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3.聖女ではありません


 ふと目が覚めると、柔らかな朝陽が窓から差し込んでいるのが見えた。

 外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。


 ベッドに寝ていた私はだんだん意識が覚醒してきた。


 ああ、目が覚めたんだ。

 やっぱりあれは夢の中の出来事だったんだ。


 よかった〜!やっぱり飲みすぎただけだったんだね。

 そう思い、ガバッと体を起こした。



 …………。


 目を凝らすと三つ星ホテルみたいな豪華な内装に、明らかに日本ではない異国情緒あふれるインテリア。


 まだ夢から覚めてないの?

 とはいえ、頬をつねったらちょっと痛いのだけど……。


 私は状況を把握するために起き上がり、部屋の扉を開けて出てみることにした。


 なんかもうこの状況に慣れてきてる自分がいる。



 それが良いことかどうかはわからないけれど、とにかく扉から顔を出して辺りを見回してみた。


 するとドアのすぐ外に立っていた男性とバチっと目が合う。


「わっ!」


 び、びっくりした!


 その男性は、魔法使い?賢者?みたいなローブ姿で、まるで洋風ファンタジーゲームの中の登場人物のような格好をしている。


 男性は驚く私にニコッと微笑んで、


「すぐに朝の支度をご用意いたしますね」


 とだけ言って行ってしまった。



 程なくしてメイド姿の女性が部屋に現れ一通りのお世話をしてくれた後、私は別の部屋へと案内された。


 わけも分からずついていくので精一杯だ。


 何をどう質問していいのかも分からず、もはや疑問すら湧いてこない……。



 案内された部屋へ入ると、金色のローブを纏った背の高い男性が立っていた。


 背中の中程まで伸びた美しいプラチナブロンドをなびかせて私の目の前に歩み出て、優しく微笑む。



「初めまして、聖女様」


 髪色と同じ金色の瞳を持つその端正な顔立ちに思わず見入ってしまう。

 まるで乙女ゲームから抜け出してきたようなイケメンだわ……。



 ん??

 ちょっと待って、今この人、私のこと聖女様って言った?


 疑問が口に出るより先に、彼は私の手を恭しく取りテーブルへとエスコートしてくれる。


 促されるままに座ると、テーブルの上には目にも鮮やかな料理の数々が並んでいる。


 これってもしかして朝食なのかな?

 美味しそう。



 メイドさんが手際よくセッティングをして、目の前に琥珀色に輝く良い香りの紅茶を置いてから一礼をして退室していった。



 部屋にはプラチナブロンドの彼と二人きりになる。


 こ、これはどういう状況なのだろう。



「色々と疑問がおありですよね」

 彼は気品漂う口調で気遣わしげに言った。


「私はこの魔法研究所で副所長を務めております、ユリウス・ハニカと申します」


 魔法研究所?! 副所長?!

 聞き慣れぬ単語に理解が追いつかない。



「ここはサランド王国内にある王宮の隣に位置する魔法研究所で、別名をエメラルド塔と言います」


「はあ……」


「研究所には国内でも指折りの魔法のエキスパートたちが集まり、国に仕える大切な役割も担いながら、日々魔法の研究が行われているのです」


「……」


「そしてこの魔法研究所にはもう一つ、異世界から聖女様をお迎えするという大切な役目を担っております」



 ……?!

 もしかして……さっきから私のこと聖女様って言うのは――――。



「貴女様はこの国に招かれた異世界からの訪問者、ということになります」


 !!!



「貴女様がお持ちの美しい黒髪こそが聖女の証。この世界に黒髪の人間は存在しないのです」



 !!!!

 や、やだ…………私、聖女になっちゃうの……?!


 散々やり尽くしてきた乙女ゲームにありそうな設定に、私はちょっと心が躍る。




「……のはずなんですが、それにしては髪色のみしか条件に該当しないので、聖女でない可能性の方が大きいかもしれませんね」


 彼は考え深げな表情でさらっと言った。


 ち、ちょっと!無駄に心躍ってしまったじゃないの。




 彼の説明によると、通常は聖女を迎えるにあたり、この魔法研究所の最上部で“予兆”を受け取った後に、所内のエキスパートたちが儀式を行い召喚される手筈なのだそうだ。


 しかし、私はそんな常識や手続きを全てすっ飛ばした上で突然現れた謎の人物といったところ。


 とはいえ、この黒髪を持つ以上、聖女(仮)という特別な存在を魔法研究所で保護してもらうことは必然なのだと言う。



 確かに、気を失う前に起こった出来事を考えると、街をフラフラしているよりもここにいた方が安全そうだ。


 状況を丁寧に説明してくれるこの彼――いやハニカ様と言っただろうか、ハニカ様はとても誠実で優しそうな人だし……。


 あのローブの男性はハニカ様だったのね。

 あれ?でもそれにしては瞳の色が違う気がするけれど、私の勘違いだったのかな?



「聖女様は……あ、失礼でなければお名前を伺ってもよろしいですか?」


「あ、高橋梨咲です。梨咲が名前です。リサ・タカハシ」


「リシャ様ですね」


「はい、リサです」


「ええ、リシャ様ですね」

 そう言ってハニカ様は優しく微笑んでいる。


 その気品ある笑顔にそれ以上言葉を強めることは、なんとなくできなかった。



 もしかして、この世界では私の名前は発音がしづらいのかな。


 ふむふむ、なんだか本当に異世界に来たって感じがする。

 


「今リシャ様にお過ごしいただくお部屋を整えておりますので、その間こちらで朝食をお召し上がりください」



「ありがとうございます」

 お礼を口にした途端、空腹を感じ始める。


 ああ、そうだ、昨日ワインを飲むだけでおつまみもご飯も食べてないから、こうして食事を口にするのは何十時間振りだろう。


 目の前にあったスープを一口すくって口へ運ぶ。


「美味しい……!」


 感激した様子の私を見てハニカ様も表情を和らげる。



 そうしてリラックスした私の様子に安堵して、ハニカ様はこの魔法研究所について色々と説明をしてくれた。


 ちなみに前回、聖女の召喚の儀が行われたのは70年程前なのだそうだ。



「しかし、なぜリシャ様はこの世界に召喚されたのでしょうね」


 うん、すごく疑問だ。


「何か魔術を使ったりですとか、この世界に繋がるような行動をしたとか」


 まさか、そんなことしたことない。


「元の世界で何か大きな衝撃を受けたとか」


 ううん、至って普通の生活をしてただけ。


「心の奥底からどこか別の場所に行きたいと願ったとか」


「……」


 それなら心当たりはある。


 仕事で嫌なこともあったしこのままでいいのかなって思ったり、環境が変われば……って。


 それなら、私の心がここに来ることを願った結果なのだろうか。




「でも……私ってこの世界から呼ばれたわけではないんですよね? だとしたらやっぱり私がここに居るのはご迷惑になるのでは……」



「いいえ、この研究所に聖女様をお迎えする場所があり、リシャ様が現れた以上それは神や精霊のご意志です。私たちはそのためのサポートを全力ですることが役目ですからお気を楽にお過ごしください」


 胸に手を当て、凛とした表情で語るハニカ様を見ていると、とても心強い味方を得たような気持ちになった。



 『ここに居ていい』というその気遣いが、今の私にはすごく有り難くて心に沁みる。


「ハニカ様、ありがとうございます……っ」


 口にした途端なんだか泣きそうになってしまった。


「これからのことを一緒に考えていきましょう」


 勇気づけるように言ってくれるその言葉に元気を貰えた気がした。




 私の唯一の取り柄は前向きなところだ!


 落ち込んでいたって起きてしまったことが変わるわけじゃないんだから、とにかく元の世界に戻る方法を考えよう。


 ここには素晴らしい魔道士の人たちがたくさんいるっていうのだから、何かしら手がかりが見つかるかもしれない。



 そう思い直して改めてハニカ様に向き合った。


「はい! よろしくお願いします!」



 私がそう言うと、ハニカ様は安心したように今日一番の笑顔を見せてくれた。


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⑅∙˚┈┈┈┈┈┈✎✐┈┈┈┈┈┈˚∙⑅

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公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

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