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14.出発


 すっかり準備も整い、いよいよナジェとミレイがパドラス国の北部へと出発する日になった。

 

 見送りのため外に出ると、エメラルド塔の門前にはすでに数台の馬車が待機して荷物が運び込まれている様子が見える。


 研究所のみんなやレニやハニカ様、アーサー殿下も見送りのために門前に来ていた。



 先頭にはナジェが乗るであろう馬車が控えている。その後ろにミレイがすでに乗っている馬車が見えた。さらにその後方に待機する馬車には、同行の魔道士たちが大きな荷物を携えて乗り込んでいる。


 その様子は穏やかで、まるで旅行にでも出掛けるような気楽さだ。






 それもそのはずだった。


 というのも、魔物が出る場所に行くなんて凄く危険なんじゃないかと心配し続ける私が、昨日の仕事中に思わず

『大丈夫かな……』

 と、独り言を呟いてしまった時のこと。


 そんな私を、レニはなんてことないという風に宥めた。


『全く危険はないから心配しなくても大丈夫よ。亀裂はまだ初期段階だってことだから尚更。なにより所長は最強の魔道士だし、聖女の力があれば封印自体もすぐにできるから』


 そういえば、国王陛下からお願いされたときにちらっと聞いたように、ラガの街にできた穢れの亀裂とは違って、魔物が発生する亀裂ができるのはそんなに珍しいことではないようだった。


 これまでにも魔道士たちが何度も対応して解決してきたのだとか。


 今回は聖女の力で完璧な封印ができるため一層安心ということらしい。



 私はそれを聞いて安堵した。私の知ってる異世界物語とかだと、強い魔物がウヨウヨ出てきて危機になったりするというのはよくある話だったから。


 前から薄々思っていたけど、この国は想像以上にのんびりした世界だ。

 転移したのがこの世界でよかったとふと思った。


『でも、ミレイは女の子だし大丈夫かなあ。あの子ちょっとぼんやりしてるとこあるし……』


『リシャってヤキモチ妬く割にはミレイのこといつも心配してるよね』

 レニは不思議そうに言った。


 うーん、言われてみれば確かにそうだ。ナジェに対する距離感はやきもきしてしまうけど、なぜか放っておけないというか……。


 妹がいたらこんな感じなんだろうかと不思議な気持ちになる。






 そんな昨日の会話を思い出しながら、先頭の馬車に近づくとハニカ様とナジェが話しているのが見えた。


「お気をつけて」

「ああ……少しの間リシャを頼んでいいか」

「もちろんです。しっかりお守りします」

 

 ナジェはハニカ様を見つめて微かに口角を上げた。

 この二人にはあまり言葉はいらないみたい。他者には分からない信頼感がそこにはある。


 ハニカ様は私が来たことに気づき、そっと移動した。




 ナジェは私を優しく迎え入れて言う。

「ちょっと行ってくる」


「気をつけてね」


「いいか、俺が戻るまでユリウスとレニの傍を絶対に離れるな」


「うん、分かった」

 私は真剣にそう言ってコクコクと頷く。

 そんな私を見てナジェは安心したように笑って、私の頭をぽんと撫でた。



「あ、ナジェ、手出して」

「?」

 不思議そうな顔をしている彼の手首に、私は組紐と小さな魔法石を編んで作ったお守りを結んだ。


 この3日間、不器用ながらも必死にチャレンジしてみた中で一番出来の良かったもの。


「えっとね、レニに教えてもらって魔力入りのお守りを作ったんだけど、」


 そこまで言って、私はナジェの顔をちらっと窺い見ながら続けた。


「微量な魔力だけど、愛情はたっぷり入ってるから!」


 そう言ってみたものの、結ばれたお守りをまじまじと見ているナジェを前にするとだんだん恥ずかしくなってきた。


 強い魔力を持った凄腕聖女と共に行く王国随一の魔道士に渡すには、微力すぎてとてもお粗末なお守りだ。


 この前はあんなに『守ってあげたい!』なんて思ったものの、こんなこと位しかできない自分が本当に情けない……。



 そもそもレニの言う通り、みんな慣れているみたいだから心配するようなこともなく、そんなに感傷に浸るような場面でもないのだろう。


 離れている時に少しでも彼の力になれることをしたかったのだけれど。



 恥ずかしく思って下を向いていると、ナジェは私をグイッと胸の中に抱き寄せ、力強く抱きしめた。

 彼の温かさと愛情が伝わってくる。



 私も衝動的にぎゅーっと彼に抱きつく。


 しばらくこれもできないんだよね。

 彼の存在を刻み込むように、目を閉じて彼の鼓動を感じた。



 うう、このまま離れたくないよ……。



 ……


 …………


 ……………………



 ………………………………。






 ちょ、ちょっとさすがに長いかも。

 私は人目が気になって、だんだん顔が赤くなってきた。


 そーっと顔を動かして見てみると、近くにいる魔道士のみんなも恥ずかしそうに、目を泳がせている。



「ち、ちょっと。ねえ」

 私は恥ずかしくなって背中に回した手でナジェの服を引っ張り、小声で訴えかけると彼はハッとしたように私を離した。


「ああ、すまない」

 そう言って、私の頭にぽんぽんと触れてから馬車へと乗り込んだ。




 そうして、彼らを乗せた馬車はゆっくりと動き出し、無事出発した。


 ぼんやりとその様子を見送っている私を、レニとハニカ様は優しく見守ってくれる。



 ああ、本当に行っちゃった。

 1ヶ月なんてあっという間だろうけど、ここに来てからナジェとそんなに離れたことなかったな。


 遠くなっていく馬車を見つめながら、そんなことをぼーっと考えていた。





「目の前でそんなことをされると余計に奪いたくなるな……」


 後ろでアーサー殿下が何かを呟いたような気がしたけれど、風が強く吹いていてよく聞き取れなかった。


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