこみ上げてくる。
それならリシャを不安にさせることもないだろう。
そう考えると、またリシャが恋しくなった。
とにかく一刻でも早く役目を終えて、彼女の元へ帰ろう。
馬車を走らせている道の脇に続くスミレ畑を窓から眺めながら、愛おしいあの姿を思い浮かべた。




