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9.侯爵令嬢ティナ様

 昨日のあの微妙な空気をいつまでも引きずって、なかなか寝付けなかったせいもあり、今日は朝早くから研究室のブースに入っていた。


 そのお陰で、先日ナジェに相談していた魔法道具の設計図を全部仕上げることができた。



 早速作りたくてワクワクしてくる。


 承認が得られる間に材料を確認しておこうかな。

 これを作るならハーブとお花の両方が必要だよね。



 そう思いながら引き出しにしまってあるハーブの箱を見るともう残り少ない。



 まずは材料になるハーブを取りに行かないと。

 そう思った私は、はやる心を抑えて早足で庭園までやって来た。


 綺麗に整った花壇から慎重にハーブを摘み始める。


 ついついあれもこれも欲しくなってしまうけれど、魔法の進み具合と上手に合わせないと無駄にしてしまうから、その塩梅がけっこう難しい。




 設計図をもとに制作過程を思い浮かべながら必要なハーブを厳選していると、突然後ろから女性の声がした。


「あなたね、突然現れたという異国の女は」


 振り返ると、美しいドレスを着た絶世の美人が冷やかな微笑を浮かべて立っていた。


 長く艶のある綺麗な金髪はゆるくウェーブがかかってとても柔らかそうだけど、その儚げな印象に反して鋭い視線を送ってくる。

 口調にも棘があってなんだか怖い……。



 私、何か知らぬうちに粗相をしてしまったのだろうか。

 でも初めて会う人だ。



 答えられずにいると、彼女は声に鋭さを増して話しかけてくる。


「この前ナイジェル様と話しているのを見かけたの」


 魔法道具の話をしているときのことだろうか。

 でもなんでこんなに怒っているんだろう。


 ひょっとして、ナジェのことが好きだとか……。





「婚約者のいる殿方とあんなに親しげに話すなんて、はしたないですわよ」



 えっ、婚約者…………?


 私が動揺していると、彼女は不敵な笑みを浮かべて私に言い放った。



「この私、ティナ・ヴェルナーの婚約者ですわ」


「……っ」


 頭が真っ白になって何も言葉が出ない。




 いや、そうよね。落ち着いて考えればなにもおかしなことじゃない。

 5つ年下といえどナジェだって立派な大人なんだから、結婚しててもおかしくない年齢なのだ。



 でも、なんだろう、この気持ち……。




「しかもあなた、ナイジェル様より5歳も年上だそうじゃない」


 うっ、そんな言い方しなくても。



 いや、っていうか、私とナジェはそんな変な関係じゃない。


 私が口を開こうとした瞬間、遮ってティナ様は言葉を続ける。


「勘違いなさらないで。あなたは異国から来た聖女候補だからみんなが優しくしているだけなの」


 ティナ様はどんどん声を荒げていく。


「そして、貴族である私やナイジェル様とは立場が全く違うことに気づきなさい。異国から来たあなたは平民とさして違わないのよ」




 そこまで言われたら、何も言えない。


 確かに私はこの国では部外者だ。

 しかも聖女として役に立つどころか、王国内のことも貴族の世界のことさえ何もわからない。


 私を鋭い視線で見つめるティナ様と、黙ったまま何も言えない私の間に重い沈黙が流れていく。




 そんな空気を打ち破るように、突然明るい声が響いてきた。


「リシャ様、どうされましたか?」


 振り向くとそこにはレニがいる。



「あら、ティナ様ではありませんか。ごきげんよう」


 レニがいつもの雰囲気とは違って貴族の令嬢らしい振る舞いをしている。



 ティナ様は少し怯んだように、勢いを失速させた。


「あら、ノイラート侯爵令嬢、ごきげんよう」


 どうやらレニには頭が上がらないようだ。



()()()とはどのようなお話を?」


 レニは聖女様の部分をやけに強調した。


「いえ、この国の在り方について少しお伝えしていただけですわ」


「そうでしたか」


「お父様が謁見の間から戻る頃ですので失礼致しますわ。ではごきげんよう」


 ピンと背筋を伸ばしてティナ様は去って行った。



 その様子を見送ってから、私は思わずふーっと大きくため息をついた。


「レニ、ありがとう。助かった」


「向こうを通りかかったときに2人が話してるのが見えたから、なんだか気になって」


「なんか……貴族の令嬢様ってこわいのね」


 私はレニが貴族令嬢だということをすっかり忘れて呟いた。



「ううん、貴族のご令嬢たちがみんなティナ様みたいだとは思わないでね。もっと素敵な人だってたくさんいらっしゃるから」


「うん」


「……大丈夫? 何か言われた?」


「ううん! 大丈夫、ありがとう」


 笑って答えたけど、ちゃんと笑えている自信はなかった。

 レニは私を心配そうに見つめている。




 “婚約者”と聞いたときのショックが、なんでこんなに心を占めているのか自分でもよく分からなかった。


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