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隣の国は魔族の国

 ヘリオドール王国に近接する土地に、人間や妖精と異なる別の種――【魔族】とよばれる者達が多く住む国がある。

 

 狼人間、雪男、淫魔、妖狐、鬼、吸血鬼など、人型の姿ではあるが種特有の能力を持ち合わせた者達だ。

王国と魔族国の間には深い森がありそこを境界線にしているが、血気盛んな魔族達はたびたび森を越えて侵入し略奪行為を繰り返していた。


 王国辺境の地オーレナイは、境界線の森の側に位置することから魔族から最も被害を受けている地であった。


 その地を治める数世代前のオーレナイ辺境伯は、領地と領民を守るため立ち上がり、侵略してくる魔族達に真っ向から対峙した。

 境界線の森に沿うように魔法障壁を張り、強固な砦と城を造り、戦術や戦闘、医術に長けた人材を育成し、新鋭の魔道具を開発――と、戦力を徐々に増やしていくことで屈強な魔族達との攻防戦を繰り返した。


 幾年か経ち、やがて争いは終止符を打つ。

王国と魔族の間では和平条約が制定され、徐々に王国と魔族間での往来が自由となると、市井では人間と魔族が結婚をして子を成す者も増えていった。

 

 時の流れに伴い、ジュリエットのような昔の争いなど知らない若年層には、人間と魔族が共存している世が当たり前な時代となった。

 しかし年功者の中には、未だに魔族やその子供に嫌悪する者も一定数おり、貴族に至っては魔族そのものに差別意識を持つ者が多い。


 一方で、魔族も身体的に弱い人間を蔑む種も存在する。

特に、王国の貴族よりもプライドが高いと謂われている吸血鬼は「吸血鬼こそが全種族のトップであり至高である」と考える純血主義ばかりだという。


「私のような吸血鬼と人間の混血は希少らしいです」

「そうね、わたくしも聞いた事がないわ」


 ジュリエットはルビーと会話をしながら制服を脱いでいき、背中に刻まれた魔法陣を露わにする。


 アンスール文字が読める人物とは、なんとルビーの事であった。

 

 アンスール文字は未だに解明されていない字体も多く、単語一つ取っても意味が複数あり文章となると、難易度の解読となる。

今すぐに解読は難しい為、魔道具を使って魔法陣を写して数日をかけて解読していくという。

 

 その為、ルビーは先ほどからジュリエットの背中に魔道具を向けて作業している。

パシャッと音が鳴るたびに光るので、ジュリエットは背後でどんな魔道具が使われているのか気になりつつ話に耳を傾けていた。


「人間の母親と私は、吸血鬼である父親の一族によって魔族の国を追われました。着の身着のまま母親と必死で逃げているその時に――ライ様に助けて頂いたのです」

「ライが……?」


 ジュリエットは驚いて思わず後ろを振り向くと、魔道具を下ろしたルビーがこくっと頷いて話し続けた。


「もうすぐ王国の検問所に着くという所で、追ってきた吸血鬼に捕まりました。その時にライ様が割って入り助けてくれたのです」


 ギルドの任務帰りだったライが、たまたまそこを通りかかったお陰でルビー母娘は九死に一生を得た。

そのままライと共に検問所に到着すると、力尽きて意識を失ってしまったという。


 他国から王国に入る際は、入国審査をパスしないと入る事は出来ない。

身分証明と入国申請など様々な書類を自国の公的機関で申請し、王国から入国魔法証を発行してもらう必要がある。


 だが、吸血鬼から逃亡してきたルビーと母親がそんな物を持っているわけもなく、ライは難民認定申請の必要な手続きを急がせて、ルビー達が王国に入れるように手助けをした。それだけではなく――


「母と私に働き口を紹介して下さいました。母はオーレナイ辺境伯様のお城でメイドを、私はこちらのギルドで働かせて頂く事になりました。これも全てライ様の口利きによるものです」


 ライやジェットにはとても感謝しているとルビーは言い、少し笑った隙間から八重歯が覗いていた。


 ジュリエットは先ほどから、胸の高鳴りを抑えられずにいた。

ジュリエットもライに助けてもらい数日経つが、口や態度は悪いけれど随所で感じるライの優しさに救われている。


(どうしてライを思うと、こんなにも胸が雑くのかしら……?)


 脳裏に思い浮かんだ藤色のライの瞳。透き通ったあの瞳を、訓えを破り3秒以上見続けていたいと願う瞬間がある。

 

 まだ恋を知らない初心な心臓はドクンドクンと脈打ち、頬も熱く火照らせた――


「――などと、一瞬でも思ったわたくしが間違いでしたわ」


 地を這うような低い声を、ジュリエットは生まれて初めて出したかもしれない。


 ルビーに籠で送ってもらい執務室へと戻ると、「見積書」と書かれた書類がジュリエットの目の前に掲げられた。


 見積書には、【Sランク冒険者のライ】を雇う為に必要な基本料金や手数料、オプション料金などが書かれた高額な費用が書かれていたのだ。


「ライは、Sランク……でいらしたの?」


 見積書に印字されたSの文字が金色に光り輝いている。


 ジュリエットが顔を上げてみると、執務机に行儀悪く腰を掛けているライが、ニヤっと笑みを浮かべたのだった。


「そうだぜ。俺を雇うには、金が必要なんだジュリエット」


 ギルド認定の冒険者にはランクがあり、初心者はDランクから始まり最高はSランク。Sランクは、大陸中に20人程しかいない。


 ちなみにSランク冒険者には特権があり、ギルドの特別な身分証によって大陸中で好待遇となる。

面倒な申請なしでどの国にも入国が出来てしまい、その上、Aランクの冒険者でさえパーティを組まなければ入る事の出来ない貴重な遺跡は、1人で入る事が出来る。


(先ほどまでの私の感動とドキドキを返しなさいよー-!!)


 長い足を片方上げてそこに頬杖をつく、その恰好ひとつ取っても腹が立つほど絵になる男――ライに向かい、ジュリエットは心の中で地団太を踏むのだった。


「もちろん契約いたしますわ」


 希少なSランク冒険者を雇えるなんて願ってもない事だ。それに、呪いで小さくなってしまった身の上では、1人で呪いを解く手がかりを探すなど無理に等しい。

そもそもジュリエットの性格上、タダ(無料)でライに世話になるのはどうしても気が引けていた。

仕事としてライが動いてくれる方が気を遣わなくて良い。少々値は張るがギルドからの申し出は有難かった。


「ではジュリエット嬢、ここにサインを」


 ジェットが契約書をジュリエットの前に置くと、ノック式のインクペンを持たせる。

自分の身長と同じくらいのインクペンを両手で持ち、ジュリエットは体全体を使って契約書にサインをした。

 書いた所を踏まない様に慎重に紙の上を歩いて、ふぅと息をはいて書き終わったサインを見下ろす。

大きく書いたつもりの【ジュリエット】は、予想よりちんまりとしていた。人間サイズの道具を使うのはやはり大変で、名だけで良いと言われて良かったとジュリエットは密かにほっとした。

 

 ジェットが「よく書けましたね」と褒めてくれたので一先ず安堵する。


「じゃ、次は俺な」


 ジュリエットが持っていたインクペンを、ライが急に引っこ抜く。

バランスを崩してよろけ、手をついた先はペンを走らせているライの手であった。


「ジュリエットはそんなに俺に触れたいのか?」


 ライは意地悪な笑みを浮かべて、ジュリエットを揶揄う。


「――なっ、違いますわ!ライが急にペンを抜いたからでしょう!」

「はいはい、そうだな」


 ジュリエットは慌てて抗議するも、ライは笑いを堪えながら手をひらひらとさせる。

そのちっとも悪いと思っていない態度に、お小言を言いたかったがその気になれずに手をぎゅっと握った。

 ライの温かな手の余韻が、まだ自分の手の内にあったからだ。

ジュリエットの胸はまたドキドキと騒ぎ始め、何も言えなくなるのだった。


 そんな2人のやり取りの合間にも、ジェットは淡々と書類作業を進め、そして、ジュリエットとライがサインした契約書にギルドの承認印を押す。

 これで、正式にギルドへの依頼として受理され、ライはSランク冒険者として権限をフル活用して行動出来るようになる。


「ライ、くれぐれも無理はしないように」


 ジェットは念を押すように話す。

その有無を言わさぬオーラに、ジュリエットは一瞬身震いをした。


「分かってるよ、マスター」


 慣れた様子でライは生返事をすると、ジェットは諦めた様子で溜息を吐いた。


 柔和な表情から想像できない、一瞬垣間見せたジェットの只ならぬ雰囲気に、怒らせたらいけない人だと密かに心に留める。

それと同時に、さすがは王都のギルドを統括させているギルドマスターだと納得もした。


「ジュリエット嬢、ライはすぐ無茶をするんだ。だから、そうならないように貴女にも注意をしてほしい。ライは貴女の言う事なら聞くと思うから」

「わたくしの……ですか?」


 自分の言う事なら聞くとジェットが何故思っているのか分からないが、ジェットが真剣な眼差しを向けてくるのでジュリエットは頷かざるをえなかった。


「おいおい、こんなちっちぇジュリエットに何が出来んだよ」


 ジェットとの会話を聞いていたライが、期待していないと言わんばかりに鼻で笑う。ジュリエットはムッとしてライに反論した。


「失礼ですわ!わたくしだって役に立ってみせます」


 ふんすと鼻息荒く宣言するジュリエットに、ライはまたフッと鼻で笑う。


「黙って俺に守られときゃいいんだよ」

「――っ!??」


 突然、爆弾を落としてきたライに、悲鳴を上げそうになるのを堪えた。


(この男……無自覚なの……!?)


 ライの顔面でそんな台詞を吐かれて、何ともない女性がいるだろうか。

ジュリエットの顔は、ボッボッボッと火が付いたように赤くなっていく。


「ん?なんか顔赤くないか?」


 真っ赤になったジュリエットにライの顔が急接近してくる。

咄嗟に手を前に突き出したジュリエットはそのまま魔法を紡いだ。


「うおっ!」


 ライの顔にビュービューっと風が吹き驚いたライが後ろに下がる。


「だ……ダイジョウブでしてよ!こうやって魔法も使えますわ」


 ブンッと深紅の巻き髪を払って強がるジュリエットに、ジト目でライが抗議した。


「おーまーえーなー」


 不意打ちを食らった魔法の風はライの前髪をくしゃっと乱れさせている。

笑いをこらえきれなかったジェットは、ついに吹き出しながら立ち上がってライの肩にぽんっと手を置いた。


「お前が悪いよ、ライ」

「はぁ?」


 ジェットの言葉の意味をまるで理解していないライは、心外だと言わんばかりの表情で首を傾げる。


「天然は恐いって意味」


 さらに訳が分からないといった怪訝な表情をするライを無視して、ジェットがジュリエットにこそっと耳打ちをした。


「頑張ってね」

「え……えぇ……」


 これから自分の羞恥心と心臓が、天然たらしのライを前にもつだろうかと、ジュリエットは複雑な表情を浮かべ、ジェットの言葉にまたしても頷く事しか出来なかった。


 こうして――ある日突然、体が小さくなってしまったジュリエットは、Sランク冒険者ライと契約を果たし呪いを解くために動き始めるのだった。

⇒次話、3/24の7時更新です。


Twitterでもご感想お待ちしております。

https://twitter.com/miya2021ko

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