24.お母さんみたいな
今日はいつもの要請道具を作るために、庭園へハーブとお花の採集に来ていた。ここはいつも王宮の庭師さんが精魂込めてお手入れをしてくれているおかげで植物たちはとても綺麗で元気だ。
陽が当たって気持ちいいから、ついついスミレ畑の前でぼーっとしてしまう。最近、こうしてぼんやりしているときに浮かんでくるのはいつもナジェの顔だ。相変わらず、全然会えていない。
「会いたいな……」
思わず口からこぼれてしまった言葉だけど、どうせ誰もいないんだからいいよね。
「誰にだ?」
突然、後ろから声がしたのでギクッとして振り返ると、そこにはいつもと変わらないナジェの顔があった。
ええええええええ!聞かれた!!しかも本人に……。ていうか、なんで気配もなく突然後ろにいるの?!?!
「あ、あのね! 魔道士さんよ。昔、扉について研究していたっていう魔道士のゲルマーさんについて調べているの」
私は慌てて言い繕った。
「ふーん」
ナジェは納得がいかない、といった風に私を見つめながらさらに言う。
「もういないぞ」
うん、分かってるよ。前回の聖女様を召喚した70年前の時点でご高齢のお方だったんだから、それが自然だよね。
「だから、会えないぞ」
何故かムスッとした様子で言っているナジェがなんだか可愛く見えた。やっぱりこういうときには年下であることを感じる。ふふ。
「しかし何故ゲルマー氏のことを調べてるんだ?」
あ、そうだよね。私は扉について考えた自分の考察を説明した。
「そうか、帰りたいのか……」
ぼそっと呟くようにナジェは言った。
その俯いた顔を見た瞬間、私は少しだけ心が痛んだ気がした。考えてみれば、元の世界に帰るってことは、ナジェともう会えないってことだ。当たり前のことを今更噛み締めてみる。
「まあ、ゲルマー氏の研究についてなら俺も調べてみよう。お前一人の頭じゃどうにもならんだろう」
揶揄うような態度でそう言いながら、私の頭をぽんぽんとなだめるようにたたく。
むっ。
「ちょっと、バカにしてるでしょ! 私だってやればできるんだから!」
思わずムキになって言い放つ。
「でも、睡眠と食事はしっかり摂るんだ。少し痩せたか?」
私の頭に手を乗せたまま、ナジェは少し真剣な眼差しを向けてくる。そういえば最近、仕事の時間が終わった後は調べることに夢中になっていて、食事も睡眠もおろそかにしていたかもしれない。
何かに夢中になると、本当に“それ”しか見えなくなっちゃうのは私の欠点かな。
「うん、ちょっとだけ。大丈夫」
大げさに言って元気に見せる。
「手伝ってやるから無理はするな」
そう言って、ナジェはその綺麗なサファイアブルーの瞳を輝かせながら続ける。
「何かして欲しいことがあったらいつでも言うんだ」
そんな顔で見られたら、と、ときめきが止まらないよ、どうしよう……。
っていうか、なんだろうこの、まるで恋人でも甘やかすような態度は。ナジェって元々こんな人だったっけ……?
考えていると顔が赤くなってしまいそうだったから、雑念を振り払い慌てて言った。
「あ、じゃあ、お願いがあるの。またスピンの所に連れて行って欲しい。元気にしているか見たいし、お父さんの具合も気になって」
「それなら視察の合間に何度か行ってきた。まだ完全ではないが、治癒魔法で症状もだいぶよくなってきてる」
「そっか、よかった……!」
「あの子供が会いたがってたぞ」
「スピンね! 元気だった?」
「ああ。今度は一緒に行こう」
そう言って私の頭をぽんぽんと撫でる。やっぱりナジェ……ちょっと変?
その後すぐに王宮の人がナジェを呼びに来て慌ただしく連れて行ってしまった。やはりすごく忙しそうだ。
なんだか腑に落ちないような、不思議な気持ちのまま研究室に戻ると、顔に出ていたのかレニが心配してくれた。
「リシャ大丈夫? 何かあった?」
「いや……なんかナジェが少し変だったから」
「所長が変? どんな風に?」
「うーん、なんていうか、お母さんみたいっていうか」
私は先ほどナジェと話したときの様子をレニに伝えた。
するとレニは突然、真顔になり静かなトーンでぶつぶつと呟き始めた。
「へえ……あの冷静沈着で愛想もなく人に興味が無いと言われているエメラルド塔きっての無表情な最強の氷の魔道士が……そうねえ、所長みたいなタイプは一度気づいたらもう止められなくなるんだろうね。きっと気づいちゃったのねえ自分の気持ちに。そして、決めたんだろうねえ。ふふ……」
レニのいつもの謎の呟きタイムだ。こういうときは収まるまでそっとしておくのが一番いいのよね。




