22.頼れるレニお姉ちゃん
「リシャ、私。入ってもいいかな」
扉の向こうから聞こえてきたのはレニの声だった。私は嬉々としてレニを迎え入れた。
「身体は大丈夫?」
「うん、もうなんともないよ」
「ほんと、昨日はビックリしたよ〜!」
「うん……レニとハニカ様が来てくれなかったらどうなってたか……本当にありがとう」
「無事でよかった」
改めて私をじっと見つめ、レニが息を飲みながらそう言った。
「でもレニはよくあそこに私がいるって分かったね」
自分で言いながら、昨日のあの瞬間を思い出してゾクッとした。2人が来てくれなかったらと思うと本当に恐ろしい。
「たまたま通りがかった令嬢たちからリシャの話をしているのが聞こえてきてね」
そう言って、ちょこんと立てた人差し指の先に貯めた魔力を光らせた。
「ちょっと質問に答えてもらったのよ」
その可愛い顔とは裏腹に、何をしたのか想像すると怖いよ、レニ……。
でも私のために必死で探してくれたんだね。ありがとう。
「あの場所は魔物が出るから騎士団の訓練の場所として使われている所なのよ」
「?!」
「この国には白・青・青緑・紫の色をした4つの扉があるの。そのうち3つは三大侯爵家の家にあって、扉の先は同じ“魔物が出る場所”へ通じてるわ。それぞれの家門の騎士団が訓練所として使っているの。ただ紫の扉だけは王宮にあって、噂によると3つの侯爵家にある扉とは違う場所に行くらしいの。滅多に使われることはないらしいし、本当のところはよく分からないんだけど」
へえ!そういうことか。ゲーム好きな私としてはすぐに理解できた。
「なるほど、ダンジョンってことね」
そこで魔物を倒してレベルアップしていけるのね。
「だんじょん?」
不思議そうなレニを尻目に私は1人で納得した。
レニは気を取り直して続ける。
「いつもなら扉は厳重な管理がされていて、解錠してあるなんてことはないと思うんだけど……」
鋭く目を光らせたレニは私を真っ直ぐ見ながら言う。
「質問に答えてくれた3人の令嬢はティナ様の取り巻きなの。彼女たちはわざとリシャを誘導したようにしか思えない」
なるほど、そういうことか。私にはなんだか納得がいった。
「実は前に庭園でレニが助けてくれたとき、ティナ様に私の婚約者に近づくなって言われて」
「……そう、それでリシャをあんな目に合わせたのね」
「でも、私もいけないんだと思う。そう聞いたときからナジェとの関わり方をきちんと考えるべきだったのに」
そうだ。きちんと距離を置くべきだった。だから私は自分の気持ちに気づいてしまったことは、レニには言わずにいることにした。
「そうだったのね……。あのね、そう言うことならまず誤解を解いておくけど、所長とヴェルナー侯爵令嬢との婚約は正式に王宮に受理されているわけではないのよ」
「えっ?」
「見れば分かる通りティナ様は執拗に所長を追いかけてるけどね。所長が頑なに拒んで王太子殿下に却下するよう指示してるんだって」
王太子殿下に指示って。なんだかそれもナジェらしくて笑ってしまいそうになった。
「お二人は小さな頃から絆が強いからね。殿下も所長の頑固さには苦笑いしてるってお父様が言ってたわ」
レニも半分呆れながら笑っている。
「ただ、ヴェルナー侯爵家の勢力は王宮も一目置くほど、多くの貴族達をまとめてバランスを保っているし、親族には王家に関わりのある人もいるから決して無視はできないの」
「そうなんだ……」
「そう、だからその権力を盾に所長を誰にも取られないようにああやって婚約者気取りでいるのよ。困ったお嬢様よね」
それからレニはぐっと体に力を入れて呻くように言った。
「今まではその程度で済んだけど。いくら所長が分かりやすいからって、リシャにあんなことするなんて許せない……!」
まあまあ、落ち着いて……。
ん?分かりやすい?
「だって、所長はあんなに……」
レニは私のきょとんとした顔を見てから、言葉を切って頭を抱えた。
「いや、ううん、なんでもない。いくら見れば分かるような態度でも私が勝手に所長の想いをリシャに語るなんてよくないわよね……副所長にもなんだか悪いしね」
小さくぶつぶつと呟いてからレニは私に向き直った。
「とにかく! ティナ様は婚約者なんかじゃないし、あなたに対して良からぬ感情を抱いているのは確かだから、これから充分に気をつけよう!」
「う、うん」
レニの勢いに押されて、取り敢えず頷いておいた。
とはいえ、今のこの状況は暇すぎる!
「でもまずは早く研究に戻りたいよ〜。元気が有り余っちゃって、もうこれ以上休んでられない……!」
レニは私の様子を見て苦笑いしながら答える。
「所長も副所長もリシャを大切にしすぎて過保護よね。私からも2人にもう大丈夫だって伝えておくよ。明日からまた復帰しよう!」
やった!
なんだか本当に、レニって頼れるお姉ちゃんみたい。




