乗り込みますわ!
褐色男子サイコー!!!!
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「君は一体何者なのかな?」
寝台の座り込んでいるジュリエットの目の前には、裸の男が体を起こしてジュリエットを見下ろしている。
笑みを浮かべているが、目の奥から見定めるような鋭い視線をジリジリと感じる。
(どうしましょう!一刻も早くここから出たいのに全く隙がないわ!それに――)
恐る恐る視線を上げると男とバチっと目が合い咄嗟に横を向く。
(目のやり場に困りますわ!!!)
絹の掛布から上半身をさらけ出している男はとても妖艶で美しい。
褐色の肌は磨かれた玉のように光沢があり、上半身の筋肉は彫刻作品のようにくっきりと浮き出ている。金糸のような髪は長く、藍玉をはめたような瞳。まるで、神話に登場する男神のようだ。
そんな素っ裸の男と共に寝台にいるのは何故か――時は数刻前まで戻る。
〝桃源郷〟という名の高級娼館にライが女性と共に入っていくのを見たジュリエットは、ムカムカと怒りの気持ちが沸き起こっていた。
シトリとジストに中に入ろうと提案するも、会員制の高級娼館である為、一見では入れず門前払いだという。
「わたくしだけでも行ってまいりますわ!」
「はぁ!?ジュリエットちょっと待て!」
シトリとジストの制止を振り切って高く飛び立つと、ジュリエットは風の威力を上げて一気に噴射する。人々の頭上にジュリエットの起こす旋風が吹き抜けていくが誰も気にしている者はいない。
ジュリエットはそのまま建物を取り囲む塀を飛び越え、桃源郷の敷地内へと侵入する。どうやって中に入ろうかと模索していると、ガラガラと荷車を引いた行商人が歩いて来るのが見えた。
ジュリエットは迷うことなく荷車の中に入り身を潜める。すると、案内をする警備兵と行商人の世間話の声が聞こえてきた。
「今日は随分と忙しそうだな」
「あぁ、久しぶりにオーナーが店に来てるからな。皆ピリついてんだよ」
話を聞いている内に荷車が止まると、建物の中に荷物が運ばれていく。最後にジュリエットが隠れている酒瓶の箱が宙に浮くと、そのままどこかへと運ばれていった。途中、活気のある声が飛び交う厨房を通り、静かなひんやりとした空気の場所までくると箱が下ろされる。
運んだ者が去って行くのを確認すると、ジュリエットは箱から顔を出し辺りを見回した。
「ここは……貯蔵庫かしら?」
薄暗い室内には食品やワイン樽などの食料品が置かれていた。異国の文字で書かれた箱もあり、ヘリオドール王国産の品物もある。
さっそく箱から飛び降りて扉の方へと向かうと、幸運な事に扉が少し開いていた。扉の隙間からすり抜けて廊下の様子を伺いながら歩くと、近くの厨房から調理する音や食器の鳴る音などが聞こえてくる。
(ライがいる場所を探さないと……でもどこにいるのかしら)
建物の構造も何も分からないまま勢いで乗り込んだジュリエットは、情報収集のために人の気配のする厨房の方へとと行きサッと身を隠して周りの様子を伺う事にした。
「ねぇねぇ!さっきオーナーが連れてきた人見た?」
「見たわよ!すんごいイケメンだったわぁ」
すぐに女給の制服を着た若い女の子達が厨房に現れ、彼女達は仕事そっちのけで雑談を始めた。
(イケメン?ライの事かしら)
彼女達は娼館を訪れた男性客の事について興奮気味に語り、ジュリエットはそれに聞き耳を立てる。
「えーずるい〜私見てないわ。そんなにイケメンなの?でも今日泊まってらっしゃるあの常連さんには負けるでしょ?」
「うーん……それが、そうでもないのよね」
「えっ!?ていうことは、すっごいイケメンなんじゃない!?見に行きたいわ!どこにいるの!?」
「ばかねぇ。オーナーが連れて来たんだからオーナーの部屋でしょ?」
「じゃ、そのイケメンもオーナーの男なのね~。常連さんもオーナーの知り合いだし~」
キャッキャッと盛り上がる彼女達の話題は、先程から話に出てくる〝常連客〟についてスライドした。
「常連さんといえば……あの噂聞いた?」
「噂?」
「あの常連さんって実は、皇子――「何をしているの!」
その時、厨房に一喝する声が響く。女給たちのひらひらとした制服とは違う、王宮にいる侍女のようなかっちりとした制服を着た女性が腰に手を当て怒っている。
「おしゃべりばかりしていないで働きなさい!それと、たとえ厨房であってもお客様の話をするのは厳禁よ!!根の葉もない噂を広げてオーナーの耳に入ったら――あなた達、首が飛ぶわよ」
首に手を当てて横に切る仕草をして凄みを利かせた顔をすると、若い女給達はヒィっと小さく声を上げた。
「さ!早くお客様のお部屋へ運んでちょうだい」
「「「はぁ〜い」」」
パンパンと手を叩き仕事に戻るように指示をすると、気のない返事をしながらも彼女達は客が注文した食事や酒等を手押車に乗せて厨房から出ていく。
(お客様の部屋……という事は、これに乗っていればライのいる部屋へ行けるかもしれないわね)
ジュリエットは残っている手押車の側に近付くと、下段に置いてあったバスケットの中に潜り込む。しばらくすると、ジュリエットを乗せた手押車はカラカラと音を立てて動き始めた。
(止まったわ。どこかの部屋についたのね)
女給が扉をノックしている間に、ジュリエットはバスケットから顔を出して周囲を見渡す。
磨き上げられた木張りの廊下は亀甲型に一周する造りで、中央にある庭園を何処からでも見れる構造となっていた。
そんな屋内に設けられた立派な庭園には、さわさわと靡く若竹色の木や花が植えられている。さらには石で囲まれた池やそこに浮かぶ美しい花、池の上に架けられた赤色の橋まであり、庭園のあちこちには大中小の一見何てことの無い岩が計算された配置で飾られ、さらには、風の効果や鳥のさえずり音まで魔道具によって演出されている。
ジュリエットは初めて見る東国風の庭園に思わず目を奪われ、小さな溜息をもらした。
ギィッと扉が開く音で我に返ると、バスケットの中からこっそりと抜け出して壁に張り付く。女給と客の話し声に耳を澄ませ、男性の声に集中するが……
(この部屋の男性はライの声ではないわね)
ジュリエットの考えた作戦はひとつひとつ扉をノックして回り、中から出てきた人または声を確認してライを探すという無謀な方法だ。気持ちばかり焦り思い付きで行動しているとジュリエットも自覚していた。
それでも、頭の中ではライが女性と腕を組んでいる光景がチラつくし、ライと女性がこれから何をするのか……考えるだけで胸が押しつぶされそうになり、今にも泣き出しそうであった。
涙をぐっと堪え壁沿いをコソコソと移動して、別の部屋へと行こうとした時であった。ジュリエットの体にフワフワとした何かがぶつかったのだ。
「え?」
「ミャーオ」
横から聞こえる鳴き声に体が硬直し、柔らかさを無くした頭をギギギと横に向ける。
するとそこには――赤い目をぎらつかせた大きな猫がいた。
(なぜっ!猫が!?)
驚きで腰が抜けそうになりながも少しずつ後退りしていると、逃走を図るジュリエットに気付いた猫が蜂蜜色の毛を膨らませて威嚇する。
「シャ――!!」
「ひゃっ!ちょっと待っ――」
低い鼻と大きな目の猫はふさふさの長毛で、体が小さくなければ可愛いと思えただろう。だが、今のジュリエットにとって見上げる程大きな猫は、魔獣と対峙しているのと変わらない。
「ミギャャオ」
猫はさらに雄叫びを上げながら、ジュリエットに向かって飛びかかる。
「きゃっ!」
ジュリエットは後ろに飛び退くと、猫はビダンっと床に落ちた。
丸々とした体をわなわなと揺らせた猫が頭を上げ、真っ赤な目でギロッとジュリエットを睨みつける。まるで、“お前のせいだ”と言わんばかりだ。
「そんな、わたくしのせいでは……」
ジュリエットが何となく首を横に振るが、“うるさい!”と言いたげな雰囲気で再びビョーンと飛んできた。
「ミギャァァァ!!!」
その時――先程入室した女給が部屋から出て来るのが見え、ジュリエットは一気に風を噴射させると、今にも閉まりそうな扉の隙間に向かって突っ込む。
「きゃっ!!えっ?風??」
飛んでいくジュリエットの姿は弾丸の如く、女給には見えていない。それよりも、ジュリエットを追いかけて部屋に入ろうとする猫の方に意識を向けたようだ。
「あっ!お客様のお部屋に入っちゃいけませんよ!お客様――それでは失礼いたします」
「ミャギャギャャ―――!!!」
女給は暴れる猫を掴んだまま、室内にいる客に頭を下げると慌てて扉を閉める。扉の外では猫の雄叫びが聞こえるが手押し車の音と共に遠さがっていった。
「それで――」
静寂の訪れた室内に冷たく鋭い男性の声が響く。
「俺に何か用かな?侵入者さん」
男は寝台に横になりながら指先をひょいっと動かすと、水で出来た丸い球がフワフワと現れ男の前に浮かぶ。その水球の中にはジュリエットが閉じ込められており、藻掻きながら水の壁を叩いていた。
「あぁ、これでは質問に答えられないか」
再び指先を動かすと、ジュリエットごと水球が寝台の上に落ちる。バシャっと水の球が割れて、肩で息をしたびしょ濡れのジュリエットが寝台に座り込む。
「ハァハァ……ケホッ……」
男は警戒心を緩める事はないが、ジュリエットに対して興味があるのかジッと見据えている。
「君は一体何者なのかな?」
ジュリエットの体が無意識に強張る。
(この方こそ……一体何者なの――!?)
物凄いスピードで飛んで来たジュリエットを目視することなく、一瞬で魔法を放った男は手練れの実力者であると分かる。部屋に入ったあの瞬間に殺されていてもおかしくはなく、ただ今のところはジュリエットに向ける好奇心に助けられている状態というだけだ。
(この方を納得させる答えを出さなければ、わたくしの身は……どうなるか分からないわね)
早速、思い付きで行動した事をジュリエットは後悔する。常人ではない男の只ならぬ雰囲気を感じ取り、隙をついて逃げ出す事を諦めた。
「わたくしは……よ、よう、妖精ですの」
ジュリエットは早くこの部屋を出て、ライを探しに行きたい一心でひと芝居打つ事にした。
自分で妖精というのを気恥ずかしく感じながら、びしょ濡れになった体に風魔法を放ち水分を飛ばしてみせる。
「へぇ。じゃ、今の魔法からして風の妖精という事かな」
僅かに目を瞠ると男は続きを話すように促してくる。
「え、えぇ。あの実は、わたくし人を探しているのです。この建物に入ったのは確認したのですが、部屋が分からなくて……」
ジュリエットはライを探すために、なりふり構わず部屋を回ろうとした事や急に現れた猫に襲われ、やむおえずこの部屋に入ってしまった事を説明して謝罪した。
「ふぅん。まぁ、妖精さんの話は分かったよ。ところで、その知り合いと妖精さんはどういう関係なの?」
「え?関係……ですか?」
いつの間にか“妖精さん”と呼ぶ男の不可解な言葉に首を傾げていると、男は身じろぎをして片膝を立てた所に頬杖をついた。男が動くと身につけている金のアクセサリーがシャラシャラと綺麗な音を立てる。
「妖精さんがそんな必死になるなんて、よっぽど殺したい相手か、好意のある相手って事だろう?どんな関係なのか気になるなぁって」
頬杖をついたまま男が微笑みを浮かべる。誰もが魅了されてしまうような妖艶な笑みは、ジュリエットには悪だくみをしている悪魔のようにしか見えない。ゾクッと背筋に冷たいものを感じながらジュリエットは口を開いた。
「彼はパートナーです」
「パートナー?それは、契約をしているという事かな?」
「いえ……契約はしておりませんわ」
妖精と契約――コランダム帝国独特の妖精事情について、シトリとジストから話を聞いていたジュリエットは首を横に振る。
強力な魔法の力を手に入れる為には、ジュリエットのように高位妖精の祝福を授かる他に、妖精と契約を結ぶという方法がある。
季節があり豊かな自然に囲まれた王国には、自然を好むタイプの妖精が集まってくるが、反対に緑が少ない砂漠地帯のコランダム帝国には、魔力を帯びたダンジョンや遺跡を好む妖精が集まってくるという。そういった妖精は好戦的なものが多く、魔法の火力も強い傾向にある。ダンジョンや遺跡に挑む冒険者にとって、魔獣との戦いは避けて通れないものだ。だから、戦を好む妖精達と契約を交わしやすいのだそう。
「彼にとってわたくしは、ただの依頼人に過ぎません」
話しながらジュリエットの脳裏に再びライと女性の姿が浮かんでくる。両手を胸元でぎゅっと握りしめるジュリエットを、男はじっと観察するように眺めていた。
「妖精さんは彼に恋してるんだね」
「なっ――!?そんなわけ……」
ジュリエットの心の中でずっと燻っているライへの気持ち。少し前のジュリエットであれば“そんなわけない”と誤魔化していただろう。だが今は喉に言葉がつかえるように、その言葉を発するが出来ないでいた。
「ところで……君は本当に妖精なの?」
ギシっと寝台が揺れて、ジュリエットの側に男の腕がつく。男からは花の甘い香りがする。
「まるで、人間の娘のようだ」
耳元で囁いた男の言葉に、ジュリエットはビクっと体を揺らせる。
硬直するジュリエットをそっちのけで、男は深紅の髪をすくって持ち上げると口づけを落とす。全てを見透かすような藍玉の瞳に耐えられなくなり、視線から逃れるようにジュリエットは思わず目を逸らせた。
時が止まったような静寂をコンコンと窓を叩く音が破る。
「残念。迎えが来たようだ」
「……迎え?」
ふっと表情を緩めた男は寝台から降りると、絹の掛布がさらりと落ちて全身が露わとなる。
「きゃ!」
ジュリエットは小さく悲鳴を上げると、大慌てで両手で顔を隠した。
「つくづく人間の女の子にしか見えないね」
クスクスと笑いながら男はガウンを羽織ると、カーテンを少し開け外を確認する。
「何かあったのですか?」
いまだ手で顔を隠すジュリエットに男が眉を下げて口を開く。
「レディ、もう目を開けて大丈夫だよ。さぁ、こちらにおいで君の迎えだ」
“迎え”の意味を考える間もないまま、ジュリエットの体がフワフワと宙に浮く。男が魔法を使ってジュリエットを窓まで誘導しているのだ。
「白い鴉?」
窓の外にとまっているのは、全身が白色の鴉であった。先ほどの猫と似た赤い瞳でジュリエットを確認すると、頭を下げて背中に乗るように促してくる。
「さぁ、彼の背に乗っていくんだ」
「あの、どちらに――ってきゃぁ」
気の短い鴉はジュリエットの体をくちばしで掴んでひょいっと背中に放る。
「ちょちょっと!!待って……」
ジュリエットは鴉の背中に慌ててしがみ付くと、目の前の男と目が合った。
「またね、妖精ちゃん」
男はジュリエットにウインクをする。すると、鴉はふてぶてしい声で一声鳴いた。
「カァッ」
まるで“ケッ”と言っているような雰囲気に、男がカラ笑いをする。
「スピラはご主人様によろしくね」
スピラと呼ばれた白い鴉はくるっと後ろを向くと、翼を広げて飛び立っていった。
ジュリエットを乗せた鴉を見送った男が部屋に戻ると、水の足ひれを持った美しい女性が現われる。
「ウンディーナもあの妖精さんが気になるのかい?」
「サディードったら分かってるくせに。あの子は妖精ではないわよ」
くすくすと笑いながらウンディーナと呼ばれた妖精は、男の背中に抱き着くとさらっと事実を伝えた。
口の端を上げたサディードと呼ばれた男は、水で生み出した小さな鳥にフーっと息を吹きかける。
「やはりね。それじゃ、彼らの話を聞いてきておくれ」
小さな鳥は水で出来た羽を動かすと、外へと羽ばたいていった。
ストックなくなりましたので、また書きためてきます!
遅筆で申し訳ありませんが最後までお付き合い下さると嬉しいです(/ω\)
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