37.未来の選択
昨日の浄化成功のニュースは瞬く間に王都中を駆け巡った。エメラルド塔内にも少し浮ついた雰囲気が漂っている。そんなお祝いムードの中、私は一人、重い足取りで研究室に向かっている。
なんか行きたくないなあ。
この世界に来てからそんな風に思うのなんて初めてかもしれない。
あの文官たちの噂話を聞いてしまってから、さらには昨日見た大臣の思惑など全てが重なり、ナジェの隣に立つ存在が浮き彫りになってくるような気がして私の心は晴れやかでない。
それがレニかもしれない、という事実が私の心に重くのしかかっているのだ。
昨日はレニに少し変な態度をとってしまったような気がして、さらに足取りは重くなる。
ラガの街を救ったことで、エメラルド塔はこれからより王国内での立場を強固なものにしていくだろう。
それはもちろんとても喜ばしいことだ。
私はこれからどうしよう。
もう帰るアテも完全に消えてしまったし、恋は絶望的だし、こんな魔力じゃ魔道士として生きて行くには無理がある。
そもそも、これから分かりきった未来を想像するとこのまま研究所に留まるのは辛い選択な気がする。
となれば…………。
あれだ!転職!!
この数日間、必死に考えて導き出した答えだ。
我ながら安易すぎる方法だとは思うけれど、これ以外にはどうしても思いつかない。
こんな気持ちを抱えたままずっとここに留まるのは、彼にとっても迷惑になるだろうし、何よりも私自身の心が持ちそうにない。
元の世界でも、就職するまでは色んなバイトをしてたこともあるし、対応力にはちょっと自信がある。
以前行った王都のギルドに行けば、きっと私にもできる働き口が見つかるはず。
飲食店のバイト経験ならあるから、王都の街でレストランやカフェの給仕なんていいかも!
美味しい賄いとかスイーツが食べられるかもしれないし……!
そうと決まったら、お金を貯めよう!
まずは要請道具をたくさん作って、王都の街に小さな家を借りられるだけの資金を集めるんだ。
家具は必要最低限でいいし、服も小物も王宮から支給して頂いたものがある。
そう考えてみると、新しい生活を始めるのも悪くないかも!
どうにもならないことを嘆いてたってしょうがない。
うん、ここは私の前向き思考と諦めの良さを思い切り発揮していこう。
そう考えてほんの少し元気を取り戻し、気持ちを切り替えて研究室の扉を開けると、みんなが慌ただしく何かを準備しているところだった。
私がぽかんとしていると、ナジェと話していたレニが足早にやってくる。
「リシャ! 遅かったじゃない。さ、行くよ」
「え? どこに?」
「王宮の広間だよ。今回の穢れの浄化の件で、エメラルド塔が国王陛下から褒章を賜る式典があるって昨日説明されたでしょ?」
っあ……、そういばそんなこと言っていた気がする。
それどころじゃ無くて全然耳に入ってなかった。
「あっ! そうか、そうだね。へへへ」
ごまかすように愛想笑いを浮かべた私にレニは少し呆れ顔になる。
ナジェも近くにやってきて、レニと二人してさあ行こうと私を促した瞬間、扉が開いて魔道士の一人が慌ててみんなに訴えかける。
「すみません、誰か道具室から式典用の魔法石を持ってきてもらえませんか?! 手が足りないんです!」
褒賞の式典では必要なエメラルド塔を象徴する飾り物らしいが、見回してみると、みんなそれぞれ手荷物があり手一杯の様子が伺える。
「あ! 私行きます!」
思わず反射的にその魔道士さんに声を掛けると、彼は安心したように頷いて「お願いします!」と私に言ってから慌てて出て行った。
「そ、それじゃ! 私は魔法石を取ってから向かうから二人は先に行ってて!」
そう言い残し、びっくりした様子で顔を見合わせるナジェとレニを見ないようにして、私は慌てて道具室へ向かって飛び出した。
ふう、今はあの二人と一緒にいるのが気まずいから丁度よかった。
そう思いつつ道具室に入り魔法石を探していると、後ろで扉が開く。
「リシャ?」
すぐにレニが顔を出したのでびっくりした。
「ねえ、なんか昨日から変なこと考えてない?」
「な、ななな何が?」
「もう、リシャって思ってることすぐ顔に出るよ」
「……!」
「言っとくけど私まだ結婚する気なんて全然ないし、するとしても所長なんて絶対あり得ないからね」
「……でも、ナジェはそれがいいって思うのかもしれないし」
立場的にも。
それだけではなく、レニはすごくいい子だ。
人柄も素晴らしくて美しさも教養も気品も能力も、全てを兼ね備えている。
私だって大好きだ。
「ぷっ……所長が……あり得ない。どう考えてもリシャとお似合いよ」
「ううん、大臣だってそう言ってたじゃない。王宮の文官さんたちも前に同じようなこと言ってたし……」
「だからそんな風に思い詰めてたのね。そんなの周りがただ勝手に言ってるだけよ」
レニは、なーんだといった風に明るく言い切る。
「それに、と、年下は……」
「またそんなこと言って! 所長がなんでリシャに優しくするのか分かってるでしょ?」
「それは、ただ、ティナ様のことがあって責任感じてるのよ……」
「…………まさかその歳で所長の想いに気づいてないわけじゃないよね?」
「あ! ひどい! 歳は関係ないじゃない!」
「でしょ? じゃあちょっとぐらい年下だって関係ないよ」
「う……」
「素直になって認めようよ。リシャ以外に所長に寄り添える人なんていないんだよ」
「…………」
「ほらほら、行ってきなさい!」
明るく言って、レニは励ますように私の背中をぽんと押した。




