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33.ハニカの想い

 まだこの時間なら研究室の隣の執務室で仕事をしているはず。私はドクドクと波打つ鼓動を抑えながら、王宮の図書館から戻って来た。



 執務室から漏れる灯りを確認し、深呼吸をしてから扉をノックする。



「はい」

 扉の内からハニカ様の声が響く。


「あ、あの、少しよろしいでしょうか」

 すると、すぐに扉が開き、ハニカ様は驚いた様子で私を見た。



「こんな時間にどうされたのですか? 何かありましたか?」

 そう言って心配そうに私を見つめる彼は、いつもと変わらない優しいハニカ様だ。



 戸惑う私を招き入れてソファに座るよう促す。私の緊迫した様子を見てとったのか、グラスにお水を汲んで渡してくれた。


 なんとなく、口をつけるのに抵抗を感じてしまう。



「あ、あの」


 私の只ならぬ様子を落ち着けようと、ハニカ様は隣に遠慮がちに距離をとって座り私の手を取る。


「はい。ゆっくりでいいのでお話ください」


 まるで、子供をあやすように優しく言っている。そんな様子を見ていたら余計に混乱してきてしまったが、なんとか心を落ち着けて口を開いた。



「今、その……、お、王宮の図書館に行ってきました」


 一瞬ハニカ様の表情が揺らいだ気がする。


「それで、扉の研究についての本を読んだのです。そこには聖女様の活躍が書かれていました。そして紫の扉について書かれていたんです」


 ハニカ様の顔がどんどん暗くなる。


「一番大切な続きの部分だけがなかったので確認したら……魔法研究所の副所長が借りていると言われました」



 ハニカ様は俯き口を開く。


「そうでしたか……」


「本当ですか? 昨日まだ分からないと言っていたのは嘘だったのですか?」


 ハニカ様は私の手を優しく握っているその指先に少し力を入れて答えた。


「申し訳ありません……」




 やっぱり、そうだったんだ。私に扉の事実を隠そうと嘘をついたんだ。


 私はショックで体中の力が抜けるようだった。私はそんなにもハニカ様に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。


 何から何までお世話になって、今まで甘え過ぎたせい?自分のことしか見えていなかったことに猛烈な反省の気持ちが湧いてくる。




 そんな私の様子を見て、ハニカ様は悲痛な面持ちで握った手にさらに力を入れて続けた。


「本当に申し訳ありません。私は弱い人間です。自分のこんな個人的感情を優先してしまうなんて……」



 …………?



「リシャ様にお伝えする勇気がなかったのです。心の準備が必要でした」


 ん?勇気?心の準備?

 私は話がどんどん違う方向に逸れていくような気がしてなぜか焦った。




「あなたがいなくなるという可能性から目を背けたかったのです」

 

 悲壮でいて、どこか甘い雰囲気のする表情を浮かべて私を見つめるハニカ様に戸惑う。



 なんか、その言い方って……。


 ここまで言われると、いくら鈍い私でもこれまでの言動を……あの夜会の日の言動と合わせてみると、この歳にもなれば大体の予想がついてしまう。


 もしかして、ハニカ様は……。




「あなたのことが、好きなのです」


 ハニカ様は金色の瞳を輝かせながら真っ直ぐに私を見つめて言った。




 ……あ、答えなくちゃ。


 私が息を吸って口を開こうとした瞬間、


「でも、それは私が勝手に思っていることです」


 そう言って顔を赤くして、我に返ったように握っていた私の手をパッと離した。



「わかっています、リシャ様が所長を大切に思っていること」

「……」

「私もリシャ様を大切に思う以上に、所長を尊敬し大切に思っています」

「……!」



「私が生まれ育ったのは代々続く魔道士の家門でした。幼い頃から厳しい父の元で修行に励んできましたが、優秀な兄といつも比べられては叱責される日々でした」


 苦笑いをしながらそう言うハニカ様はなんだか少し寂しそうだ。いつでも優雅で完璧に見える彼にそんな一面があったことを意外に思った。



「自己嫌悪と父からの重圧に耐えているギリギリの状態の時、王宮の魔道士候補としてやってきた所長と出会ったのです。所長はあの通り本心をあまり見せない人ですが、仲間想いの素晴らしいお方です。孤独な私に手を差し伸べてくれ、私のことを信じて多くのことを与えてくれました」


「だから本当に所長には感謝しているんです。あの方はそう言っても恥ずかしがって相手にしてくれませんけどね」



 うん、ナジェっぽい。


 私がそう思っているのが分かったのか、顔を見合わせてクスクス笑った。



「リシャ様はとても強くて優しいお方ですね。所長と似ている……」


 ハニカ様は、まるで何処か遠い所にあるものを見るような様子で言う。


 それから少し俯いた後、顔を上げて私を真っ直ぐ見つめる。



「この本についてお伝えしなかったことをお許しください。これはリシャ様が読むべき本です。そして、紫の扉をどのように使うかはリシャ様に選ぶ権利があります。リシャ様にとって最善の選択をされてください」



 その真っ直ぐな瞳から、彼の優しさと決意を感じた。私は今は何を言ってもふさわしくないような気がして、一言だけお礼を伝える。


「ありがとうございます」





 ハニカ様がすぐに王宮の図書館で返本の手続きをすると約束してくれて、私は明日それを改めて借りに行くことになった。


 今ここで渡してもらうのはダメなのかな……?


 そう思っていたのが顔に出ていたのか、ハニカ様は、


「王宮の本は厳しく管理されています。特に魔法関連の書は情報漏洩を防ぐために厳重に管理されているので、又貸しは禁止されているのです。図書館から一歩でも外に持ち出したからには、例え王宮内やそのすぐ隣のエメラルド塔内であっても厳重な扱いを求められます」


 と、説明してくれた。


 そうなんだ。……でもちょっとくらいならバレないんじゃ……。



「魔法で管理されているので、誰がこの本に触れたのか、読んだのかということはすぐにわかってしまうのですよ」

 と、優しく諭されてしまった。



 あ、なんかごめんなさい……!ズルしません!


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