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セシリアの真実

挿絵を漫画家のくゑ様に有償で描いて頂きました!

カッコよくて可愛くてサイコーすぎるでしょ♪

挿絵(By みてみん)


「ジュリエットどうした?」


 浮かない顔をするジュリエットに、ライは体をかがめて顔を覗き込んだ。

ぼうっと考え事をしていたジュリエットは、目前に迫っていたライの顔に驚いて咄嗟に顔を背ける。


「なっ、なんでもありませんわ!」

「ほんとか?ちゃんとこっち見て顔見せて」


 最近とくに過保護が過ぎるライは、顔を背けられた事にむっとした様子でさらにジュリエットに顔を寄せた。


(もうっライの無自覚天然!こんなに近いのにそっちを向いたら――)


 息がかかる程の顔の近さに顔が熱くなり、ジュリエットは心の中で絶叫する。


「カァ!」

「あ?何だよスピラ!?」


 その時、スピラが羽をばたつかせライ目掛けて飛んでくる。手を伸ばしたライの腕にスピラがとまると、カァカァとライに向かって叫び文句を言っているよう。


「無意識に初心なお嬢様を誘惑しないでちょうだい」

「はぁ?何わけわかんねー事言ってんだ?」


 距離感バグってんのよとジプサムが呆れて溜息をつくと、ライはさらに眉間に皺を寄せて不服そうに反論した。一方のジュリエットは、ジプサムに同意してうんうんと首を縦に振るのだった。


「それより調査報告が途中だけど――また日を改める?」


 ジュリエットの方をちらりと見たジプサムに、調査の内容が自分に関係するものだとジュリエットは直感で思う。


「ねぇ、ライ。ジプサムさんの所で調べてもらった事をわたくしにも教えてほしいわ。きっと、わたくしに関係ある事なんでしょ?」

「あぁ……まぁ、そうだな。後で俺から話そうと思っていたが、ジプサムから直接聞くか?」


 ライは少し考える素振りを見せたが、どのみち後で聞くならこのまま一緒に聞いても問題ないだろうと判断した。


「えぇ、ジプサムさんお願いできますか?」


 ジュリエットは頷いて居住まいを正すと、ジプサムにはじめから話してもらうよう頼む。


「仕方ないネ」


 煙管の煙を吐き出しながら了承したジプサムは、片腕をスッと前に出すと奇術の如く指の隙間から数枚の四角い紙を出して机上へと広げた。

ジュリエットは机の上に移動すると、四角い紙を1枚ずつ確認していく。


「誰こいつ?」

「……男?」


 ジュリエットを挟むようにひょこっと現れたシトリとジストが一緒に紙を眺める。

ジプサムが出した紙は、魔道具を使用して被写体を紙に転写させたもの。王国のギルドでジュリエットの背中の魔法陣を写した際に使用したのと同じ魔道具だ。


「この人……」


 紙に写る人物の容貌に衝撃が走る。

ふわふわとした綿菓子のようなピンク色の髪、水色の大きな瞳――セシリアと同じ色を纏う男の姿が机上に広がっていたのだ。


「一体、どういう事ですの……?」


 胸の辺りからざわりと気持ち悪いものが込み上げくる。


「察しの通り、この男はセシリア・セレスタインの本当の父親よ」

「なんてこと……それじゃセシリアは」


(叔父様の子じゃない――)


 混乱する頭で再度男をよく見ると、セシリアと似た面立ちの男が笑っていた。


「この男の名はアウィン。貴族や富豪の家に情夫として飼われながらあちこち転々としている男よ。当時、別件の依頼で潜入していたウチの(情報屋)工作員によって、セシリアの母親とアウィンの只ならぬ関係が目撃されているわ」


 忌々しげにジュリエットを睨みつけてくる派手な女――セシリアの母親の姿がジュリエットの脳裏に浮かぶ。

 さらにジプサムの調査報告により、初めて知るセシリアの母親の素性。その信じられない内容に、ジュリエットは鉛が落ちてくるような衝撃に頭を抱えた。


 セシリアの母親は貴族ではあったが下級貴族の出身で、殆ど平民と変わらない生活をしていた。下級とはいえ貴族の令嬢であるにも関わらず、野心家の彼女は美しい容姿を利用し言い寄る貴族達と浮名を流していた。その中にはジュリエットの叔父も含まれていたという。


――数十年前、あるパーティで警備隊が突入する事件が起きる。

情報屋の工作員も潜入していたそのパーティは、違法薬物の香が充満する中で老若男女が乱痴気騒ぎを起こしていたという。そして、その中にはアウィンとセシリアの母親が激しく絡み合う姿も目撃されていた。


「騒動の渦中にいたのは高位貴族で、これが明るみに出れば社交界に混乱を招くスキャンダルになっていたわネ。けれど、こんな時だけ彼らは手と手を取り合い、必死になって隠蔽工作に奔走したわ」


 結局、事件は明るみにはならず、セシリアの母親がそのパーティに参加していた事も表沙汰にはならなかった。事件のすぐ後、セシリアを身ごもった事が分かると、目をつけていた叔父に「お腹に貴方の子がいます」と偽り婚姻を強引に進めた。


 ジプサムの話を聞きながら、ジュリエットは先ほどから感じている違和感に眉を寄せた。


「何故かしら……今さらだけど、セシリアは叔父様に全く似ていないわよね。何故、わたくし達はセシリアが叔父様の子だと思っていたのかしら」


 アウィンの姿が写る紙を見る今の今まで、セシリアが叔父の子であると何の疑いもなく()()()()()()()()()。何かの思惑通りに動いているような気がして、ジュリエットは背筋が寒くなる。                                                  

「そう思わされていたのよ」

「思わされていた?」


 どういう意味なのかとジュリエットを含むシトリとジストが訝しげに首を傾げた。

ライは知っているのか、とくに反応を示すことなく腕組をしながら難しい表情をしている。


「実はこの男は、淫魔族なの」

「い、淫魔族……?」


 想像だにしなかった答えに思考が追い付かず、ジュリエットは消え入りそうな声を出した。


「ちなみにアタシも淫魔族――アウィンと同族よ」

 

 ついでとばかりにさらっと自分の正体を明かしたジプサムは、肉厚の唇の端を上げて笑みを浮かべた。

いまだポカンとするジュリエットに向かいジプサムは口を開く。


「少し昔話をするわネ」


 そして、物語を読み聞かせるようにゆっくりと話し始めた。


 純血の魔族は人間よりも寿命が長く肉体の老化も遅い。その中でも淫魔族は人間の精を餌に生きており、若い肉体のまま殆ど老化しないのだという。


「50年ほど前――アタシはここ(帝国)ではない別の国で娼館を運営していたの」


 花街で同業と競い合うように仕事をしていたジプサムはある日、ライバル店に純血の淫魔が入ったという情報を得た。


 それが、セシリアの父親である“アウィン”という名の淫魔であった。


「男娼としてアウィンが店に出始めると、たちまち彼を求める人間で店は行列を成していたわ」


 淫魔には〝魅了〟という魔法とは異なる能力がある。人間の欲を餌にする故か、特に人間は〝魅了〟にかかりやすい。


「アタシも淫魔だから、ほかにも同族を見た事はあるんだけど……アウィンのような強力な魅了を持つ淫魔を見たのは初めてだった」


 アウィンに魅了された人々は男女問わず宝石や金品を手に列をなし、彼はすぐに花街でナンバーワンの男娼へと成り上がった。

その噂はやがて貴族にまで広まり、花街から飛び出したアウィンは貴族のパーティーへと呼ばれるようにまでなっていったという。


 だが、ここで事件が起きる。


「アウィンを巡って貴族の令嬢達が傷害事件を起こしたの。しかも傷を負ったのは高位貴族の令嬢。怒り狂った令嬢の父親は元凶であるアウィンを捕えると私的に制裁を加えようとした」


 しかし予想外な事にアウィンは無傷で解放される。さらには、悲惨な末路を辿ったのは令嬢の父親の方であった。

父親は重篤な精神疾患を患うと、あっという間に社交界から姿を消したというのだ。


「淫魔の魅了……」


 思わず呟いたジュリエットの脳裏に、恍惚とした表情でセシリアを取り巻く人々が浮かぶ。

それはまるで女神を崇める信者達のようでいて、とても異様な光景であった。


 本当の父親がアウィンであるならば、セシリアにも“魅了”の力がありその力が働いていたのだと腑に落ちる。


 だが、その考えはあっさりと払拭されてしまう。


「淫魔の魅了にはそんな力ないのよ」

「え?」


 考えを読みとったかのようなジプサムの答えに、ジュリエットは弾けるように顔を上げた。


「魅了の力だけでは人間の精神に触れるような事は出来ないわ。ましてや、意のままに操るなんて出来ない。淫魔の魅了とは、人が抱く好意や欲望を強制的に高める効果があるだけなのよ」


 では、セシリアの吐く嘘が真実のように人々に波及していったのは何だったのか。

実際にジュリエットは、セシリアの嘘によって「悪女」に仕立て上げられてしまっている。


「では、一体何だというのです?」


 セシリアの持つ不思議な力は一体何なのか、逸る気持ちを抑えられずジプサムに詰め寄った。


「アタシもアウィンが何をしたのか気になって、奴が国から逃げ出す前に会いに行ったの」


 ジプサムの額にはうっすらと影が走っていて、過去を思い出すかのように目を伏せて話し始めた。


♠♡♦♧


『君は同族だから特別に教えてあげるよ。僕の血は特別美味しく感じるんだって』


 ジプサムの記憶に残るアウィンは、ひとつひとつの仕草も自分の魅力が生かされるよう計算した動きをする男だった。話しているだけなのに、ピンク色の髪がふわふわと揺れ動き、あどけない笑顔を向けてくる。同族のジプサムでさえも一瞬ハマりそうになるのをぐっと堪えた。


『ハハッ、何のことか分からないって顔だね。いいよ見せてあげる』


 あどけない笑顔から急に艶やかに笑ったアウィンは、両手を前に広げてみせた。すると、彼の腕の中に黒い影が現れ、それはやがて人の型を型取って止まった。


『彼は闇の妖精。とっても強い僕の大事な妖精』


 アウィンが闇の妖精だと話す人型を見ると背格好は男だという事以外、なぜだか顔を認識する事が出来ないでいた。

 呆気に取られているジプサムをよそに、アウィンと妖精は唇を重ね始めた。だんだんと深くなっていく口付けにアウィンの切ない声が漏れ出る。


『ふぁっ……だめだよ……まだ彼女と話してる途中だから』


 アウィンがジプサムに向き合おうとすると、闇の妖精は離れるのが嫌なのか後ろから抱きしめている。

闇の妖精はアウィンの耳元で何ごとかを囁いてクスクスと笑い合う。


『驚くだろ?(妖精)は人間じゃなくて、魔族の僕を気に入ったみたいなんだ。だから僕は魔族なのに闇魔法を使える。それに闇魔法と僕の魅了の能力は、かけ合わせるととても相性が良いみたいだ』


 ジプサムは魔族と妖精がまるで恋人同士のように戯れ合っている光景に驚きを隠せずにいた。

そんなジプサムを他所にアウィンは話を続ける。


『――人間って種族は時に魔族よりも強欲だよね。特に貴族の欲望は底のない沼のようだ。だからとっても簡単に魅了と魔法にかかりやすくって、ふふっ僕の意のままに動く玩具になってくれるんだよね』


 アウィンは悪びれる様子もなく楽しそうに語り続けた。

魅了の力と闇魔法を加えた新たな力を使って、客の金持ちを洗脳し金品や宝石を貢がせ荒稼ぎをしていたと。予想外に貴族を相手する事となったが、そのお陰で当分雲隠れ出来るほどの資金が出来たと笑った。


 そこまでアウィンから話を聞き出すと、ジプサムはトラブルのあった高位貴族にもその力を使ったのか問いかけた。


『もちろんだよ〜。名門のご令嬢といっても頭と股が緩いただの女なのに、あのおじさん僕が悪いって痛い事しようとするんだもん』


 口を尖らせて膨れっ面をする。その姿も可愛らしく、ジプサムは彼の計算だと頭では理解しているのに見惚れてしまっていた。


 だが次の瞬間、アウィンの発する言葉が油断していたジプサムの身を凍らせる。


『あの人間には、一生悪夢から醒めない魔法をかけてあげたよ』


 微笑しているように形造るアウィンの表情からは一切の感情はなく、ジプサムを見据える目はとても冷たくて恐怖を感じる程であった。

 

 ジプサムは本能的に後退りをしてアウィンから距離をおこうとする。

すると闇の妖精が突然、アウィンの体を自身の真っ黒な影で包み込んだ。

 

 警戒したまま前を見据えるジプサムに、アウィンは目を細めて笑いかける。


『ばいばい』


 そして――闇に取り込まれるように、アウィンと妖精の姿は消え去った。


♠♡♦♧


 ジプサムの話が終わると室内は静まり返っていた。

ライは険しい顔をしており、ジストはいつもの無表情のままだが、シトリに至っては苦虫を潰したような顔をして背中がゾワゾワすると掻き始めた。


「セシリアは赤子の時から自己防衛の為に力を使って、セレスタイン家との血のつながりが疑われないようにしていたのネ。無意識のうちに」


 セシリアの持つ魔法属性は“闇”だ。アウィンの特別な力を受け継いでいるとしたら不可能な話ではない。


「では、叔父様もわたくしも……亡くなったお父様も――セシリアに洗脳されていたってこと……?」


 散々追い詰められたセシリアの力の謎が解け、動揺のような興奮のような怒りのような――ジュリエットは、これまで経験した事のない感情の昂りに拳を握りしめていた。


「ジュリエット」


 ライの呼ぶ声に顔を上げると、ジュリエットを見てライが瞠目しているのが見えた。


「みんな……洗脳されていたなんて……屋敷にいた人達も学院の人達も――」


 胸を抉られるような思いに掻きたてられながら、ジュリエットは悲痛な声を上げる。


 ジュリエットが産まれる前から仕えていた屋敷の者達、他愛ない話をしたりランチを共にしたりと学院で出逢った友人達、クラスメイト。

その誰もがセシリアの嘘を信じ、どんなに違うと声を張り上げても彼等の耳にジュリエットの声は届く事はなかった。最後に目にしたのは心底軽蔑したといった彼等の顔ばかりだ。


 ジュリエットの瞳から涙がポロポロと溢れ落ちてくる。


「ふっ……うぐっ……」


 両手で顔を覆っても手から涙が溢れ落ちるのを止められない。

人も、居場所も、全てを奪っていったセシリア。それに、元凶であるセシリアの母親。


 血の繋がりが無いただの他人の女に何故奪われなければいけなかったのか――

濁流のように押し寄せてくる感情にジュリエットは胸が張り裂けそうになる。


 ライは咄嗟にジュリエットを自分の胸におさめるように抱きしめた。


「もう1人で耐えなくていい。俺が傍にいるから」


 ジュリエットはその言葉に一瞬驚いた。


(だから……そんな思わせぶりな台詞を言ったら……勘違いしちゃうわよ)


 そんな事を思いながらもジュリエットは、これまでの我慢を洗い流すようにライに縋り付いて泣いた。


その後、暫く泣き続けたジュリエットは、ウトウトと微睡の中でライの心臓の音を聴いていた。ドクンドクンと脈打つ心音に瞼が落ちてくる。


「もっと早く……あんな所(学院)からお前を連れ出してやれば良かった」


 ジュリエットが泣いている間、ただ無言で背中をさすっていたライから苦悶に満ちた声が落ちてくる。


 きっと眉を寄せて辛そうな顔をしているのだとジュリエットは想像してクスっと笑う。

口は悪くそれでいて思わせぶりな事を天然で言ってくる女泣かせの男だけれど、どこまでも優しい人だから大丈夫だよと言わなければきっと自責の念に駆られてしまう。


 ジュリエットは首を横に振ると、ライへと伝えたい言葉を絞り出した。


「ライ、わたくしを見つけてくれてありがとう」

最後までお読み下さりありがとうございます。

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