11.隣国の危機
「大変なことになったのだ」
陛下は深刻な表情でそう切り出した。
な、何が?!
今度は一体なに?!?!
ナジェと私は、また国王陛下と王太子殿下に呼ばれていた。
私は先日のアーサー殿下との会話を報告することができないうちに、とうとうバレてしまったのかと観念したのだが、全く予想もしない言葉をかけられて動揺している。
「パドラス国に魔物の発生源となる亀裂が生じてしまったらしいのだ」
ん?また亀裂?
不思議そうにしている私の横で、ナジェは「はあ」と溜め息をついた。
「なるほど、それが本当の目的でしたか。それで聖女と結婚を、などと言い出したのですね」
「ああ。今はまだ初期段階のため、王国の騎士団で充分対応できるようだ。だが、このまま放っておけば大変なことになってしまう。それで我が国に助けを求めてきたのだ」
そこまで言って、国王陛下は気まずいような表情でちらっと私の顔を見てから、咳払いをして続ける。
「それには、聖女の力と光魔法を扱える魔道士がいなくてはならない」
そ、それって…………。
「う、うむ、第一王子はなぜかリシャ殿に聖力がないことをご存知でな、」
あ、そ、それは。
私はドキッとしつつ、平静を装った。
「ミレイ殿とナイジェルに行ってもらうしか……」
…………。
その瞬間、謁見の間の温度がこれでもか、というくらいに冷え切った。
「お断りします」
ナジェははっきりと言い放った。
ち、ちょっと国王陛下のお願いをなんで断れるのよ!
陛下と殿下は私の顔色を窺ってもじもじしている。
二人の態度からは、ミレイの普段の振る舞いを熟知していることが見て取れた。
『それでもナイジェルをなんとかしてくれ』って顔に書いてあるわね……。
以前、ラガの街の件を経験した私には、おおよその事態は把握できた。亀裂の浄化と封印には、陛下の言う通り聖女と光魔法を扱える魔道士の力が必要だ。
そりゃあ私も嫌だけど。でも、
「国民に被害が出てしまう前に行ってあげなくちゃ」
私はナジェを説得する。
「分かってる、二人で行くのは断るというだけだ。俺が一人で行く」
陛下と殿下はナジェを宥めるように言う。
「しかし、聖女の力がないことには完璧な封印ができないだろう」
「回数を重ねれば我々魔道士でも消滅が可能です。今までそれで何度も対応してきたではありませんか」
陛下は沈んだ様子で首を横に振りながら言う。
「国内はそれで済んだが、今回はパドラス国でも一番遠い北部だ。いくら支援があるとはいえ、そう何度も貴重な人材を多く引き連れて往復していてはこの国が回らなくなってしまう」
「……」
なるほど、そういうことか。
そうであれば、なおさら陛下の言う通りにしないと。
なかなか「うん」と言わないナジェを三人がかりでなんとか説得した。
私だってミレイとナジェを二人で遠くに行かせるなんて嫌だけど、これは人の命にも関わることだからしょうがないよね。
お隣の国が困っているということなら、ちゃんと助け合わないと。
そうして話がまとまりつつあった頃に、アーサー殿下がやってきたという知らせが入った。
「入ってもらってくれ」
国王陛下がそう言うと、アーサー殿下が招かれた。
陛下とアーサー殿下のやりとりを見ていると、このサランド国とパドラス国の力関係が伺えた。
後から聞いた話によると、地形の問題からサランド国へ物資が運ばれてくるには、どうしてもパドラス国の道を使う必要があるらしい。
それが絶えたら簡単にこの国は危機に陥ってしまう。
だからパドラス国はこのサランド国に強気に出れるというわけだ。
でも、魔道士もおらず魔法が使えないパドラス国には、サランド国の魔法研究所は心強くもあり、喉から手が出るほど欲しい存在である。
お互いに無いものを補い合う。そんな絶妙なバランスで二国間は成り立っているのだ。
それを知って、最初に陛下と殿下がなぜあんなにも私の顔色を窺っていたのかが理解できた。
パドラス国からのお願いを断れるはずなんてないのね……。
ちなみに、パドラス国はサランド国の左隣で、ラガの街にできた魔法病院へ招いた魔法師がいた国はサランド国の右隣に位置するらしい。
物理的な距離感を加味すると、パドラス国は魔法に関してはサランド国の魔道士をあてにしなければならない、ということのようだ。
「新聖女とそなたには迷惑をかけるがよろしく頼む。その間はそなたに変わって、そちらの仮聖女とエメラルド塔の安全を守ると誓おう」
アーサー殿下は上品な微笑を浮かべながらナジェにそう言った。
えっ?!もしかして亀裂の封印が終わるまでここにいるつもり?
なんで自分の国のことなのに一緒に行かないのよ?!
国王陛下は、私とナジェの非難めいた視線に気づかないふりをして、アーサー殿下の申し出を受けた。
むむむ、何にも断れないのね……。
私が辟易としていたその時、ナジェはアーサー殿下に向き直って話し始めた。
「場所は北部だったな?」
鋭い口調で語りかける。
「ああ、そうだ」
アーサー殿下もざっくばらんに答える
「封印を行う代わりに青炎の洞窟に行ってもいいか」
「ふむ、構わないが」
「そこで、何をしても、何を手に入れても文句は言うな」
「好きにしろ。俺もここで手に入れたいものがある。お互い様ということにしよう」
アーサー殿下はそう言いながら一瞬私を見た。
「…………!!」
「お互い、求める宝のために最善を尽くすとしようか」
「リシャは物ではない」
「俺はただ心を通わせるだけだ」
ナジェはそれ以上答えず、アーサー殿下を鋭い視線で睨みつけている。
「洞窟の件は、我が国に話を通しておくから心配するな」
アーサー殿下は挑発するようにニヤッと笑って言う。
不穏な空気を収めるために国王陛下と王太子殿下が間に割って入り、なんとかその場の空気を和ませた。
もう、この王子は一体何を考えているのやら……。
しかし――――青炎の洞窟ってなんだろう?
そういえば、なかなか納得しなかったナジェが「北部」って単語を聞いた時から、何かを思い出したように態度が変わった気がした。
それと何か関係があるのだろうか?




