29.魔道士ゲルマーの研究
波乱のお茶会を終えてからというもの、私はあの恥ずかしさを忘れたくてゲルマーさんの研究について調べることに熱中していた。そうしていると、幸いにも相変わらず忙しそうなナジェと顔を合わせずに済んだ。
研究室内の資料だけでなく、エメラルド塔の外れにある書庫にも魔法書がたくさんあると教えてもらったので、今日は仕事終わりに行こうと決めている。
「あー、やっと終わったね」
疲れ切ったレニが伸びをしながら言う。
実は、ここ数日、要請道具の作成依頼が急激に増えていたため、所内の魔道士たちのノルマが大変きつかったのだ。みんなで手分けして頑張ったおかげか、その日々からやっと解放される目処がついた。
「ねえ、後で食堂の料理長が新作スイーツの試食しないかって誘ってくれたから行かない?」
料理長の新作スイーツ!
以前、食堂の料理長はスイーツ好きの私の噂をどこかで耳にしたのか、異国から来た私に新作スイーツの感想を求めてきたことがあった。その意見が重宝したらしく、それ以来、新作が出来る度に感想や意見をする代わりにご馳走してくれることが増えていった。今ではレニと私の仕事終わりの楽しみのひとつになっている。
「うーん、魅力的なお誘いだけど今日はちょっと行きたいところがあるからやめとく」
「えー、珍しいね。どこ行くの?」
「うん、エメラルド塔の外れの書庫にちょっと」
「あ、扉について?」
「うん」
「そっか、それは大事だね。じゃあ料理長にはまたって言っとくね」
「ありがとう」
そのままレニと別れて研究室を出た私は書庫へやってきた。入口を入るとすぐ受付があり、魔道士のローブを着ている私は何のお咎めもなく通過することが出来た。
書庫の中は少し薄暗く、所狭しと本が並んでいるばかりでどこに何の本があるのかさっぱり分からなかった。
これは聞いてみないと分からないな……。
私は受付に戻り、係りの人らしき男性に声を掛けた。
「あの、ゲルマーさんの本が読みたいんですが、どの辺にありますか?」
受付の男性は私を一瞥して気怠げに答えた。
「あぁ……魔法書関連は真っ直ぐ行って右ね」
「あ、ありがとうございます」
一応お礼を言って奥に進んだ。なんだかやる気がなくて無愛想だ。
気を取り直して、言われた場所に来ると魔法書がぎっちり並んでいる。一つひとつ手にとって確認しながら、この辺り一帯の本を見てみたが特に目新しいものはなかった。
うーん、収穫なしか。諦めかけたところで、受付の男性がやってきた。先ほどのやる気のなさそうな態度は消えている。
「あ、あの、ゲルマー氏の本をお探しなんですよね?」
「はい、そうなんです」
「だったら、あっちの旧書庫に置いてあるかもしれないですよ」
そんな場所もあるんだ。私は一筋の光を感じてすぐさま言った。
「見てもいいですか?!」
「もちろん! どうぞこちらに!」
男性はものすごく愛想よく案内してくれた。旧書庫と呼ばれたそこは、今にも壊れそうな扉を開けた先にあり、今見ていた書庫よりもさらに薄暗く埃っぽかった。ここなら古い資料が眠っていそうだ。
「ありがとうございます」
男性にお礼を言うと、
「ごゆっくり!」
と言って、彼は満面の笑みで去って行った。
なんだったんだろう。
ま、いいか。ここなら何かいい情報が掴めるかも!
これがまさかティナ様の差し金だとも気づかずに私は呑気に本を探し始めた。
さすがに旧書庫と言われるだけあって、これまで読んできた魔法書よりも古いものばかりだ。そうして書庫の奥まで入り込み、夢中で本を漁っていると微かに『カタン』という音が聞こえた気がした。
ん?なんの音だろう。何故か気になって、音のした方向へ戻ってみた。多分入ってきた扉の方だったような気が……。
入り口の方を見てみると、さっきまで開いてた扉が閉まっている。なんとなく扉に近づき開けようとしたがびくともしない。
えっ、なんで開かないの?扉をドンドン叩いて先ほどの受付の男性に呼びかけたけれど、返事はなかった。
一瞬焦ったけれど、まあ書庫を閉める時間になっても私が出てこなかったらさすがに見にくるだろうと思って私は調べ物を続行した。
諦めと開き直りは私の長所だ。たぶん。
そうして奥の本を延々と漁り続けて、かなりの数の本を読み終えてついに魔道士ゲルマーの本を見つけた。
そこには扉についての研究が記されている。
段々と内容は核心に近づいていき、私はドキドキしながらページをゆっくり捲った。
『そうして私はついに扉の秘密を見つけた。それは…………』
というところで、続きの部分が破れてる!!
なんでーー?!
心の中でそう叫んだ瞬間と同時に、入り口の扉の方からドンドンドン!!という大きな衝撃音が聞こえてきて思わず叫んだ!
「きゃあ!!」
「リシャ?!?!」
叫び声と、人の足音がどどどっと聞こえてきたので慌てて入口の方へ戻ると、そこには厳しい顔をしたレニとナジェとハニカ様、そして研究所の魔道士たちがいた。
次の瞬間、私はみんなに訴えた。
「あのね! この続きがないのよ!!!」
私がそう言いながら本の破れた箇所を見せると、みんな目が点になって動きを止めた。
その静寂を破ってナジェがぷっと吹き出し、笑い出す。
つられてみんなも笑い出し、場は一気に和やかになった。中には小声で『所長が、笑ってる……』と唖然としている人もいる。
「この続きにはきっと元の世界に戻れるような重要なことが書いてあるはずなの」
私が必死に訴えていると、みんなが笑っている中でハニカ様はひとり浮かない顔をしている。
あれ?どうしたのかな?
ナジェは笑いながら傍にやってきて私の手を取ると少し真顔になった。彼の手がすごく温かくて、私は自分の身体が冷え切っていたことに気づく。
気づけば書庫に備え付けられた小さな窓から見える外の空は深い夜の闇に覆われていて、ここへ来たときから数時間は経過していたことを物語っていた。
あ、そうか、みんな私を助けに来てくれたんだ。
そんなにも長い時間が経っていたことにやっと気づく。
ナジェは私の身体に自分のローブの上着を掛けて優しく微笑んだ。
「とにかく、部屋へ戻ろう」




