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呪われていました

 ライの部屋のぽかぽかと暖かい出窓に座り、小さく切られた果実やクラッカーを食べながらライの話に耳を傾けていた。

 曰く、ジュリエットを攫おうと襲った犯人は叔父が雇った者達であり、さらにジュリエットには呪いがかけられているという。


「情報量が多すぎますわ」


 パリッと味気無いクラッカーをかじりジュリエットがぼやくと、ナイフで器用に剥いた果実を口に入れたライが少しだけ目を瞠った。


「意外と冷静なんだな。身内が手を回してあんたを襲ったんだぞ。ショックじゃねぇの?」


 ジュリエットは持っていたクラッカーを膝に下ろすと俯きながら口を開いた。


「叔父様がわたくしを疎ましく思っている事は、分かっておりましたわ」


 父親の補佐をしていた叔父は、自分に爵位が継承されなかった事を常々不満に思っている様子であった。


 さらに、次の継承者がジュリエットであると知った時の殺意に満ちた眼差しを、ジュリエットは未だ鮮明に覚えている。


「正式な後継者であるジュリエットが失踪してしまえば、王国法に則りセレスタイン伯爵位はあんたの叔父に移っちまう。憶測ではあるが、国家警備隊に失踪届を提出したのはあんたの身を心配してではなく、手続きの為に必要な手順だったからだと俺は思ってる」

「……同感ですわ。失踪届の提出日が早いほど、伯爵位が自分のものになる日が早くなるのですもの。ここまで用意周到に自作自演をされますと、清々しくて腹も立ちませんわね」


 ジュリエットは感情を露わにする事なく、パリパリとクラッカーを食べながら街を歩く人々を眺めた。


 ライの住むこの部屋は今流行の単身用の集合住宅で、交通量も人の往来の多い王都でも人気の中心街に建っている。

 

 特徴的な縦に大きく伸びた建物で、ライの部屋は最上階に位置していた。

無駄な装飾のないシンプルな外観と住みやすいコンパクトな部屋が、利便性を重視する今の若い世代に人気であると王都新聞の記事に書いてあった事を思い起こす。


 伯爵邸のような無駄に広く、ごてごてとした装飾の格式ばった古い屋敷よりもシンプルでコンパクトなこんな部屋に、ジュリエットは密かに憧れていたのだ。


「おーい、どうした?」


 現実逃避するようにぼうっと眺めていたジュリエットが、呼びかけに気付いて視線を上げる。すると目の前に迫っていたライの顔に驚き立ち上がった。


「――ッ!!??レディにみだりに近づいてはなりませんわ!!」


 ビシッと小さな指先をライへ向ける。キッと睨んでいるジュリエットだが、顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。


 そんなジュリエットの反応がつい面白く、ライは笑いながら適当に相槌を打つ。


「ふっ……はいはい」


 叔父の件でそんなにショックを受けていないように見えたライは、次に呪いの魔法についての話を始めた。


「これが見えるか?」


 ライが魔法を紡ぐとジュリエットを中心に水魔法で出来た水鏡が2つ浮かび、合わせ鏡のように自身の正面と背後を映し出す。水鏡に映ったひどい顔をした自分の姿を見て一瞬ぎょっとしたが、背後の水鏡に映った背中が目に入った途端ジュリエットは悲鳴を上げた。


「きゃっ!」


 ワンピース型の下着の隙間から見える、幾何学模様のような暗黒色の魔法陣。それは、ジュリエットの背中一面を覆っており、その禍々しさに息を呑んで思わず目を逸らす。


「ジュリエット」


 その時、ライに呼ばれ弾かれるように顔を向けると、藤色の瞳に情けない表情をした自分の顔が映り込んでいた。

 

 ガタガタと揺れる両手を見て、自分が震えている事に初めて気付き深く息を吐く。


(とにかく……落ち着かないと)


 ジュリエットは瞼をそっと閉じて、幼い頃からよく口ずさんでいた歌を小さく歌う。

今は亡き母親がよく口ずさんでいた歌で、ジュリエットの記憶する一番古い記憶でもあった。


 困った時に歌うと、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。ジュリエットにとっておまじないのような歌だ。

 落ち着いてゆっくりと目を開ける。

ライを真っすぐに見据えると、話の続きを促すようにしっかりと頷いてみせた。


 一方のライは、パニックを起こしかけたジュリエットが、すぐに冷静な状態に戻した事に感心を示した。また、ジュリエットが口ずさんだ不思議な歌の方にも興味を惹かれたが、今は呪いの話の方が先だと改めて話を続けた。


「この魔法陣は呪いによって付けられた印なんだ」


 あの時、背中が燃えるように熱く激痛が走ったのは、この印を刻まれたせいであった。


 ライの淡々とした話し声はジュリエットを冷静にさせ、目を背けた魔法陣に改めて向き直る。


 よく見ると、円を描いている模様は文字のようで、学院の図書館で見た書物の字体に似ている事に気付く。

 その書物は、王国設立前の失われた文明がテーマのマニアックな文献で、全く食指が動かなかったジュリエットは、パラパラと流し見をして本棚に戻した記憶があった。


「この文字は……アンスール文字?」

「よく知ってたな。人間よりも妖精の数の方が多かった時代に、大妖精が人間に伝授したと謂われる文字だ」

「では……この文字を解読出来れば、わたくしが小さくなった原因が解るのではなくて!?」

「元の大きさに戻る手掛かりにもなるかもな」


 魔法で作った水鏡を消しているライに、両手を組んでおずおずとした様子のジュリエットが話しかける。


「あの……ライはアンスール文字を読めるのかしら?」

「俺?無理無理。何度か遺跡やダンジョンで見たけど、解読は別の奴がやってたから……」

「なんですって!?アンスール文字を読める方をご存じですの!??」


 ライが言い終わる前に、ジュリエットが勢いよくまくし立てる。

勢いがありすぎてライが少し後退りするほど体も近いが、ジュリエットはそれに気付いていない。


「あ、あぁ、ギルド職員だけど」

「ギルド……?ギルドとはあの冒険者が所属している組織の事ですか?ライは学院の警備兵でいらっしゃるのではなくて?」

「あー、警備兵は頼まれて臨時でやってるだけ。俺は元々、冒険者だ」


 只人では無さそうなライが実は冒険者であったと、ジュリエットはなるほどと、手をぽんっと叩いて納得をした。


 ライが煎じた薬草茶や調合した傷薬のお陰で、一晩眠っただけでジュリエットの体はもうすっかり回復していたからだ。

 

 学院の警備兵がここまで医療技術に長けているとは、不思議に思っていた所であった。


「ライは冒険者なのですね!すごいですわ」

「珍しいな……貴族は皆、粗野で乱暴者の集まりだと言って嫌がるのに」

「まぁ何てこと!他の方はどうか存じませんが、わたくしは嫌がるなどいたしません!むしろ……むしろ羨ましいですわ!!」


 手を合わせて、恍惚とした表情のジュリエットを見て、ライが呆気に取られる。


「羨ましい?」

「えぇ!謎が多く残された古代遺跡の内部に堂々と調査で入れるのは、冒険者だけですのよ!遺跡に仕掛けられた罠!謎解き!古代人から我々現代人へ、時代を越えた熱い熱いメッセージだと思いませんこと!!?それに待ち受ける金銀財宝のご褒美!なんてロマンティックなの!!それに迷宮ダンジョン!そこでは図鑑でしか見たことのないモンスターが出現するのでしょう!?珍しいモンスターも見られてさらに討伐も出来るだなんて……!バンバン魔法を使える最っっ高の環境でしてよ!!」


 興奮気味に語り出したジュリエットに、ライはだんだんと俯いていき体を震わせ聞いていた。

そして、とうとう我慢できないといった様子で、腹を抱えて大笑いをする。


「くくっ……はははは!古代人からの熱いメッセージって……あぁ、腹いてぇ……つか、遺跡をロマンティックとか言うヤツ初めて見た。それに……魔法をバンバン使って魔物討伐って……くく、それって淑女はやっちゃいけねぇんじゃないのか?」


 大笑いするライに対し、ムっとしたジュリエットは、ツンっとそっぽを向いて腕を組む。


「淑女でも学院の授業でモンスター討伐くらいやりますわ!」

「へぇ、その授業でひときわ喜んでる淑女が、ジュリエットってわけか?」

「もうっ!意地悪な言い方をしないで下さいまし!」


 ライの揶揄うような言い方に、深紅色の自然に縦に巻いてしまう髪をブンっと手で払って拗ねる。


「はは、拗ねんなよ。遺跡とダンジョンに興味があるなら今度話してやっから」


 折り曲げて座る膝に頬杖をついたライは、片手を伸ばしてジュリエットが手で払った髪に触れた。


「本当!?ねぇライはどこの国のどの遺跡に行きましたの?詳しく教えて欲しいですわ!あと、ダンジョンで遭遇したレアなモンスターって――」


 目を輝かせ、前のめりで近付いてきたジュリエットの前に、ライは人差し指を立てる。


「ストップ。今は他に、俺に聞いておかないといけない事があるんじゃないのか?」

「聞いておかないといけない事……?」


 ジュリエットは腕を組んで考える素振りを見せるも、思い当たらずに首を傾げる。


「すっかり忘れてんじゃん……」


 ガクっと脱力したライが、仕方ないなと眉を下げて溜息をついた。


「……紹介してやるよ」

「紹介?何の事ですの?」

「おいおい、マヌケな顔すんなよ。アンスール文字を読めるヤツを紹介し・て・や・るって言ってんだ」


 呆れた様子でジュリエットの額に人差し指をちょんと当てる。


「あっ――!!そうでしたわっ……!わ、忘れていなくてっよ!」


 こうしてアンスール文字を読めるギルド職員の元へと、ライと共にギルドに訪れる事になったジュリエットだが、その移動方法には少々問題があった。


ギルドでは目の前に座るギルドマスターのジェットが、にこにこと笑顔を向けている。


「うわぁ、本当にポケットに入れてるね」


 ジュリエットは、ライの着るジャケットの胸ポケットから顔を出して、苦笑いを浮かべるのだった。

⇒次話、3/17の7時更新です。


Twitterでもご感想お待ちしております。

https://twitter.com/miya2021ko


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