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時には淑女だって鉄拳制裁いたしますわ

ジュリエットを背に乗せた白い鴉はぐるっと空を旋回すると、突然建物の壁に高速で突っ込んでいく。


「きゃぁぁぁ!!!!」


 このままだと壁に激突する。ジュリエットは悲鳴を上げて咄嗟に目をつむった。

その時、鴉がカァっと鳴き声を上げる。すると、鴉の片目から赤く光る魔法陣が浮かび上がり、飛ぶ速度を落とすことなく魔法陣の中へと飛び込んでいった。

 

 目をつむっていたジュリエットは、一連の出来事を見ておらず衝撃を覚悟して身がまえていた。


「ご苦労さま」


急に聞こえた女性の声に驚いて目を開けると、いつの間にかジュリエットを乗せた白い鴉は見知らぬ女性の腕にとまっていた。


「えっここは……」


 外にいたはずなのにと、ジュリエットは驚きながら辺りを見回した。いつの間にかどこかの部屋へと連れて来られているという状況に緊張感が増す。


「ウフフ、訳が分からないって顔ネ。そんなに心配しなくていいわ。アタシはここ(桃源郷)のオーナー、ジプサムよ」


 ジプサムと名乗る女性の方を見る。すると彼女は赤い瞳を片方閉じ、ジュリエットに向かってウィンクをした。


「あ、えっと、わたくしはジュリエットと申しますわ」


 鴉に乗ったまま困惑気味に自己紹介をすると、桃源郷のオーナーだと話すジプサムを改めて眺めた。


 真っ赤な紅を引いた唇はぷっくりと厚みがあり、アップにまとめた青色の髪は、おくれ毛が首筋にかかり大人の色香を漂わせている。さらに身体のラインにぴったりと沿った扇状的なドレスを着こなし、深く入ったスリットから太ももが顕になっていた。

それに、ついつい視線がいってしまう大きな胸はドレスから溢れ落ちそうだ。


 けれどジプサムを見ていると、同性であるにも関わらず気持ちがふわふわドキドキとしてくる。


「あら?アナタ()あまり効いていないわネ」


 まじまじと顔を覗き込んできたジプサムは、意味深な発言をする。面白そうな物を見つけたとばかりに妖艶に口角を上げるジプサムに、何を意味するのか全く理解していないジュリエットは首を傾げた。


「ジュリエット!」


 そんな時、ジュリエットの耳にずっと聞きたかった人の声が飛び込んできた。すぐにジュリエットの意識はそちらに向いた。


「ライ……!!」


 ジュリエットは駆け寄ってくるライの方へ飛び立つと、ライが両手でジュリエットの体を包んだ。ライはジュリエットを見てほっとした表情をするとすぐに険しい顔をする。


「どうしてこんな所にいるんだよ!どうやって入った!?シトリとジスト――アイツらはどうしたんだ!」

「シトリとジストはここには入れないって言うので置いてきましたわ。わたくしは、業者の荷車に紛れて入りました」

「はぁ?何やってんだよ危ねぇだろ!何でこんな事したんだ?」


 呆れと苛立ちが混ざったライの態度に、ジュリエットはムカっとしてライの手から魔法で飛び上がった。


「それは!ライが女性と……しょ――娼館なんかに入っていったからでしょ!!」

「なっ!?」


 娼館と言うのに少し躊躇いをみせるもライに対して 腹立たしさの方が勝り、ジュリエットは怒りをぶつけるように大きな声をあげる。

予想外の答えが返ってきたのかライは驚きで目を見開いた。


「わたくしの依頼がまだ終わっていないというのに、どういうつもりですの!?一体ここで何をしようとしていたのよ!!」

「おいおい待て!ちがーー」

「何が違うのよ!わたくしこの目ではっきりと見ましてよ!!ライが女性と仲良く腕を組んで、親しげにここに入っていくのを!!!」

「待てって!だからそれはーー」

「待ちませんわ!!言い訳ばかりしていないで素直に認めなさいよっ!!!!!」


 ライの言葉を挟む間もなくジュリエットは早口で捲し立てると、右手の拳を思い切り振り上げた。すると、旋風が巻き上がりライの顎の下にきれいにヒットする。


「っぅ……」


 尻餅をついて顎を押さえたライは、声にならないうめき声をこぼした。


「……あっライ兄。ここにいた」


 そんな渦中、急に室内の扉が開いたかと思えば呑気な声が響く。ポリポリと菓子を食べながらジストが室内に入ってきたのだ。


「……良かったジュリエットも見つけた。それで、何してんの?」


 ジストは顎をおさえるライと、涙目で怒りを露わにするジュリエットを交互に見て首を傾げる。


「ジストてめぇ!俺を身代わりにして先に行くんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 一際廊下が騒がしくなり、叫び声と何かをズルズルと引きづる音と共にやってきたのはシトリだ。

シトリはゼェゼェと荒い呼吸をしながら室内に入ってきた。警備員達の制止を力づくで無視し、体にしがみつかれたまま引きずってきたようだ。


「オーナー!不審者です!」

「こ、拘束してます……!」

「だーかーらー!不審者じゃねぇよ!!つか、拘束って、お前らただ引っ付いてるだけだろ!?」


 シトリの足にしがみつき拘束していると言う警備員達に、シトリはツッコミを入れる。


 ぎゃあぎゃあとそれぞれが騒ぎ、室内はまさにカオス状態であった。

ピキピキと青筋を立て、ついに我慢の限界を越えたジプサムは太腿に仕込んでいた鞭を取り出すと、床にバシィンッと打ち付けて咆哮する。


「アンタ達いい加減におし!!!」


 地を這うようなドスの効いた声が響くと、一同はジプサムの悪鬼の形相に硬直したのだった。


♠♡♦♧


「それで――アンタ達は、ライを追ってうちの店に来たってわけネ」


 ジプサムは煙管をふかしてライを指すと、ジュリエット、シトリ、ジストはそれぞれ頷いて肯定した。


 突然建物に侵入したジュリエットを追って、シトリとジストは慌てて中にいるライに取り継いでもらおうとしたが、警備員達は2人が娼館に入りたいがために嘘を吐いていると耳を貸さなく足止めされてしまったのだという。

ジュリエットを心配して強引に中へ入ったと説明すると、ジプサムは警備員達の再教育をすると言って恐ろしい笑顔を浮かべていた。


 そして、ライが娼館に来た理由も明らかとなった。


「情報屋……ですか?」

「あぁ、何でも屋みてぇなもんか?」

 

 ジプサムは厚ぼったい唇から煙を出すと、ゆっくりと足を組みなおした。ドレスのスリットからは太ももがはみ出し何とも煽情的な光景だ。


「そうネ。殺し以外はあらかた何でもやるわよ」


 位の高い者達が集まる高級娼館は情報収集と密談に打って付けの場であり、ジプサムは殺し以外の公に出来ない依頼を代行する稼業を裏で運営しているのだという。

仕事内容は人探し、素行調査、夜逃げ、情報収集、場合によっては犯罪ギリギリの代行をしている。


「ちなみにネ、ジュリエットちゃん。ライと一緒にいたっていう女はアタシよ」

「まぁっ!ジプサムさんでしたの!?」

「そうよ〜。この男、終始仏頂面で娼館に来るような態度じゃ全然ないのネ。腕くらい組まないとそれっぽく見えなくて」


 ジプサムは営業妨害よ〜と溜め息をつくと、ライは知らんと面倒くさそうに言い放ち頬杖をついた。


「あの――ジプサムさん!お店に勝手に入った挙句、騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした。シトリとジストも無茶をさせてしまってごめんなさい」


 ジュリエットはジプサムとシトリ、ジストそれぞれに謝罪の言葉を口にし頭を下げた。


「ライも……痛かったですよね。ごめんなさい」


 特にライには思い切り拳を振り上げてしまった。申し訳なさと淑女失格の行動に顔を上げられずにいると、ふわりと頭を優しく撫でられる。


「ジュリエットがお転婆なのは今さらだろ?そんな気に病むな。シトリとジストに至っては全く気にしてねぇし、ジプサムもジュリエットが店に入った時点で気付いてる」

「え?」


 ジュリエットが顔を上げると、シトリはニカッと笑いジストは無表情で2人同時にピースサインをする。

さらにジプサムの方を見ようとすると、突然視界をふわふわとした毛に覆われた。


「ひゃっ!あなたは――さっきの猫ちゃん!?」

「ニャゴー」


 ジュリエットに返事をするように猫はダミ声でひと声鳴くと、ぼてぼてと移動する。ジプサムの足元にすり寄ってからドスっと膝に乗ると、ゴロゴロと喉を鳴らしはじめた。


「フフ、ライの言う通りよ。小さな侵入者ちゃんには気付いていたわ」


 ジプサムは煙管をふかしながら猫の頭を撫でる。

ちなみにシトリとジストは、従業員専用の裏口を通ってここまで来たからか客の目に留まる事はなかったよう。外で騒動があったとしても娼館の客室には防音魔法が施されており、室内にいる客は気付く事はないという。


「おイタをするような子ならお仕置きしなきゃと思ってたんだけど、この子()の目で視てたらどうも必死で誰かさんを探してたみたいだからネ」


 ジュリエットが何を目的に侵入したのか探る為、ジプサムはあえて泳がしていたと話す。


「その子の目……ですか?」


 猫の目はジプサムと同じ赤い瞳で、よく見ると片目にうっすらと魔法陣が施されていた。さらにソファの背もたれに留まる白い鴉も同じく赤い瞳をしており、片目には魔法陣が施されている。


「この子らはアタシの使い魔よ」

「ミャー」

「カァー」


 ジプサムが使い魔だと紹介した猫と白い鴉は、人間の言葉が分かるだけでなく仕草も人間のように前足と羽をそれぞれ上げて返事をした。

ちなみに猫の方はラーズリという名で、鴉の方はここに来る前に男が呼んでいたのと同じスピラという名だった。


「それにしてもジュリエットちゃんが、サディードの部屋に入って行くのをラーズリの目を通して視た時は驚いたわ。だからすぐにスピラを迎えに行かせたのよ」

「サディード……?」


(さっきの男性はサディードという名なのね。あらっ?どこか聞いた事のある名だわ……)


 サディードは使い魔のスピラを知っている事からジプサムの裏稼業を知る人物であるのだろう。むしろ情報屋に関係するのかもしれない。

そんな事を考えながら美しくも恐ろしい雰囲気を纏っていたサディードを思い浮かべたジュリエットは、彼の一糸纏わぬ裸体姿までも思い出してしまいカァッと赤面した。


「あら?サディードに何かされた?」

「い、いいえ!水魔法を少し受けたくらいで何も――」

「はっ?」


 ジプサムの問いかけに答えると、別の方向から不機嫌な声が聞こえてきた。

眉間に皺を寄せてなぜだか怒っているライが、黒く禍々しいオーラを纏いはじめていたのだ。


「あの……ライ?」

「攻撃されたのか?」

「攻撃……?」


 一瞬何の事だか理解出来なかったが、サディードに攻撃されたのかと聞かれていると理解したジュリエットは首を振る。


「いいえ、水球の中に捕まったので少し溺れた程度ですわ」


 本気でサディードに攻撃されていたならばジュリエットはとっくにここにはいない。あくまでもジュリエットを捕えるための魔法であったと話している途中で、ライは急に立ち上がって部屋を出て行こうとした。

突然のライの行動にジュリエットは焦って声をかけた。


「ライ!?どこに行くの?」

「サディードの野郎ぶっ飛ばしてくる」

「えっ!?ちょっと待って!」


 物凄い剣幕で出て行こうとするライに向かって、ジュリエットは制止するべく飛びついた。


「行かないでライ!せっかく会えたのにまた離れ離れになるなんていやよ。もうどこにも行かないで」

「――っ!?」


 ライの肩に乗り必死で耳元で訴えると、ライの体はピシッと固まって止まった。


「えっと、ライ?」


 今度は急に体を硬直させたライにジュリエットは困惑する。ジュリエットとしては苦労して探して紆余曲折しようやく会えたのに、またいなくなられたら探すのが大変で困るという意味を含んでいたのだが。


 ライは大きな大きなため息をはき出すと口を開いた。


「……ケガは?」

「ないですわ」

「そっか……ならいいんだ。俺のいないとこで無茶すんなよ」

「えぇ、ごめんなさい」


 無意識で睦まじい世界を作り始める2人に、ジプサムをはじめとして、シトリとジストから揶揄い混じりの視線を向けられている事にジュリエットとライは気付いていなかった。


「あらあら〜ジュリエットちゃんって意外に小悪魔ネ〜」

「ライ兄、完全にジュリエットに翻弄されてんな」

「……ライ兄、顔赤い」


 そうして改めて座り直したライの膝の上には、ちょこんとジュリエットが座っている。


「ライ?あの……わたくし、1人で座れますわ」


 ライに無理やり座らされたジュリエットは、恥ずかしくて降りようとする。すると即座に大きな手によってしっかりと体を囲われてしまうのだった。


「離れるなって言ったのジュリエットだろ」

「こ、こういう意味では……」


 決まりが悪そうに頬を赤くするジュリエットを見て、ライは満足げにふっと笑みを浮かべる。無自覚にライを翻弄したジュリエットへお返しのつもりであった。


「ライ兄ばっかずりぃ!」

「……ジュリエットの独り占めダメ」


 2人だけの世界という雰囲気に、我慢できなくなったシトリとジストが声を上げて割って入る。

実はジュリエットをかまいたくて仕方のなかった双子は、ぶーぶーとライに文句を言い始めた。


「うるせ。お前らあっち行け」

  

 ライは双子を追いやるようにしっしっと手を払うが、ジュリエットを誰が持つかでたちまち男達の口論が始まるのだった。


「全く困った連中ネ〜」

「カァ〜」

「ミャ〜」


 呆れたジプサムのため息の後には、使い魔の白鴉スピラの同意する鳴き声と、短い前足で顔を洗う猫のラーズリのダミ声が響いた。


 ライの大きな手にしっかりと体を包まれているジュリエットは、密かにライの温もりにほっとしていた。

体が小さくなってからは、ずっとライのポケットの中にいた。たった1日でも離れているだけで、体がライの温もりを求めている事に気付いてしまったのだ。


(体が元に戻ったら……わたくしはライと何の関係もなくなるのよね)


 優しく甘やかしてくれるライに身を預けていたが、あくまでも冒険者と依頼人という関係だ。

ジュリエットの依頼が終了したら、取捨選択できるほどの高額な依頼が待っているはずだ。もしその中に、女性の依頼者がいたら――


(他の女性にも優しくするの――?)


 魔法陣のある背中にちりっと小さな痛みが走るのを感じる。

けれど、心に広がっていく嫉妬のさざ波をどうしていいのか分からなく、ジュリエットは胸元を強く握りしめた。

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