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悪女の捜索

 人には魔力があり、魔法は妖精の力を借りて使う事が出来る。


 妖精は、火、水、土、風、光、闇とそれぞれ特性を持ち、自然界に存在している。

妖精の力は千差万別であり、目には見えない下位妖精などは生活魔法程度の力しか使えない。


 姿を具現化出来る高位妖精は、戦闘で使えるような大きな力を持っている。

 

 だが、高位妖精の力を得る為には、その妖精から【祝福】を受けなければならない。


 妖精は血に流れる魔力の素と引き換えに力を貸している。

高位妖精からの祝福を得るためには、魔力の素である血を気に入ってもらわなければならない。


 どのような血が気に入るのかは、気ままな妖精次第だ。


 だが、妖精の数が人よりも多かった時代、妖精達の長である大妖精は、気に入った者に高位妖精の力を貸し与えた。

そして、その力は子孫に脈々と紡がれていき、現在でも受け継がれている。


 その子孫たちとは――王国の貴族達の事である。


♠♡♦♧


(もう!いつまでこうしているのかしら)


 ジュリエットは今猛烈にイライラしていた。


 ジェットの執務室を出て階下に降りると、ライはギルドにいた冒険者達にあっという間に囲まれてしまう。

Sランク冒険者の肩書に群がっているというよりは、皆ライを仲間として慕っているといった雰囲気だ。


 角が頭に生えている者や、モフモフの耳と尻尾のついた者、白い体毛で全身が覆われた大きな体躯の者といった混血やそれぞれ異なる国から来た人種の冒険者が、ライを中心として他国の言葉で語り合い、肩を組んで笑い合う。


 ライの着ているジャケットのフラップポケットの中にいるジュリエットは、賑やかな声に惹かれてフタの隙間から覗いて外を見た。


(慕われるってこういう感じなのね……)


 「悪女」と遠巻きにされていたジュリエットにとって、ライが立つ側の世界はとても眩しく、そして自分が長年求めていた光景でもあった。

そんな風に感傷に浸っていると、辺りを突然、甲高い声が支配し始める。


「きゃーライじゃない!」

「ライ~会いたかったわぁ」

「ねぇねぇ、こっち来て一緒に飲もうよ~」

「いや、ウチと飲もうや~ついでにイイコトしよ?」

「ずるいずるい!あたいもライと一緒にいたい!!」

「ライ、ムコに来るネ」

「ライさまぁ~聞いて下さいよぉ」


 現われたのは女性冒険者達で、それまで和気あいあいとライを囲っていた厳つい男性達は彼女達に追いやられてしまう。

女性達は台風の如くライを取り囲むと、互いを牽制し合いながら甘言を吐き肩や腕にしな垂れかかった。

 

 そんな光景をジュリエットは胸ポケットの隙間からもやもやとしながら見ていた。


(なっ……!一体彼女達は何ですの!!?破廉恥ですわ!!)


 一方のライは慣れた様子で適当に相手をしながら、しな垂れかかる女性達の近況を聞き会話を繰り広げている。

ライと女性達との途切れる事のない会話に、ポケットにジュリエットがいる事を忘れているのではと、イライラがピークに達した頃「ジュリエット・セレスタイン」という声が耳に入ってきた。


「このビラのジュリエットって令嬢、行方不明なんだってな」

「あぁ俺もその話聞いたぜ。この令嬢、貴族の間じゃものすごい悪女だって噂が立ってるらしいぜ」

「そんじゃぁ、恨まれて拉致られたかぁ」

「オレは男と駆け落ちしたって聞いた」


 掲示板の前で立ち話をする男達の声が聞こえてくる。

掲示板には、ギルドの依頼とは別の行方不明者の捜索願や、逃亡した犯罪者の情報提供を呼びかけるもの、迷い犬や亀といったペットを探しているという張り紙など、色々な物が掲示されている。

 

 その中にジュリエットの捜索願も張り出され、男達は面白おかしく噂話をしているのだ。

ポケットの中で聞こえてくるジュリエットの悪評は、学院や貴族の間で広まっている内容と同じだ。


 貴族と縁のない冒険者にまで「悪女」の噂が広まっている実態に、ジュリエットは愕然とした。


(セシリアの流した噂は……王都中に広まっているの?)


 両手で口を押えて体の内側から叫び出したい気持ちを飲み込む。

そして、さらにジュリエットを追い込むような男達の会話は続く。


「それにしてもよ、行方不明者の捜索に報奨金無しって探す気ないだろコレ!」

「それだけ悪い女だったんだろ?こりゃ世間体気にして捜索届だけ出したのバレバレだな。伯爵様はこの女見つけなくていいですって願ってんだろう」

「いやぁお貴族様は恐ぇ!こっちの「犬探してます」の高額報奨金見ると、この犬の方がよっぽど可愛がられてんなぁ」

「ちげぇねぇ!あははははっ」


 世間に叔父の犯行が明るみになったとしても、ジュリエットには報奨金をかける価値のない存在というレッテルがこれからもついて回る。

 

(元の姿に戻れたとしても、わたくしの醜聞は一生ついて回るわね)


 ジュリエットは両手をぎゅっと握りしめた。貶められた悔しさから握った拳が震える。



「うおっ!?」

「お、おい何やってんだよ」


 その時、男達の驚く声が間近に聞こえ、ジュリエットは我に返って耳を澄ました。周囲の騒めき徐々に多くなり、ポケットのフタをそっと上げて隙間から覗いて見る。


「えっ!?」


ジュリエットは思わず小さな声で驚いた。なんと、ライがジュリエットの捜索願のビラをはがしていたのだ。


「報奨金のない捜索願をお前らが見たって意味ねぇだろ」


 ライの突拍子もない行動にギルド内がシーンと静寂に包まれる。

皆が呆気に取られている隙に、ライはスタスタと出口へと向かった。


「あっ、ライさん~掲示物を勝手に持っていかないで下さいよ~」


 静寂を破ったのは受付の男性職員で、のんびりとした独特の口調でライの背中に向かって声をかけた。


「あーわりぃ。この子がタイプだったからコレ欲しくなったんだ。見逃してくれよ」


 ライは声をかけた職員に向かい、ひらひらとビラを仰いでみせギルドを後にした。


「も~うライさんってば、しょうがないですねぇ~。よっぽどお好きなのですね~あのビラの女性が」


 ギルド職員は肩をすくめて仕事に戻る。

今まで呆気に取られて固まっていた冒険者達は、一斉に声を揃えて驚愕したのだった。


「「「「「はいっ???!!!」」」」


 ギルドを出たライは足早に王都の中心街を進む。

ジュリエットはポケットから顔を少しだけ出して、歩くライに声をかけた。


「ライ……どうして?」

「別に。このジュリエットの肖像画が気に入っただけだ。それより腹減ったな、何か食おうぜ」


 そうぶっきらぼうに言ったライの横顔は、照れているのか少し赤い。

そしてそれを悟られまいと誤魔化すように、近くにあった屋台の前で足を止め店主に話しかけた。


 捜索願をはがしたライの行動は、噂話をする男達から庇うためであったとジュリエットはちゃんと気付いている。

 

 そんな不器用な優しさに涙が溢れるのを堪えた。


(わたくし小さくなってから……いえ、ライと出会ってから泣き虫になったみたいだわ)


 ポケットの中に顔を隠すようにしゃがんだジュリエットは、堪えきれなかった涙をこっそりと拭った。


 ずらりと色々なジャンルの屋台が並ぶこの場所は、王都の市街地に造られた公共の公園だ。姿が見えない下位妖精の力を借りて魔法で管理している。

そのお陰で、どこを見渡しても花が美しく咲き誇っていた。

 休日という事もあって人が多く、妖精をモチーフとした噴水で水遊びを楽しむ子供達や色とりどりの花が咲く遊歩道を散歩する人、青々とした芝生に座って読書をしていたり、昼寝をしたりする人など、皆思い思いに過ごしている。


 ベンチに空きがなくライは芝生に胡坐をかいて座ると、自分の太ももにジュリエットを乗せた。曰くハンカチを持っていないから、芝生に直に座らせられないとの事だ。想定外の出来事にジュリエットは、カチンコチンになって唖然としていた。


 先程、屋台で買った東国の食べ物は肉まんと呼ばれる物で、味付けされたミンチ肉を生地で包んで蒸した物だ。

紙袋に入った肉まんからは湯気が出ており、はふはふと熱そうに頬張りながらライの口へと消えていく。


「食わねぇの?」


 肉まんを手に固まっているジュリエットを見て、不思議に思ったライが声をかける。


「い、イタダキマスワ……」


 未だ座っている場所に慣れず、つい片言となってしまう。

そんなジュリエットに、思いがけずライが柔らかく笑った。


 そのタイミングを待っていたかのように、2人の間に風が吹き抜ける。

ライのシルバーブロンドの髪は、きらきらと輝きながら風になびいている。


「ライの髪はとても美しいですわね」


 思わず見惚れたジュリエットが口を衝く。


「男に言う台詞じゃないだろ」


 ライは驚いて一瞬目を見開いた。


「ふふっ、そうね。でもライの髪は、星屑を散りばめたみたいに輝いていてとても美しいわ」


 夜の星を眺めるようにジュリエットはライを見上げる。

自分が口走っているのが口説き文句と同等だと、当のジュリエットは気付いていない。


 ライは真っ赤になった顔を片手で隠して「マジかよ」と小さく呟き、ジュリエットは肉まんをぱくっと頬張りその美味しさに顔を緩めた。


 そんな2人の頭上では、若竹色の木の葉がさわさわと音を立て木陰を落とす。


 その後、ライは芝生に寝ころぶと片腕を枕にしながら、ジュリエットの捜索願のビラをじっと眺める。


「叔父様……もう少し取り繕うとかしないのかしら。これでは先ほどの彼らの言う通り、探す気のない捜索願だわ」


 傍らで見ていたジュリエットが、名前と肖像画だけ載せられた捜索願に呆れて頭を抱えた。


「この肖像画っていつの時のなんだ?」


 俯いたジュリエットに向かい唐突にライが問いかける。


 頭を上げると、ライはビラに載っている肖像画をまじまじと眺めており、ジュリエットは何となく気恥しく感じた。


「えっと……これは、魔法学院に入学する16歳の時に画家に描いてもらった肖像画ですわ」


 16歳になったばかりの肖像画のジュリエットは、少女らしい幼さの残った面立ちで、キツイ目元に口角を上げた勝気な表情をしている。

ジュリエットだけ切り取られているが、隣には亡くなった父親もいて共に描いてもらった最後の肖像画となってしまった。


「へぇ」


 ジュリエットの話に相槌を打ったライは、ビラを折りたたんで内ポケットに入れた。


「あのライ、それどうするのですか?」

「……別に、どうもしねぇよ」


 変な間をあけてライが返事をする。

肖像画に折り目がつかないように折りたたんでいたのを、ジュリエットは目の当たりにしていた。

気のせいかもしれないが、何となく大事にされているような気がして、ジュリエットの心はじんわりと温かくなった。


「ライ、あなたに頼みたい事があります」


 改めてライへと向き直ったジュリエットは、体が小さくなってしまった時から考えていた事を打ち明ける事にした。


「なんだ?改まって」


 体を起こしたライは木に背を預けると、不思議そうな顔でジュリエットを見下ろす。


「セレスタイン伯爵邸に侵入したいのです」


 宣言するようにジュリエットが告げると、ライは藤色の瞳を大きく開いた。

⇒次話、3/27の7時更新です。


Twitterでもご感想お待ちしております。

https://twitter.com/miya2021ko

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