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銀の王子様は理想とは違います

よろしくお願いします。

 大勢の責め立てる声に囲まれて耳を塞ぎ、そこから逃げようとすると沢山の手に体をもみくちゃにされる。

 必死で這い出て暗闇の中を走ると、背後からケタケタと奇妙な笑い声が追いかけてきた。

その直後、背中が焼かれるように熱くなり痛みに悲鳴を上げながらも走り続ける。

 

 恐怖でいっぱいの中、真っ暗闇の先の方から声が聞こえてきて淡い光が見えてくる。

光に向かって飛び込むと、温かく心地よい感触に目を細めた――次の瞬間


【ゼンブヨコセ】


 背後から耳打ちされた声は、男とも女ともいえない幾つもの声が重なる気持ちの悪い声色で、ジュリエットは叫びながら目を開けた。


「いやぁっ!」

「おっ……と大丈夫か?」


 驚いた様子の藤色の瞳が目の前に広がる。

どこか見覚えのあるその瞳にジュリエットはじっと眺めて考える。


「悪い夢でも見てたのか?かなりうなされてたぞ」


 脳がだんだんと覚醒していくと、妖精の森で会った男だと思い出してジュリエットは慌てて起き上がった。


「あなたは巨人の……!」

「誰が巨人だよ!あんたが小さいんだっての。それと、いい加減に離してくんない?」


 ぶっちょう顔をしていてもイケメンだとこっそり思ったジュリエットは、男の向けた視線の先を見て驚く。無意識にずっと掴まっていた物が男の指先で、しっかりと抱きかかえるように掴まっていたのだ。


「ひゃっ!」


 ジュリエットが慌てて男の指先を払いのけると、少し不満そうな声色が聞こえてくる。


「そういう反応はなんか腹立つんだけどな」

「ご、ごめんなさい……その……殿方と触れる事が父以外いなかったものだから驚いてしまって……」


 ジュリエットの長年受けていた淑女教育内での禁止事項、


“エスコートとダンス以外、自ら殿方に触れてはならない”


 それを破ってしまったジュリエットの顔面は蒼白だ。


「目を3秒以上合わせてはいけない」と、同等の上位ランキングに入る禁止行為であり、師匠である老年講師の叱責がどことなく聞こえてくる気もする。


「なぁ、顔色が悪いぞ。もう横になれ」

「あ……えぇ……そうさせて頂きますわ」


 体を起こしていると全身がズキズキと痛む。

走行中の馬車から飛び降りた時にあちこち強く打ち付けたせいだろう。頭もくらくらとしていたジュリエットは素直に横になる。

 

 楽な体勢となって人心地ついていると、ふっとある事に気付いた。


(もしかしたら……わたくしから手に触れていないのかもしれないわ。そうよ、きっとそうだわ!だって、わたくしは寝ていたもの……ルールに反していないわよね?それに、今はこの方しかいないし誰にも見られていないわ……って、ん?……2人きり……?)


「えぇ!?こ、ここは……??一体どこですの!?うっ……痛い……」


 自分の置かれている状況を把握していなかったジュリエットは、勢いよく起き上がってしまう。

すると全身に痛みが駆け抜け、思わず声を上げてうずくまった。


「おいおい急に動くなよ。あんた全身打撲だらけの傷だらけなんだぞ」


 再び横になったジュリエットは周りを見渡してみる。

ここは病院ではなく民家の一室のようだ。横たわっているベッドは今のジュリエットにはとても大きく何回転も寝返りが出来そうだ。

 

 それに腕や足に包帯を巻かれている事に気付く。

包帯は小さくなってしまった体に合わせ細く裂いて巻かれていて、塗り薬を塗ってくれたのか体中から鼻を抜けるスーッとした薬草の香りがする。


 覆面の男に殴られた頬にもしっかりと薬が塗られて、手で触ると小さく切ったガーゼが当てられている事に気付いた。


「あの……手当てをして下さったようですね。お礼を言いますわ」

「別に、あんたには聞きたい事があるからついでだ。あっ、治療するのに着てた制服を脱がせたけど、人形サイズの女に興味ねぇからいちいち騒ぐなよ」

「え、制服!?あっ!きゃっ……」


 言われて初めてワンピースの肌着一枚でいる事に気付いて、ジュリエットは小さく悲鳴を上げた。


 確かに普段であればもっと大騒ぎをしてしまっていただろう。

先に牽制されたせいもあるが、あくまで治療の為だと理由は明確であるし「興味ないのに騒がれたら面倒くさい」と言いたげな男の態度に、ジュリエットは何となく納得のいかない複雑な気持ちを抱いた。


「これ飲んで。痛みを緩和させる薬草茶」


 その時、目の前にずいっとスポイトが現れる。透明なスポイトの中には深緑色の液体が入っていて、強烈な薬草臭さにジュリエットは思わず息を止め怪訝な顔を男に向けた。


「すげぇ色と匂いなんだけど怪しい薬じゃないぜ、つっても信用なんねぇよな。見てろよ」


 とくに疑っていたわけではなかったが、男はジュリエットの前で薬草茶を飲んで見せた。


「うおっ相変わらず苦っげぇ。まー……味は全く保障しないけど、効果は抜群だ」


 若干涙目になりながら男はスポイトをジュリエットに近付けた。スポイトの先端は細くジュリエットの口でも咥えられる大きさで、意を決してスポイトに口をつけるとすぐに口内に苦い液体が入ってきた。


「うぅぅぅ……苦いですわ!」

「良薬口に苦しってな」

「どういう意味ですの?」


 聞いた事のない異国の言葉に、涙目になりながらジュリエットが問いかける。


「東国の言葉で、苦い薬ほど効能ばっちしって意味」

「ばっちし……ですか。ふふ」


 意味は合っていると思うが、男の砕けた言い回しが可笑しくてジュリエットは笑みを浮かべる。

すると男は一瞬惚けた顔をし、慌てた様子でテーブルに薬草茶を置きに行く。


 テーブルの上には、手当てに使われた薬瓶や道具と一緒に、ジュリエットの着ていた学院の制服が無造作に置かれていた。

 色々な事に巻き込まれたせいでブレザーの袖は肩から裂け、ブラウスのボタンは弾けて、ワンピースのスカートは大きな穴が開いてしまい着る事は出来そうにない。


 しかし、それよりもジュリエットが気になったのが……


「わたくしの体……あのように小さくなっているのね……」

「……」


 ジュリエットの着ていた制服は、小さな女の子が遊ぶ人形ほどの大きさになっていた。

男は無言のままベットサイドの椅子に腰をかけると、ジュリエットに向かい話し始めた。


「その辺りの詳しい話も聞きたいが、ひとまず互いに自己紹介しようぜ。俺の名前はライ。王立魔法学院の警備兵をしている。この部屋は俺の部屋で、あんたが俺の目の前で意識を失ったからあのまま森に放置するわけにもいかず仕方なく俺の部屋に連れて来た」


 仕方なくと語気を強めたライは、ジュリエットよりも4つ年上の22歳。

ライの服をよく見ると、確かに学院でよく見かける紺色の警備兵の制服を着ていた。


「ライ……警備兵……もしかして、学院の令嬢達が騒いでいる銀の王子様……?」


 シルバーブロンドのきらきら輝く髪に、王子様のような容姿の警備兵をそう呼んで、令嬢達がきゃあきゃあと騒いで話していたのを思い出す。

 例にもれなくセシリアもその令嬢達の内の1人で、熱心に話しかけている姿を遠目で何度か見かけていた。

 ジュリエットに至っては体に染みついた淑女教育のおかげで、3秒以上殿方を見られなく、今初めて「銀の王子様」の顔を知る事となった。

 

 だが、目の前にいるその王子様とやらは露骨に嫌な顔をしている。


「げっ、その虫唾の走る呼び名を二度と俺の前ですんなよ。ったく、学院の小娘共はなんであんなにピーチクパーチクうるせぇんだ?おまけに変な呼び名までつけやがって」


「銀の王子様」――その見た目と中身が全く違う詐欺のような姿に、ジュリエットは心の中で令嬢達に同情をした。


「おーい、なんかしょうもない事考えてないか?まぁいいや、次はあんたが名乗る番だ」


 ジュリエットの心を見透かしているのか、ライは微妙な表情を浮かべながら話を振る。


 ジュリエットは起き上がろうとしたが、ライがそれを手で制したので横になった状態のまま自己紹介をした。


「わたくしは、ジュリエット・セレスタイン。王立魔法学院のⅢ学年生です」

「ジュリエット・セレスタイン……?」


 スッと目付きの変わったライが、訝しむような視線をジュリエットに向けた。


 ジュリエット・セレスタインと聞くと、皆が口を揃えて悪女だという。

学院の警備兵にまで噂が広まっていてもおかしくはない。

 

 きっと皆と同じようにライも態度を変えてジュリエットを嫌悪するのではと、ぐっと眉を寄せてライの次の言葉を待った。


「なぁ、俺の知っているジュリエット・セレスタインは、普通の人間のはずなんだけど?」

「へ……?」


 思っていたのと違う反応をライが返してきたので、ジュリエットは呆気に取られた。


「いや、何をそんなに驚いてんだよ。あんたアホな顔になってんぞ」

「アホって……ライ様は先程からレディに対して言動が失礼でいらしてよ。それと、わたくしはジュリエット・セレスタイン本人ですわ。あんたとお呼びにならないで!」


 カチンときたジュリエットは息を荒くさせながら一気にまくし立てると、小さくなった指先をびしっとライに向けた。

 ライはというとジュリエットのその姿にポカンとした後に、思わずふき出して笑う。

突然笑い始めたライに驚きながらも予想だにしていなかった笑顔に、ジュリエットの胸はドキっと高鳴ったのだ。


(その顔面で急に笑うなんて反則よ……!)


「くく……いや悪かったな。じゃ、ジュリエットと呼ばせてもらうな。俺の事はライって呼んで」


 ジュリエットがどぎまぎしているのを知ってか知らずか、ライは笑顔を向けたままジュリエットの方へ手を伸ばして指先で深紅の髪を撫でた。


(ななななんて事ですの!?レディに許可なく触れるなんて!それに、わたくしの名を気安げに呼ぶなど由々しき事態ですわ!お父様と叔父様以外の殿方にそのように呼ばれた事などないのよ!それにそれにっ!わたくしに向かってライと呼べなんて……呼び捨てなど無理ですわ!とにかく、その危険な笑顔をはやくお仕舞いになって……!!)


 ジュリエットの反論の声は全て心の内で終わり、只々羞恥で顔を真っ赤にさせてコクコクと頷く事しか出来なかった。


 それから――ジュリエットは体が小さくなる前に起こった出来事をライに話し始めた。


 学院の生徒達の暴徒化、学院内で攫われそうになった事、そして、フードを被った人物によって体を小さくされた事を時折、声を震わせながら話した。


 ライはそれらをものすごく恐い表情で黙って聞いており、ジュリエットの話がひと段落つくと急に椅子から立ち上がって頭を下げた。


「悪かった」

「え?」


 ライはさらに居住まいを正すと、騎士の礼に倣った謝罪を行った。


「警備兵をしているにも関わらず、学院の敷地にみすみす不審者を侵入させていたなんて……危うく取り返しのつかない事になる所だった。危険な目に遭わせてしまいすまない」


 急に真面目な態度になったのも驚きだが、普通の警備兵がやったとは思えない現職の騎士のような仕草に、ジュリエットはまた胸がドキドキと高鳴るのだった。


「そんな……ライ様が悪いわけではありませんわ。それにあの時は、他の警備兵の姿も見かけなくて……そういえば、いつもいらっしゃるはずの場所に誰も立っておりませんでしたわ」

「それはおかしいな……通常通り警備兵は配置されていたはずだ。実は騒ぎにならないように生徒達にはかん口令がしかれてたんだが、学院のいたるところで不審物が見つかって俺達はその回収に追われてたんだ。不審物の捜索は俺を含めて少人数であたっていたからな」


 ちなみにライ達が回収した不審物は、微量の装薬が含まれた癇癪玉入りの小箱で、破裂音で驚かすだけの害のない物であった。

生徒の悪戯ではとの意見が多いが、現在調査中だそう。


 それとジュリエットを襲った男達は、学院への無断侵入を理由に捕縛されているという。

だが、急に暴れ出した馬のせいであって故意に侵入したわけではなかったと、容疑を否認しているらしい。


「何かしら狙いがあって学院に侵入してきたと踏んではいたが……まさか人攫いが目的だったとは。でもジュリエットを攫おうとした証拠も目撃者もいない。事情聴取でもあいつ等からジュリエットの名前すら出てきてないし、このままだと事故で処理されてすぐに釈放されんだろうな」

「そんな……!わたくしは本当に攫われそうになりました!急に馬車に引き連り込まれて……わたくし必死で……必死で抵抗しましたわ」


 ジュリエットは眉根を寄せて掛布をぎゅっと握りしめた。


 突然始まった断罪の場から必死で逃げ出した矢先、馬車に押し込まれ密室で乱暴に振舞われた。

あの時は必死だったが本当は怖くて怖くてたまらなかった。


 それなのに、ジュリエットを連れ去ろうとした理由も分からず、何事もなかったように釈放されるなんて――!


 歯をぎりっと食いしばったその時、殴られた頬が温かい何かに包まれる。


「これはその時のか?」


 ライの藤色の瞳は痛ましげな眼差しで、頬にそっと添えられた指先は労わるように触れている。

声を出して返事をすると泣いてしまいそうだったから、ジュリエットは涙を堪えてコクンと頷いて返した。


「よく頑張ったな」


 それなのにライは労わるような声をかけ、さらに柔らかく笑みを浮かべた。


(もう……何なんですの!?そんな優しく笑わないでよ……そんな風にされたら……)


 視界は滲みライの笑みがぼやけてくると、ジュリエットの目から涙がぽろぽろと溢れ落ちていった。


「ふ……うぅ……我慢……しておりました……のに」


 ライの指にしがみ付きながらジュリエットは声を出して泣いた。


 小さな涙の雫は、指を伝ってライの手の平を濡らせていく。


⇒次話3/10の7時です。


Twitterでもご感想お待ちしております。

https://twitter.com/miya2021ko


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