本当の呪い
予定よりも遅くなりました!すみません( ;∀;)
コランダム帝国に到着する数日前――
ジュリエットとライはジェットに呼ばれ王国ギルドを訪れていた。
そこにはジェットの他にルビーも同席しており、魔法陣に刻まれているアンスール文字の解読が終わったのだと見て取れる。
そして、ルビーの口から聞かされた呪いの正体にジュリエットは息をのんだ。
「寿命を縮める……呪い……?」
消えてなくなりそうな声で呟いたジュリエットに、ルビーの白銀の瞳が揺れる。蒼白な顔をしたジュリエットから思わずルビーは視線を逸らせた。
ジュリエットは胸を突かれたような気持ちでただ呆然と立ち尽くして混乱していた。自分にかけられた呪いは、てっきり体が小さくなる呪いだと思っていたからだ。
「どういうこと……」
“寿命を縮める”という事は、呪ってでもジュリエットの死を望む者がいるという意味だ。途端にニヤリと笑うセシリアの顔が浮かび、背筋をせり上がってくる悪寒に気が遠くなり始めていた。
「ジュリエット、大丈夫か!?」
その時、背後から聞こえたライの声によって、気が遠くなり白くなっていた景色に色が戻ってきた。振り向いてライを見上げると、すぐにライの指先がのびてきて額に触れる。
いつの間にか流れていた冷や汗が、ライの指を伝ってすぐに消えた。
「とりあえず落ち着け。ルビーの話だと寿命が縮む呪いのはずなのに、実際は体が縮んでるだろ?何か理由があるはずだ」
「そう……よね……てっきり体が縮む呪いだと思っていたから……動揺してしまったわ。ありがとう、ライ。もう大丈夫よ」
ライの指に支えてもらうように立っていたジュリエットは、指から離れて続きを促すようにルビーを見上げる。
そんなジュリエットの真剣な眼差しを受けとったルビーは頷いて返した。
「実は本当の目的であった寿命を縮める呪いは、発動出来ていないようなのです。ここを見て下さい」
そう言ってジェットの執務机に並べた正方形の紙を指さす。紙にはジュリエットの背中部分と、そこに刻まれた複雑な魔法陣の文様がまるで目で見たように写し出されていた。
「ここ――文字が途中で途切れているのが分かりますか?文字というか呪詛ですが」
ルビーが指をさした箇所は魔法陣の中心部分だ。よく見ると文字が円で繋がるはずの部分が途中で途切れ、そこだけジュリエットの肌が見えている。
さらにルビーは魔法陣を拡大して書き写した大きな紙も机に広げて見せた。装飾文様に見えるアンスール文字が途切れ空白になっている。
「呪いの魔法が失敗したってことかしら?」
大きく書き写された魔法陣に向かってジュリエットは独り言ちる。その傍らで、ライは首からかけたミスリルのバンクルを密かに服の上から指でなぞる。ジュリエットが歌ったあの不思議な歌が、なぜだか頭の中で響いている気がしたからだ。
そしてジェットは口元に手を当てて、考えられる他の要因はないかと考え込んでいた。
「ジュリエット嬢。辛いかもしれないが、フードの人物に襲われた時の様子を教えてくれないかな?」
顔を上げたジェットが申し訳なさそうに問いかけてくる。ジュリエットはこくっと頷いて、順番に記憶を辿るように話し始めた。
フードを目深かに被る犯人が笑みを浮かべたのを見た瞬間――ジュリエットの体は黒い霧で覆われて、その後に紐のような呪詛の文様に体を取り囲まれた。その途端、体から何かを奪われていくような感覚に本能的に死を意識した。
「あの時、とても苦しくて痛くて……でも突然、強い光がわたくしを包みこみました。あっという間に痛みが引いていって――そして、気がついたら体が小さくなっていましたわ」
一方、ライは――ジュリエットを誘拐しようとした犯人が事故を起こした現場に駆けつけて、その場の痕跡から妖精の森に誰かが入ったと勘付き追跡するために森に入ったと話す。
「急に森の中が黄金色に光ったんだ。その時、光に包まれているジュリエットを見つけたがすでに小さくなっていた。だから光の妖精かと思ったんだ」
ライと初めて会った時の事を思い出したジュリエットは、あの時のライの言葉に納得する。
「それで、わたくしの事を妖精だと勘違いしたのね」
「まぁ、それだけじゃないんだけどな」
「え?」
「あ、いや……なんでもねー」
ぼそっと呟いたライの声はジュリエットに聞こえておらず、すぐに聞き返すもライはそっぽを向いて誤魔化した。揺れた髪の隙間から見えたライの耳が、赤くなっているのを見つけたジュリエットは首を傾げる。
「光……光の妖精……」
2人の話を思案した様子で聞いていたジェットはくぐもった声を出す。
「ジェット、どうされましたか?」
「ん?うーん……これはあくまでも仮説なんだけど――」
ルビーの問いかけに反応したジェットは、組んでいた腕をといて魔法陣の紙などが並ぶ執務机に近付いた。
「もしこれが魔法の失敗による未完成ではなく、何らかの力による妨害だとしたら……」
期待するようなそれでいて僅かに緊張が入り混じる声色で、ジェットは魔法陣の空白部分を指でトントンと叩く。
「そんな強力な魔法の力を持つ者で、考えられるのは――」
「まさか……」
驚いて目を丸くするジュリエットに向かい、ジェットは小さく頷いた。
「妖精だよね。それも高位クラス、もしくは、それ以上の存在」
高位妖精よりも上の存在となれば、神話や伝承上の存在とされる妖精達の王である【大妖精】が考えられる。
「わたくしは風の高位妖精の祝福を受け継いでおりますが、大妖精と接点なんて……」
困惑しっぱなしのジュリエットの頭に、あり得ない存在の介入が過り首を横に振った。
「あくまでも仮説、ね。2人が話す“光”というものが何を示しているのかと考えると、ジュリエット嬢を守る魔法だったのではと、そんな気がしてさ。それに、体が小さくなった事にも影響している気もするしね」
それはジュリエットも考えていたことであった。もう駄目だと思った時に出現した強烈な黄金の光が、焼かれるような呪いの痛みとトドメを刺そうとする犯人の両方から守ってくれた。
「それで――ジュリエットにかけられた呪いの真意は分かったが、解呪方法はあるのか?」
ライの低い声が静まった執務室内に響く。目を伏せて小さく首を振ったルビーの姿を見てその答えを察した。
「ジェット、コランダム帝国へ行く」
突然、ライは宣言するように声を上げ、椅子のひじ掛けにおいた腕に頭を乗せていたジェットは顔を上げる。
「シゲル遺跡に入るんだね?」
「あぁ。それで、まず船の手配と……」
急にコランダム帝国やシゲル遺跡といった言葉を発するライとジェットは、あらかじめ話し合っていたのかどんどん話を進めていく。
「えっと、あの、ライ……ジェット様?」
2人の会話に割り込むように、ジュリエットはおずおずと話しかけた。
「ジュリエット、龍を倒すぞ!」
勢いよく近付いてきたライの顔に赤面する暇もなく、ジュリエットはすっとんきょんな声を出した。
「はい???」
♠♡♦♧
コランダム帝国には、大陸で最大のダンジョンやまだ攻略されていない未知数の古代遺跡が砂漠の下に眠っている。
遺跡は強力な空間魔法で造られており、さらには狂暴で希少な魔獣が無制限に出没する。過去に挑んだ冒険者の中に、シゲル遺跡そのものが異界と繋がっているのだと謳う者もいるほど、不思議で奇妙な遺跡だといわれているが、レアな植物や魔石、魔獣の素材など貴重なアイテムを手に入れることが出来る。
さらに遺跡の最深部には、シゲル遺跡で最強の魔獣クリスタロスの根城がある。クリスタロスとは鉱石で覆われた硬い皮膚を持った龍のことで、水晶龍ともよばれている。
鉱石が主食で、体内に蓄積された鉱石はやがて属性魔石となり、それを媒介にして強力な魔法攻撃を繰り成す。
ライの目的は、クリスタロスの核――なぜなら
「クリスタロスの心臓は【状態異常無効化】の効果がある魔石やったな。それ使うてこのお嬢ちゃんのちっちゃい体を大きするんやろ?」
コランダム帝国に来た理由を大まかに説明し終えると、アンバーはライの目的を理解する。
「アンバー、シゲル遺跡探索の申請をしたい」
「ま、そうなるわな」
何とも歯切れの悪い言い方をしたアンバーは、再び葉巻を取り出すと口の端で咥える。
「何か問題でもあるのか?」
ライが額にしわを寄せて葉巻に火をつけるアンバーに問いかけると、シトリとジストが先に口を開いた。
「実はライ兄がコランダムに来るってのが冒険者達の間で話題になってて」
「……ライ兄の目的が、シゲル遺跡って事も皆予想してるんだ」
「それは、何か問題なのかしら?」
大陸に数十人しかいないSランク冒険者であるライの動向が、同業の冒険者達から関心を集める事はなんら不思議ではないとジュリエットは首を傾げる。
「シゲル遺跡が問題なんや、嬢ちゃん。あっこの遺跡は、Aランク冒険者だけじゃ入れんのよ」
葉巻を咥えたままのアンバーの口からふわふわと葉巻の煙がはき出される。独特の甘い香りのする煙は空を昇っては消えていく。
「Sランク冒険者と一緒でなければ、シゲル遺跡には入れないという事ですの?」
「せやねん。ライがコランダムにおった数年前まではAランク冒険者だけでパーティ組んどっても承認してたんやけど、次第にエンカウントする魔獣がごっつ強なってきてな。負傷者が増えてからにもうあかんって事にしたんや。今はSランク付きの条件満たさんとシゲル遺跡には入れんのや」
ジュリエットは、思わず横を見る。ライは眉間にしわを寄せ、腕組みをしながら無言で話を聞いていた。
「あの、まさかとは思いますが……」
何となく察しはついているが、一応ジュリエットはアンバーに問いかけてみる。
「そのまさかや。ライのパーティに入りたいっちゅう嘆願書と、自分らのパーティに同行してくれっちゅう依頼書がこの通りたんまりやで」
アンバーは胸ポケットから丸めた紙の束をテーブルにバサッと置いた。ジュリエットはテーブルに飛び乗ると、雑に広がった書類を一通り眺める。
数十枚ある書類の内容は、シゲル遺跡調査の為にSランク冒険者であるライに同行して欲しいという依頼や、ライがシゲル遺跡に入るならついて行きたい、荷物持ちその他雑用係を希望をする等といった内容など様々だ。
そのいずれもライの目に留まるように高額な報酬が提示されており、何とかライに取り入ろうと目論む冒険者達の思惑が垣間見える。
「めんどくせー事になったな」
ライは片手で額をおさえると、低い声と大きなため息を吐き出した。シトリとジストも数枚手にとり、報酬の額を見て驚いている。
「ライ兄、これ受けるの!?」
その声にジュリエットはハッとして思わずライを見上げると、ライの目とぱちっと合った。
ライはジュリエットの顔を見るなり眉を寄せると、額を指先でちょんとつつく。
「なーに不安そうな顔してんだ?俺がジュリエットの依頼を途中で放り投げて、はした金で簡単に動くと思ってんのかよ」
「そっ、そんなことは思っていないけど……」
ジュリエットはつつかれた額を両手でおさえながら、ライの言葉にほっと胸をなで下ろす。
「それに、何の為にコランダムまできたと思ってんだよ。目的忘れてねぇよな?」
口角を上げて挑戦的な笑みを浮かべたライが顔を寄せる。
「わ、忘れていなくてよ!」
ジュリエットはツンとそっぽを向くと、深紅の巻き髪をブンッと後ろに払って腕を組んだ。
「ふっ、その意気だぜ。それに安心しろよ――」
「え……?」
小さな低い声に導かれるように顔を上げると、ジュリエットの頬にライの指先がそっと触れる。
「俺にとってジュリエットは最優先事項だ」
ジュリエットにだけ聞こえるように小さく呟いたライは、優しくジュリエットを見下ろした。その瞬間、ジュリエットの頬がぼっぼっぼっと一気に熱くなってくる。慌ててライから目を逸らすと、頬に触れるライの指先が離れていってしまう。
アンバー達と今後の相談を始めるライの後ろ姿から目を離せずに、ジュリエットは火照る頬を両手で押える。
(それって……どういう意味――?)
いつもの如く勘違いしてはいけないと思う一方で、少しだけ期待を滲ませた目でライの背を見つめた。
次回、7/1の0時更新です。
ひとまず数話程度ですが、書いた分を投稿していきます。ストック無くなり次第、また間隔があいてしまいますが……最後までお付き合いいただけますと幸いです。
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