39.大切な人
以前、王宮の図書館に来てからというもの、魔法書以外にもあらゆる書物が網羅されているこの場所は、お気に入りスポットとなってちょくちょく訪れている。
今日はお休みなので、レニと一緒に今流行りの恋愛小説でも借りようと盛り上がってやってきた。
わくわくしながら本を選んでいると、レニが探していた本を見つけたので渡そうと机に戻ったところで、王宮の制服を着た男性がもじもじとした様子で話しかけてきた。
「あ、あの……」
「はい?」
「先日も、いらしていたのを見かけて……」
「あ、はい」
「も、もしよかったら僕と、」
その男性が言い終わらない内に後ろから低い声が響く。
「俺の恋人に何か用か?」
気づくとナジェが私を後ろから抱き寄せていた。
あの告白の後から、ナジェは私と想いが通じ合った恋人同士であることを一切隠そうとしない。エメラルド塔内ではすでに周知の事実であり、王宮中に広がるのも最早時間の問題だった。
これで完全に広がりそうね……。思わず苦笑いしてしまう。
以前から時折、王宮で働く男性の人たちから食事や外出に誘われることがあった。この世界の知らない男性とどんな話をしていいのか分からなかったというのもあるが、研究所で仕事をしたりレニたちと過ごす方が楽しくて応じたことはなかった。
私としては、この世界では女性をエスコートするのが当たり前の世界だからそういう社交辞令であって他意はないのだと思っていたが、レニ曰く『未婚女性を二人きりになれる空間に誘うということはほとんど求愛と同じことなのだ』と言う。
「まあ、これからはそんな心配一切なくなると思うから大丈夫よ。所長は怒らせると怖いからね……」
レニはそう言って、ナジェに詰め寄られている先程の男性を見つめながら気の毒そうな顔をしている。
ふーむ。怒らせると怖そうっていうのはなんかよく分かる気がする。私にはすごく優しくしてくれるけど、ナジェって基本的に誰に対してもクールな対応だ。というか、ちょっと冷た過ぎるきらいがある。気を引こうとアプローチしてくる女性たちに対しては特にシビアだ。でもそれも、特別感を仰いで私をくすぐったい気持ちにさせる。
そんなことを考えて顔を赤くしている私を見て、レニはきゃーっとした様子で呟く。
「なんかリシャいいなあ! 私も恋がしたくなってきた!」
そして私たちに気を遣ったのか、本を借りて「またね!」と言って去って行った。
先程の男性が冷や汗の浮かんだ愛想笑いをして走り去ると、ナジェは私の方へ戻ってきた。
忙しい筈なのにこんな所に来てどうしたんだろう、と思っていると彼はポケットから何かを取り出して私の首に掛ける。見るとそれは、彼の瞳と同じサファイアブルー色の宝石が付いたネックレスだった。
「綺麗……」
「こういう時のための魔除けだ」
ナジェは片目を瞑って言う。
そういえば、レニが教えてくれたこの世界の求愛行動には、自分の髪色や瞳と同じ色のドレスや宝石をプレゼントする、というものもあった。
「ありがとう……!」
私は嬉しさがこみ上げて、その幸せを噛み締める。
感動している私にナジェはクスッと笑い、愛おしそうに私の髪に触れながら優しく言う。
「明日こそは一緒に過ごそう。街へ行って食事でもしようか。スピンにも会いたいだろう?」
「うん!」
その元気な返事に安心した様子で私の額にキスをして、また仕事へ戻って行く後ろ姿をぽーっと見送った。
はあ、ナジェ格好良い。
年下だからとか、私にはナジェと一緒にいられる資格ないからとか、そんな意地を張っていた気持ちがすっかり消えて、素直にそう思っている自分に気づき少し可笑しくなる。
そうして私も、お目当ての本をいくつか借りて図書館を後にした。
そんな和やかな気持ちで廊下を歩いていたところ突然視界が遮られ、体をグイッと引っ張られた。声を出そうにも押さえられて抵抗できない。
何……?!
近くの部屋に入ったのか、ドアがバタンと閉まる音がして私は床にドサっと放り投げられた。すかさず誰かが私の両手を後ろに回し縛り上げる。
目隠しと口を覆っていた布が外され、一瞬眩しさに目を顰める。光に慣れた私の目に飛び込んできたのは、これ以上無いほど冷えきった表情で私を見下ろしているティナ様と幾人かの侍女らしき女性たちだった。
その顔を見て、私は悟った。
きっとナジェと私のことが耳に入ったのね。
私はなんとか冷静な気持ちを保ちつつティナ様を見上げた。ここで取り乱したら、思う壺だわ……!
ティナ様は私を睨みつけ、ギリッと唇を噛み締めて低い声を出した。
「すぐに別れなさい」
「嫌です。別れません」
「なんですって!」
「こんなもの! あなたに似合わないわ!!」
ティナ様は、私の首に掛けられたナジェが着けてくれたネックレスを睨みつけ、手を掛けて引き千切った。繊細な金の鎖がぷつっと音を立てて弾け飛ぶ。
なんてことを……!!
険しい形相のティナ様だが、私も完全に頭に血が上ってしまっている。
「私はナジェが大好きなんです、愛してるんです、大切なんです! 離れるなんて絶対に嫌!!」
ティナ様はギリっと唇を噛み、呻くように言う。
「なんて女なの……! 今すぐに口がきけないようにしてやりなさい!」
隣にいた侍女にそう命令すると、その女性は鞭を取り出し構えた。
げっっっ!!当たったらめちゃくちゃ痛そう!
内心、恐怖に打ちひしがれそうになったけれど、怯んだ様子など絶対に見せたくない……!
ああ、休みの日じゃなかったらローブに保護魔法のかかったリボンをしてたのに……。運の悪さを恨みつつ、できるだけ痛くないように祈りながらぎゅっと目を瞑った。
………………っ。
いつまで経っても何も起こらない様子に恐る恐る目を開けてみると、なんとそこには侍女の腕を掴んで止めているナジェがいた。その顔は怒りに溢れている。
そして、青ざめた顔で震え上がっているティナ様と侍女たちに、まるで唸るような声を上げた。
「一体何の真似だ……?!」




