38.甘い告白
レニの優しい手に背中を押されて、私は道具室を出た。なんだか色々なことが頭の中を駆け巡って、落ち着かない。
とりあえず今は広間に向かわないと。
気を取り直し、余分な荷物を置いてから王宮へ向かおうと研究室へ入った。みんなはもう既に向かった後なのか、室内はがらんとしている。
自分のブースに荷物を置いて扉に向き直ると、扉のすぐ脇にナジェが立っていた。
「わ! びっくりした……」
本当に、なんでいつも気配がないの?
ナジェは考え深げな様子で私を見ている。
「なんで避けてる?」
「……」
「何を気にしている」
レニはああ言ってくれてたけど……。
「私には聖女様のような力はないし……王国随一の魔道士と肩を並べられる資格はないよ」
元気に笑って言ってみせたけど、どこまで頑張れているかな。もしかして顔引き攣ってる?
私のそんな様子に、ナジェは深い溜め息をついてから傍までやってきて、私の腕をグイと引っ張りその胸の中に引き寄せた。
「お前にはこうまでしないと伝わらないんだな、分かった」
えっ?!何が?!言葉と行動の内容に理解が追いつかない。
彼の逞しい体を肌で感じてしまい、抱き寄せられた衝撃に頭はパニックだ。
「今は惚れ薬など飲んでいないぞ。正気だ」
私の顔のすぐ上で、いたずらっ子のように笑うナジェは艶かな魅力を放っている。
「あの時だって効いてなかったじゃない」
揶揄われたことを思い出し、少しムッとしながら言った。
彼はクスッと笑って私の髪に指を通しながらその手を後頭部に回し、優しく包んだ。
ナジェは、強引じゃない。
私に触れるその手も、こちらを見つめるサファイアブルーの瞳も、いつも通りとても優しい。
そして、ちゃんと私に選択させてくれる。
その瞳が告げているのだ。
『嫌なら逃げろ』と。
いいのかな、どうなんだろう。
いろんな事情とか、王宮で会った重鎮たちの顔、文官の人たちが話していた噂、大臣の言葉、沢山のことが心に浮かんでくる。
でもいまこの瞬間の彼の気持ちを受け止めたい、信じたい。
私は怖がらずに正面から向き合うことにする。
だって、あなたのことが────
「好きだ」
ナジェはぽつりと、でもはっきりと言って私を真っ直ぐ見つめる。
そこにはいつもの揶揄うような雰囲気はなく、只々誠実な気持ちが伝わってきた。
私は嬉しさに包まれて、これまでの切ない気持ちを思い出しながら、浮かんでくる涙が溢れないよう彼をじっと見つめた。
「私も……大好き」
振り絞るように声を出して言うと、抑えきれず私の瞳から涙が溢れる。
それを見たナジェは、一瞬大きく目を見開いてから私をぎゅっと抱き締めた。
まるで壊れ物を抱くように優しく、でも強く。
「誰にも何も言わせない」
私をさらに強く抱き締めながら耳元で囁く。
私はそっと目を瞑り、幸せな気持ちで彼の胸に顔を埋めて身を預けた。




