9.かわいい求婚
あれから本当に眠ってしまった私を、ナジェは部屋まで運んでくれたようだった。
朝、目覚めて気づいた置き手紙で知る。
うっかり寝てしまうなんて、恥ずかしい……。
私そんなに疲れてたのかな…………。
確かにここのところ色々ありすぎて、心休まる時間がなかったのかも。
なぜだか今日は、研究室に行くのが億劫になっている。
……いけない、いけない!
弱気になってる!
こんなの私らしくないぞ!
私は顔をペチペチと軽く叩き、気合を入れて準備して研究室へと向かった。
研究室に入ると、ナジェとハニカ様とレニが魔法石の保管庫を確認しながら、なにやら相談している。
「じゃあ、今回は多めに仕入れないとですね!」
「ええ、パドラス国の使節団がいる間はその分も必要になるでしょうから」
「そうだな」
「では所長、今日は私がミレイ様をお連れしてギルドまで行ってきます」
「ああ、頼む」
あ、魔法石が切れたのかな。
ってことは、仕入れてくるまでは他の作業をしてた方がよさそうね。
そう思いながら3人の近くに行く。
そこへちょうどミレイもやってきた。
「ナイジェル様、昨日教えてもらった魔法、もうできるようになってきました〜」
ミレイは可愛い笑顔でナジェの傍に寄っていく。
「そうか、よくやった」
ナジェは無表情のままさらっと答える。
ハニカ様はミレイに向かって落ち着いた様子で言った。
「ミレイ様、今日は私とギルドに行っていただきます。聖女用の魔法道具を作るための魔法石を直接確認してもらう必要があるのです」
「は〜い」
ミレイののんびりした声が響いた直後、突然バタン!と扉が開き、魔道士の一人が慌てた様子で入ってくる。
「ふ、副所長! 急いで王宮までお願いします! 接待用の魔法道具が誤作動で動かないんです〜!」
彼は泣きそうな顔で訴えている。
そういえばハニカ様と王宮担当チームのみんなが、最近大掛かりな魔法道具を作っていたことを思い出す。
あれは使節団の接待用だったのか。確かにあれはハニカ様じゃないと直せないだろう。
特別な魔法道具には不正を防ぐため、責任者であるナジェかハニカ様のどちらかのエネルギーを記憶させて勝手な改良ができないようになっている。
ナジェとハニカ様とレニが、すかさず頭を抱えた。
「……ユリウス行ってこい。ギルドには俺が行く」
「あ〜ん、もう、所長とミレイを引き離しておきたかったのに……」
「しょうがないですね……。所長、お願いします。レニ、あとは頼みましたよ」
溜め息をついてから急いで王宮へ向かったハニカ様が去った後、嬉しそうなミレイの声が響いた。
「ナイジェル様とお出かけできるんですか〜?」
「あ、じゃあ、リシャも行かなくちゃね!」
レニはそう言ってグイッと私の体をナジェに押しつける。
「そうだな、では3人で向かうとするか」
そうして3人で王都のギルドへ向かうことになった。
いつもよりも大きい4人乗りの馬車での道中は、騒がしいミレイに呆れつつもなんだか賑やかで、私もナジェも笑いが絶えなかった。
何をしても、ミレイは憎めない不思議な子だ。
ギルドについてからは、いつも通り手続きをして魔法石を受け取った。
さらに、今回は聖女用の魔法石も仕入れるということで、普段とは違った種類の魔法石が目の前にいくつも並べられた。
わ〜、すごい綺麗な石!
見ているだけでちょっと楽しい。
「自分と相性のいい魔法石を選ぶんだ」
ナジェはミレイを促す。
「う〜ん、こっちのも見てみたいな〜」
ミレイは甘えるような声を出して、ナジェを上目遣いで見つめる。
な、なんだ、このまるで指輪でも選びに来ているようなカップル感は……。
私はなんだか疎外感を覚えて、その場所から少し離れて見ていた。
「見た目は関係ない。必要な数が多いから早く選んでくれ」
ナジェは無表情のまま、バッサリと言う。
「は〜い。じゃあまずはこれ」
ふーむ、貴族のご令嬢だと大抵、ナジェのこんな冷たい対応にビクビクしたりショックを受けたりするのに、ミレイは全く動じない。
この子ってやはり、只者ではないわ。
思わず感心してしまう。
そうして私が少し離れた場所で一人頷いていると、明るい声が響いてきた。
「おねえちゃん!」
振り返ると、そこにはスピンがいた。私はスピンの目線に合わせるようしゃがみ込む。
「スピン! 今日はお使いの日?」
「うん!」
スピンは得意げな様子で、お使いのバッグを見せてくる。
ラガの街が活気を取り戻してから、すっかり健康体になったスピンのお父さんも病院での働き口が見つかった。
スピンも父親を手伝い、病院で使う備品をギルドに定期的に受け取りにくるのだ。そのお使いがとっても楽しいらしい。
ナジェと一緒にギルドに来る度に、そんなスピンとここでよく会うようになっていた。
「そっか、いつも偉いね」
そう言ってスピンの頭を撫でると、彼は照れたように笑う。
「あれ? おにいちゃんは?」
そう言ってスピンが不思議そうな顔をした時、少し離れた場所からミレイのはしゃぐ声が聞こえて振り返った。
ミレイは嬉しそうにナジェの顔を見つめてはしゃいでいる。
あの子はこの世界に来て初めてのお出かけだもんね。
私がふむふむと頷いていると、スピンはミレイとナジェの姿を見て何かを感じ取ったのか、元気づけるように声をかけてくる。
「大丈夫だよ! おねえちゃんには僕がいるから!」
「ふふ、ありがとう」
「本当だよ! 大きくなったらケッコンしてあげる!」
?!?!
「だって、僕はもう働いてるもん」
そう言ってまた、お使いのバッグを見せてくる。
な、なんて可愛いことを……!
「たくさん働いて、おねえちゃんにぷろぽーずするからね」
ちょっと会わない間にませたことを言うようになっちゃって。思わず笑みが溢れてしまう。
「そうなの? ありがとう」
「ほんとだよ!!」
私のあやすような態度に、スピンはほっぺたを膨らませてぷんぷんしている。
「それじゃあ、空に一番近くて星がたくさん見える場所で、お星さまみたいな宝石の指輪と一緒にプロポーズしてね」
この前、エメラルド塔の屋上で見た星空が心に残っていたせいか、思わず嬉々として語ってしまった。
あの時は予兆の星が現れてそれどころじゃなくなっちゃったけど、あのシチュエーションはかなりロマンチックだと思う!
って、私はスピン相手に何を本気で語っちゃってるんだろう。
冷静になると、ちょっと恥ずかしくなって私は笑ってごまかした。
「なんてね! スピンが大人になったら役に立つかもよ」
何を言ってるんだ、私。
「うん! おねえちゃんまっててね」
スピンはニコニコと満足そうな笑顔でそう言う。
もう、スピンはいつも可愛いなあ……!!
「うん、うん」
私は頷きながらスピンをぎゅっとハグした。
「相変わらず仲が良いな、お前たちは」
いつの間にかすぐ傍に来ていたナジェが呆れたような、でも優しい顔で言う。
わ!また気配なく現れて!
ま、まさか今の会話は聞かれてなかったよね?
私は冷や汗をかきながらナジェの様子を探る。
彼は「おねえちゃんとケッコンのやくそくしたの!」と得意げな様子で語るスピンを「へえ、そうなのか」と、軽くあしらっている。
平然としていて、特に何も変わった様子はない。
うん、この様子なら何も聞いてなさそう。
私はホッと胸を撫で下ろした。




