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笑っていてほしいんだ

お久しぶりです(/ω\)

 泣き疲れて眠っているジュリエットは、横たわる猫のラーズリに身を寄せていた。ラーズリの丸々とした体が心地良いのか、すぅすぅと寝息を立て穏やかな顔で眠っている。


 寝顔を見てほっとしたライは、ジュリエットの頬に残る涙の痕をひと撫でした。


「随分と依頼人を過保護に擁護してるみたいだけど、アナタもしかして……」


 横で様子を見ていたジプサムは、女性との噂ひとつない朴念仁にもついに春がきたのかと揶揄うつもりでいた。


「あらあら~つまんないわネ」


 ライの表情を見たジプサムは、揶揄う気も失せると小さく呟いて、さっさと2人の元から離れる。


 2人きりとなった空間には、ラーズリの喉を鳴らす低音が響いており、ライの憂色を帯びた藤色の瞳は眠るジュリエットに真っすぐ向いていた。

 

「笑っていてほしいんだ」


 ライは願うように声を溢すと、ジュリエットの頬、髪とそっと撫でいく。


「ん……んぅ」


 気持ち良さそうにジュリエットは口角を上げ、ライの指に頬ずりをする。その様子にライはふっと笑った。


よく眠っているジュリエットをラーズリに任せ、ジプサム達の待つ応接間へと戻ると、そこには何故か燃えるような殺気を漂わせたシトリとジストがライを待っていた。


「どうしたお前ら?」 


 ライが声をかけると、獰猛な目付きをした2人が顔を上げる。すると、シトリとジストの金色と紫色の瞳の中で、スリット状の瞳孔が縦にスッと縮んでいくのが見える。


「ライ兄、ジュリエットを泣かせたヤツら俺殺っていい?」

「……俺も殺りたい」


 残虐で冷酷な気質の妖狐は大昔から人に避けられ疎まれてきた。その血が混じる双子もライが見つけるまで凄惨な環境で生きていた。

 高難易度のシゲル遺跡に同行する2人にもジュリエットに関する情報を共有していたが、目の前で泣き崩れるジュリエットの姿を見て怒りが込み上げたのだろう。心を揺さぶられ理性を失いかけている2人は、残虐な妖狐の部分が顔を出していた。

 ライはすーっと息を吸い、慣れた様子で2人に向かって両手を伸ばす。


「こらっ、お前らはもうギルドの職に就いてんだ。滅多な事言うなよ。アンバーが聞いてたら棍棒で殴られるぞ」


 ライはシトリとジストの頭を乱暴な手付きでくしゃくしゃと撫でると、炎が鎮火するように殺気が消えていく。冷静さを取り戻した様子の2人はコクっと頷く。

 

「でも、このままほっとくのか!?」


 シトリがライに詰め寄ると、隣にいるジストもどうするのかという目でライを見据えた。


「……まさか。このままになんかできねぇだろ」


 怒りを滲ませたライの声が波のように広がると、シトリとジストの皮膚にビリビリとした刺激が走った。ライの怒りが魔力となって放出し空気を伝ったのだ。


「カァカァ!!」


 頭の毛が逆立ってしまったスピラが翼で器用に直しながらライに向かって抗議するも、ライはそれを無視して机上に並んだアウィンの姿が写る紙を睨みつける。


「ジプサム、こいつ(アウィン)は今どこに?」

「双子よりアンタの方がやばいネ……」


 ジプサムは無意識で魔力を放出しているライに呆れながらアウィンの居場所を伝えた。


「アウィンは王都の西側にいるわ。ストーン侯爵家のお坊ちゃんが匿ってる。お坊ちゃんのウイリアムはもうダメネ。セシリアの力で完全に操り人形と化してる」

「はっ、セレスタインの血が一滴も入っていない女の術にはまる侯爵家の嫡男か――廃嫡待ったなしだな。高位貴族を意のままに操るアウィンとセシリアの能力は、王国を揺るがしかねない。そろそろ上も動き始めるだろ」


 ライの言う()とは公安組織の事で、ヘリオドール王国に害を成すテロ組織や要注意人物などを制裁、取り締まる役目を担う王国内部を守る重要な組織だ。


「それと、アウィンがセシリアに接触し始めたのは、彼女が王立魔法学院に入学してからだそうよ。前の屋敷に勤めていたメイド達の証言によると、アウィンと思しき人物はわりと頻繁に屋敷を訪ねにきていたみたい。ちょうどその時期から、ジュリエットちゃんを貶めるような噂が流れ始めてるわネ」

「セシリアの能力を助長させたのはアウィンで間違いないだろうが、アウィンとジュリエットには接点が無いはずだ。セシリアを使いアウィンがジュリエットを意図的に孤立させる理由は一体何だったんだ……」


 ライは拳を口元に当てて先程のジュリエットの様子を思い出す。

アウィンの写る紙を見た際の反応もセシリアによく似た容貌で驚いてはいたが、アウィンという人物を知っているようには見えなかった。


「あっもしかして!ジュリエットを追い出して伯爵家を完全に乗っ取るとか!?」


 勢いよく発したシトリの言葉に、ジストが溜息をつきながらかぶりを振った。


「それは無理だな。力の影響を受けなかった人に怪しまれたら終わりだ。現にセシリアを怪しんだ学院長が内部調査をギルドに依頼してきてるだろ。伯爵家を乗っ取るなんて荒事、王国中を洗脳しないと無理な話だ」


 安直に出たシトリの言葉をライも否定する。


「そう、この能力には綻びがある。でも、ストーン家のお坊ちゃんのように精神の深い所まで介入されてしまう者と――」


 ジプサムは甘さを含んだ魅惑的な流し目をライに送りながら近づいていく。


「影響を受けなかった者もいるわ」


 ライの胸元を指先で弄びながら妖艶に微笑みを浮かべるが、一方のライは眉ひとつ動かさず無反応だ。


「はぁ、もうほんとこれだからギルドの連中って嫌なのよネ。淫魔の魅了がこんなに効かない人間なんて、淫魔の自尊心が傷つくわよ」


 ジプサムは額に手を当てて、今日何度目か分からない溜息をつくと踵を返した。キャビネットからブランデーの入るデキャンタを掴むとドボドボとグラスに注ぎ一気にあおぐ。


「効かねぇって分かってるくせに勝手に力使ってくんな」


 ライは腕を組んで眉を寄せ呆れた様子でジプサムに言い放つ。


 ギルドに属する者は精神攻撃をブロックする契約魔法で護られている。様々な種族の冒険者を相手にする事からトラブルを未然に回避する為のものだ。無論、シトリとジストにも魅了の影響は無い。


「……でも、ライ兄は特殊」

「そうだな、アレの所有者(あるじ)だからな」 


 シトリとジストがきらきらとした眼差しをライへと向ける


「げっ、お前ら……サブいぼ立つからそんな目で俺を見んな」


 きらきらとした双子の眼差し光線を遮るように、ライは両手でガードして後退りした。“銀の王子様”と同様、憧れの眼差しを向けられるのもライは苦手だ。


「アンタは特殊ケース過ぎて論外ネ!それよりも、謎なのはジュリエットちゃんよ」


 酒の入ったジプサムの声は大きく、3人は同時にジプサムの方を向いた。


「謎?ジュリエットが?」


 ライが首を傾げると、ジプサムはグラスを持つ手をジュリエットが眠る部屋の方へ指す。


「アタシの魅了の力も効かなかったし、さっきもセシリアの出生に関する洗脳を自力で解くなんて……一体何者?」


 ブランデーに口をつけながらジプサムがライを見据える。ジプサムの抱いた疑問はシトリとジストも同様に感じていたようで、3人の視線がライへと集中する。


 ライは首にかけたミスリルの腕輪とこれを渡した何者かの存在を感じながら、固唾を飲んで見つめる3人に向き直った。


「何者でもねぇよ。ジュリエット・セレスタインは――ただの泣き虫で、()がつくお転婆のお嬢様だぜ」


 フッといたずらな笑みを浮かべてそう言い放つと、すたすたとその場を去りジュリエットの方へ歩を進める。


「誤魔化したわネ」

「ごまかしたな」

「……(頷く)」


 ジュリエットが眠っている部屋をそっと覗いたライはラーズリと目が合った。ジュリエットを迎えに来た事を把握したラーズリはゆっくりと起き上がると、びょーんと体を伸ばしてから椅子からぼてっと降りる。

ライはいまだ気持ちよく眠り続けるジュリエットを慎重に抱き上げると、いつもの手製の胸ポケットに入れる。そして、ポケットから伝わるジュリエットの体温と重さにほっと安堵の息を吐いた。

 

 ちなみに今日1日、街のいたるところで空っぽのポケットをさすり何度も溜息をついていたライは、その様子を色々な人に目撃されていた。冒険者ご用達の店を回っていたせいですぐに冒険者達の間に噂が広まり、1日で「胸の病気説」から「恋煩い説」に発展し、女性達の悲鳴があちこちで上がっている事をライは知らない。


 ジプサムの報告も終わりライは帰ろうと扉へ向かうと、扉の前ではシトリとジストが待機していた。


「サディードの水魔法の気配は?」


 ライはそっと2人に耳打ちをする。


「……さっきのライ兄の魔力放出で消えた」


 ライの問いかけにジストが答え、シトリはこくっと頷く。

サディードの放った水の鳥が盗聴していた事に気付いていたライは、すぐに鳥を破壊せずにいた。この場をやり過ごしたとしても情報を得る術をいくつも持っている只者ではない男だ。

サディードの性格を知っているライは、直接ジュリエットに接触されるよりはマシであろうとあえて泳がせていたのだ。


(カッとして魔力が出たのは誤算だったが……まぁいいか)


 ジプサムに挨拶をしてから帰ろうと振り返ると、突然スピラがライに向かって飛んで来る。


「カァ―!」

「スピラ?」

 

 ライが伸ばした腕にスプラがとまると、クチバシで咥えている物を受け取れとばかりに頭を動かした。ライがクチバシの前に手を差し出すと、金属の筒状の物がころんと落ちる。


「この魔道具は……」


 手の中に収まる小さな魔道具には魔石が埋め込まれおり、筒の切れ端に何かをはめ込む窪みがあった。

 

「おたくのギルマスさん――いえ、公安組織隊長のジェラルド様からよ」

「ジェットが……どうやって?」


 ライの腕から飛び立ったスピラがジプサムの肩に乗ると、スピラは頭を撫でられて目を細める。


「向こうで潜伏してるウチの連中(工作員)の所に彼が現れて、ライにって渡されたそうよ。まったく、どんだけ把握してんのよアンタのお兄様は」


 工作員は隠密のプロであり、秘密裏に動いているはずなのにジェットに居所がバレていた事にジプサムは納得いかないと小言をいう。


「さぁな、俺にも分かんねぇよ」


(王都は完全に網羅してんだろな)


 ジェットの不敵な笑みを思い起こしながら、ライは渡された魔道具を内ポケットへとしまった。

最後までお読み下さりありがとうございました!

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