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15.夜のテラス


「はぇぇ〜?!?!」

 私は驚きすぎて、もうすでに慣れきった豪華な謁見の間で、思わず気の抜けた声を出しながら叫んでしまった。


「いや、だから、その、第一王子から正式にリシャ殿を妃候補として迎えたいと申し出があってな」


「断ってください」


「そ、そんなリシャ殿……!」

「そなたナイジェルに似てきたな……」


 陛下と殿下はそう言って子犬のような目で私を見ている。

 『それができたら簡単なのだ』って顔に書いてあるような……。


 最初に『決して悪いようにはしない』って言ってたあの約束はどうなったの?!

 私は思わず、そう国王陛下に詰め寄りそうになったが、なんとか我慢した。



 ふう、ナジェがいない間に危うく王族に対する不敬罪に問われるところだったわ。あぶない、あぶない。



 しかし何だろう、この、「我々は断れないから自分でなんとかしてくれ」的な空気は……。


 そんな、謎のミッションを受けて陛下たちとの謁見が終わった。




 ナジェたちはもうすでにパドラス国の北部へと入っているらしく、道中は予定通り順調に進んでいるとのことだった。


 彼も頑張っているのだから、私も今ある役目をきちんと果たさないと。


 そう思い、仕事に没頭していたら1週間があっという間に過ぎていった。そこへ、こんな話題だ。




 ただでさえミレイのことで頭を抱えているところに、アーサー殿下の求婚なんて。しかも、最初に研究室で話した時のような冗談ではなく、国王陛下を通した正式な申し出になってしまった。


 もう、なんか頭の中がぐちゃぐちゃだ。





 その日の夜、考えを巡らせては落ち着かない私は、どうしても眠れなくなってテラスに出た。


 漆黒の夜空に、無数の星が輝いている。

 ナジェと屋上で一緒に星空を眺めていたのが、もう遠い昔のように感じてしまう。

 それくらい、最近は色々ありすぎた。




 私は思わず星に願いをかけるように心の中で呟く。


 ナジェが無事に早く帰ってきますように。


 あ、もちろんミレイも。

 慌てて付け足す。



 そうしてテラスの柵にもたれかかり手すりに肘を置いて、頬杖をついたまま星空を眺めてぼーっとしていた。


 少し冷たくなった夜風が、考え過ぎて熱を持った頭をすっきりと冷ましてくれる。



 そんな時だった。突然声が響いてきたのだ。


「何してるんだ?」


 ハッとして声の聞こえる方を見ると、下の庭園からアーサー殿下がこちらを見ていた。



 えっ?なんでこんなところにいるの?!



 私が驚いていると、アーサー殿下は近くの木を伝って、いとも簡単に私のテラスにやってきた。


 ここ3階だよね……。




 私が驚いていると、彼は私の隣に立ち、少し笑って言った。

「眠れないのか?」


「少し、考え事をしてて」

「そうか」



 私は思わず気になって、聞いた。


「あの、あれって冗談ですよね?」

「……求婚のことか?」

「だって私は聖女の力なんて無いんですよ?」

「ああ、だからホッとしたよ、そう聞いた時は」

「?」



「実は調べていたんだ、北部にできた亀裂を聖女の力以外で完璧な封印はできないものかと」


 あ、王宮の図書館で会った時に読んでいた本は、それに関してのものだったんだ。


 ん?でも何で?聖女の力を求めてやってきたのよね?


「だって、そうなると、そなたが行かなくてはならなかっただろう。父上はすぐにでも協力を要請したいようだったから」


 うん、だからそれを何であなたが止めようとしたのよ。


「そなたを少しでも危険な場所に行かせたくなかった。だから聖女の力が無いと聞いて安心したんだ」


 ?!




「……あの新聖女は塔主のことが相当好きそうだな」


 あ、ミレイのことね。誰が見ても一目瞭然だよね。


「男と女がひと月近くも一緒に旅をしていたら、いくらでも誘惑のチャンスがあるからな」


 ち、ちょっと!


「いくらあいつが頑固でも、あれだけ若くて一途な女から誘われて落ちない男はいないだろう?」


 私は少しムッとして言い返す。

「ナジェはそんな人じゃないし、ミレイのことそんな言い方しないで」


 アーサー殿下は呆れたような様子で言う。

「妬いてるわりに、あの聖女の肩を持つんだな」


 はて……確かにミレイってなんか守りたくなるのよね。

 こうやって貶めるようなこと言う人からは特に。


 それにミレイの言う『好き』に誘惑という言葉はどうも似合わない気がする。




「まあ、でも男なんてそんなもんだ」


 っく……。

 そう言われると完全に言い返せない。

 だって男になってあんな可愛い女の子に言い寄られた経験なんてないもの。


 いくらナジェを信頼しているとはいえ、そう何度も言われるとそんなこともあるのかも、なんて気持ちになってしまう。



 私は年上で、聖女の力も無い上に何の取り柄もないし……。

 そんな考えが浮かんでついつい弱気になる。




「そんなにあいつが好きなのか?」

 私の落ち込んだ様子に、アーサー殿下は少し真面目な顔で言った。



「当然です!」

「そなた…………それでやっていけるのか?」

「?」

「あの塔主とこれからもずっと一緒にいるつもりなら、そんなんじゃ持たないぞ」


 えっ……?


「ヴェルナー侯爵令嬢はあんな結果になったが、他にも狙っている貴族令嬢はたくさんいるだろう」

 この人、この国の情勢を把握しすぎよね……。



「そなたも同じだ。君たちの持つ力や肩書き、権力を欲して、この国だけに限らず隣国周辺からも誘惑の手は伸びてくる。そんな奴らとこれからずっと渡り合っていかなきゃならないんだぞ」


 その通りだ。私はハッとした。

 こんなこと、これからいくらだってあるかもしれない。



「そなたはこれからも聖女としての立場を貫かなければならないだろう。それならきっと、」

 アーサー殿下はそこで一度、言葉を遮ってから一瞬下を向く。


 そして顔を上げ、いつものような不敵な笑みを浮かべながら言い直した。

「この俺と一緒になるならそんな心配はないぞ。お前一人くらい俺があらゆる手を尽くして守ってやるからな」


 はいはい、それはあり得ません。



 すると、アーサー殿下は私を真っ直ぐに見据え、片手でそっと私の頬に触れる。


「そなたを不安になどさせるものか」


 甘やかな熱を持った瞳を潤ませ、真剣な表情でぽつりと呟いた。

 いつものふざけた調子じゃないことに、私は戸惑う。


「お前に求婚したのは冗談などではない。少し考えてみてくれ」

 そう言って、私の言葉を待たずにテラスから颯爽と飛び降りて、カツカツと庭園を歩いて行く。


 いつになく真剣だった表情を見て、私は不覚にもその去って行く後ろ姿から目が離せなかった。


 いつもは茶化すようなことばかり言ってるのに、あんなに真面目な顔もできるのね……。


 私はしばらくの間、そこから動けなかった。


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