彼が願う結末は
ここまで読んで下さりありがとうございます☆彡
コランダム帝国の白を基調とした宮殿は、帝国の繁栄を強調するかのような贅を尽くした美しい宮殿だ。
宮殿内の壁や床は鮮やかなモザイクタイルで模様が施され、豪勢に金を使用した植物モチーフの透かし彫刻の柱や豊かな色合いの幾何学模様を細密画で描かれた天井、そこから吊り下がる異国のシャンデリア――と他国文化も上手く取り入れて建築され、初めて訪れた者はたいていその美しさに溜息をこぼすと言われている。
「久しぶりだな、ラインハルト」
青と白で彩られたモザイクタイルの床が広がる庭園内には大理石で造られたガゼボがあり、その中に白い民族着をラフに着こなしたサディードが優雅に足を組んでライを待っていた。
庭園の水路に流れる水音と植えられている南国の木が鳴らす葉音が灼けるような外の暑さを緩和させ、ライの険しい顔に涼しい風が吹き抜けてくる。
「サディード皇子にご挨拶させていただきたく存じます」
ライは突然呼び出されて不服だという顔を隠す事なく、片手を胸に当てるとすっと頭を下げた。
「俺達の間で堅苦しい挨拶はいい。それに今日は冒険者の立場で話をしたくて呼んだからな」
サディードはにこりと口角を上げる。
“冒険者”というサディードの言葉にぴくっと反応したライは、礼を解いて腕を組み直すと面倒くさそうにため息をはいた。
「わざわざ呼びつけて何の用すか」
「切り替え早いな」
すかさず通常運転に態度を戻したライに、サディードが渇いた笑いをこぼす。
サディード・アル・コランダムは、コランダム皇帝の7番目の側妃が産んだ皇子である。
母は13人いる側妃の中で最も美しく、皇帝からも深く寵愛されている妃だ。
金糸のような長い髪と藍玉色の瞳は母譲りであり、高位妖精の頂点とされる水のウンディーナがサディードの美貌に惚れ込み祝福を授けたと謳われるほどの美貌を持った男だ。
そんなサディードは皇子であるが、実はAランクの冒険者でもある。
帝国で高ランク冒険者の人気が高く羨望の的となっている理由は、サディードの存在も一躍かっているのだ。
「ところで今日は妖精さんと一緒じゃないのか?」
ジャケットの胸ポケットにサディードが視線を向けた事に気付いたライはぎろっと睨む。
「ジュリエットが妖精じゃない事は盗み聞きしていた貴方なら知ってますよね?」
「盗み聞きとは心外だな、情報収集と言ってくれ。俺のベッドに飛び込んできたジュリエットちゃんが何者なのか気になっただけで、当然知る権利はあるだろ?」
「妙な言い方はやめて下さい。それよりもジュリエットに魔法ぶっ放した事、もしジュリエットに何かあったら貴方をぶっ潰してたところです」
「俺一応、王族なんだが……」
「関係ないす」
ライの言動と様子からジュリエットを大事にしていると判断したサディードは、これから面白くなりそうだと顰め面するライを見上げた。
「まぁ許してくれよ。俺の方でも警戒せざるを得ない事情があるんだ。最近はあそことダンジョンくらいしかろくに睡眠が取れなくてね」
サディードが手を振りながら軽く肩をすくめると、身につけている金の装飾品がシャラシャラと音を立てる。
サディードは皇帝の寵愛を受ける母を妬んだ側妃達からの嫌がらせや、次期皇帝の座を画策する者達から刺客を送り込まれたりと、幼い頃から宮殿内の悪意に塗れて育ってきた。
ここ最近は、サディードと身体の関係を持ちたい女達が寝込みを襲いに来る事が多く、落ち着いて自分の宮で眠る事が叶わなくなったのだ。ジプサムの娼館に通っているのはただ単にダンジョンの次にゆっくり眠れるからという理由だ。
ちなみに娼館が安全なのは、情報屋のジプサムを敵に回す愚か者はこの帝国にはいないからである。
「それで――まぁ、殺意はないようだから放っといたが……」
ライが庭園の周囲を見回す。宮殿に入った時からついて回るこちらを監視する気配にライは勘付いていた。
「側妃達のネズミさ。俺がラインハルトを呼んだから何をするのか戦々恐々としてるのだろう。放っておいても害はないが、そろそろ本題に入りたいから追い払っておくか」
サディードが手をかざすとライが人の気配を感じていた辺りから、鉄砲水のように噴き上がった水が数メートルの高さにまで上がる。
勢いよく上がる水の中ではジタバタと手足を動かしてもがく人影が見え、ライは軽く口笛を吹いてサディードの水魔法に感嘆の声を上げた。
「では、部外者にはこのまま退場してもらおうか」
サディードはそう言うと振り上げていた手をスッと横に払った。するととぐろを巻きはじめていた水柱が大きな波のようにうねり、ザバーンっと音を立てて勢いよく庭園の外へと流れていった。
「サディードったら、あのニンゲンもっと痛めつけてやれば良かったのに」
ライは声のする方を向くと、いつの間に現れたのか女性の姿をした妖精がサディードの肩にしなだれかかっている。
「ウンディーナ」
サディードが親しみを込めた声色で妖精の名を呼んだ。
水の高位妖精であるウンディーナの姿はセイレーンのように足ひれがついており、海中に漂っているかのように体も長い髪もふわふわと浮いている。
「やり過ぎても面倒な事になる。それにアレ如きに俺の魔力を使うのも勿体ないだろう」
「フフフ、それもそうね……ところで、もうお願いはしたのかしら?」
ちらりとライの方を見たウンディーナは、目線を外さないままサディードの耳元で囁いた。
「これからだよ」
サディードがウンディーナに向かって柔らかい笑みをうかべると、改めてライに向き直る。
「さてラインハルト、今日君を呼んだのは頼みがあったからだ。シゲル遺跡の探索、俺も同行させてくれないか」
予想していた通りの内容にライが断りを入れようと口を開きかけるが、それを事前に察していたサディードが手を前に出してライの動きを制止した。
「無論、今回の任務では同行者を限定している事は知っている。他の者には明かせない事情があるからだろう?で、あればだ、俺はその事情も大方の事を知っているし、君らの狙いがクリスタロスの討伐ではなく、生きた心臓である事も推察している」
サディードの言葉にライがピクっと反応をする。
心身の状態異常無効化の効果が発揮されるのは、クリスタロスが絶命する寸前の僅かな時間――すなわち、心臓が機能している状態の時だ。
唯一実行した者は遥か昔に生きていた冒険者であり、それを知る者はSランク冒険者やごく一部の者しかいない。
「ジュリエットちゃんの体が小さくなった原因が何かまでは分からなかったが、ヘリオドール王国での彼女の評判を顧みるに誰かに〝呪い〟をかけられた可能性が高く、ラインハルトが帝国に来た目的と合わせて考えると彼女にかけられた呪いは複雑であり、解呪が容易ではないものなんだろう?」
「……」
サディードの目的が一体何であるのか、ライは真意を掴めずにいた。
だが、ライの無言を肯定と捉えたサディードがさらに話を続ける。
「そこで状態異常を無効化するクリスタロスの心臓の出番というわけだ」
「何が言いたい?」
ライは警戒心を露わにする。
「まぁ、そう警戒するな。俺はクリスタロスの心臓を狙っているわけではない。価値は計り知れないがな」
だが、サディードは心臓を欲しているわけではない。
「では別の目的でも?確かにあの遺跡は希少な素材の宝庫だ。だが俺達は寄り道してる暇はないし、目的以外の行動をする者を同行させる事はできない」
ライはきっぱりとサディードを同行させる気はないと断るもサディードの口から思いがけない言葉が出てくる。
「興味があるんだ」
「興味?」
「あぁ、ジュリエットちゃんに興味がある。まぁ正確には君達にだけどね」
「……どういう事だ?」
どことなく揶揄られていると感じたライは、苛立ちを滲ませた声を出した。
「娼館で君達の話を聞いて俄然興味が湧いてね。由緒正しき伯爵家の令嬢であったはずのジュリエットちゃんが、血の繋がりのない淫魔の娘に嵌められて今や社交界にまで〝悪役令嬢〟呼ばわりだ。さらに追い打ちをかけるように呪われて体が小さくなってしまう……なんとも悲劇的な展開じゃないか。そんな可哀想な彼女を助けようと、冒険者ライが勇者の如く立ち向かう――オーソドックスな内容だがシンプルな話のほうが大衆は好む傾向にあるな」
「ハッ戯曲を鑑賞したいのなら劇場へ行ってくれ。貴方の戯れにこれ以上付き合っていられない」
呆れた様子でライは踵を返すとサディードの元を去ろうとする。
「君はどんな結末を願うんだ?」
けれど、背中越しに聞こえてきたサディードの不可解な質問にライが思わず立ち止まった。
(結末……?)
ライは眉を寄せて振り向くと、サディードは口角を上げた。
「勇者が龍を倒し姫の呪いを解いた後は、2人は必ず結ばれるという結末がラブロマンスの定番であろう?だが、龍に立ち向かうべく勇者が、万が一にも龍を倒せなかったとしたら……」
そして、挑むようなうす嗤いを浮かべる。
「呪いに蝕まれた姫は命を落とすだろう」
息が止まりみるみる顔が白くなっていくジュリエットの姿がライの脳裏に甦り、握っていた拳が震え始めた。
「悲劇的な結末――バッドエンドだ」
サディードのその言葉に、ライのこめかみに青筋が浮き上がる。
「そうか……皇子サマはバッドエンドがお望みかよ?」
低く唸るようなライの声には怒りが混じる。力任せに握っていた拳を開放した瞬間、ボワッと魔法陣が浮かんだ。
「残念だがそのシナリオはクソつまんねぇよ」
魔法陣から聖剣を召喚するとまっすぐに聖剣をサディードに向ける。
「俺はクリスタロスを必ず倒し、ジュリエットは呪いが解けて元の姿を取り戻す――これが全てだ」
薄紫のライの瞳が憤然とサディードを睨み付ける。
「来いよ。これ以上、下らない事言えねぇようにこの場でぶっ潰してやるよ」
聖剣の切っ先をサディードに向けたまま、ライはもう片方の手で挑戦的なサインを送った。
「はぁサディードったら、いくらこのニンゲンがお気に入りだからって煽りすぎよ。顔がにやけているわよ」
ウンディーナは呆れ顔で顎に手を置きながら空中をふわふわと浮いていた。サディードを擁護する気もないようだ。
「そうだな、こんなに頭に血が上ってるラインハルトは初めて見る。だが、ここまで感情を露わにするとは予想外だ」
ライの殺気に当てられてもサディードは嬉々として呟いた。
鬱屈するほど退屈な日々に、突如サディードの前に舞い込んできた小さな妖精。
当初は体が小さくなっているジュリエットの方に興味を持ち、追跡魔法を使い事情を把握する事に成功した。だが、サディードが最も興味を惹いたのはジュリエットに対するライの過保護ぶりであった。
絶世の美女に言い寄られても素っ気なく躱す、ライの朴念仁ぶりを知っているサディードにとって、めっちゃ面白いモン見つけたという瞬間だった。
情け深く情に厚いライの心情を考えると、ジュリエットに対して依頼人以上の感情を多少なりとも持っていると予想していたが、少し冷やかした程度でここまで感情を爆発させたライの行動は予想を越えていた。
「ラインハルトよ、帝国の皇子に向かって剣を向けるなんて不敬だな。不敬罪で投獄されても文句は言えないぞ」
行使するつもりもない皮肉を冗談にしながら、サディードは水魔法で練成した槍の形を模した長い塊を幾つも空中に創り出していく。
ライに向けている藍玉色の瞳には、好奇心と戦闘を愉しもうとする異様な光を宿していた。
「最初に冒険者の立場で話するつったのはアンタだぜ皇子サマ。もう忘れたのかよ?」
ライも皮肉で返しながら、ピキピキと音を立てながら水の槍が凍っていく様を眺める。そして、魔法で無数の氷槍となった物の鋭い切っ先がグッと一斉に自分の方に向けられたのを見て、ニヤリと口角を上げ剣を構え一気に飛び出そうとした時であった――宮殿の外から轟音が聞こえてきたのだ。
ライとサディードは同時に動きを止めて、音が鳴った方角を向いた。
「あの方角は……」
目を凝らしたライが庭園の向こう側、市街地の方から見える黒煙に向かって呟いた瞬間、立て続けにドンドンと空を木霊する爆発音が宮殿にまで響く。次々と上がる黒煙にライが驚きで目を見開いていると、眉を寄せて黒煙を見ていたサディードの元に宮殿の兵士が慌てて駆け寄ってきた。
「報告いたします!」
サディードの前に立った兵士が浮かび上がる無数の氷った槍にヒッと悲鳴を上げると、サディードは無言で手を払い魔法を解いた。力を失った氷の切っ先が一斉に下を向き床に落ちて砕け散る。
「何が起きた」
低く冷たいサディードの声色に、びくびくと兵士は敬礼をした姿勢のまま衝撃的な言葉を口にした。
「ギルドを中心としたその一帯が爆発しました!」
最後までお読み下さりありがとうございます。
次話、3/2の0時に更新します。よろしくお願いします(/・ω・)/




