いざ!新天地へ
新しいキャラクターのお出ましです☆
今後の更新はあとがきをご覧ください。
*後半の文章を加筆してます*
『ノブレス・オブリージュ……?』
まだあどけない少女のジュリエットが首をかしげて聞き返す。
ジュリエットの目の前にいるピンと背筋が伸びた年功の女性は、持っている指示棒をトントンと手に当てながら口を開いた。
『よろしいですか、ジュリエット様。貴族はその地位に鎮座する代わりに、貴族としての義務や責任を負わなければなりません。それなのに――最近の貴族たちはノブレス・オブリージュの精神がなっておりません!』
年功の女性はよほど腹が立っていたのか、勢いよく話し始めた。
なんでも、酒に酔った勢いで孤児院に「施しだ!有難く受け取れ」と金子を投げ入れ、後日やっぱり返せと迫る者や、その時の気まぐれで目の前にいた貧しい母娘に金子を渡しそれを自慢げに語る者など、昨今の王侯貴族は大うつけばかりだと話した。
『でも、その母娘は助かったのではないですか?』
本当に困っていたのならその母娘には良かったのではと、ジュリエットが疑問に思って問いかける。すると、年功の女性――サファイヤが、腰を落としてジュリエットに目線を合わせた。
『ジュリエット様、同情や哀れみだけでその一瞬を助けても意味がございません。現にその母娘が渡された金子はパンを1つ買える額、たったの1フリンだったそうです。たとえ、それ以上の額の金子を渡したとしても数日後、彼女らの手には何も残っておりませんでしょう。何が一番大事なのか、それは――』
♠♡♦♧
「……ット、ジュリエット、そろそろ着くぞ」
「んっ……」
ライの声で目が覚めたジュリエットはポケットから顔を出す。
心地よい海風が顔を撫で潮の香りが鼻腔をくすぐる。もうすぐ到着する港が目の前に見えると、ジュリエットは声を上げて喜んだ。
「わぁっなんて綺麗なの!」
ジュリエットとライが乗船している客船がもうすぐ目的の港に到着する。海から見るその街は、青色に染まる建物が美しい街並みであった。
「太陽の日差しが強いから少しでも和らげるために、壁を青色に染めてるそうだ」
「確かに……とても暑いですわ」
風を切って動く船上にいても感じる暑さは、船が停まったらどれほどのものなのか。灼熱の光線を放つ太陽を手で遮り、もうすぐ到着するコランダム帝国を見据えた。
ヘリオドール王国を南下した所にあるコランダム帝国。
海に面した大国で、海路や陸路を使って魔族など多種多様な人種が集まり、独特な文化が出来上がった異国情緒漂う国だ。
さらに大陸最大の砂漠がまたがっており、砂漠の下に眠るダンジョンに挑む冒険者達の拠点にもなっている。
「うっ……」
「また吐きそうか?吐くならここにしろよジュリエット」
いつでも間に合うようにと、手製のエチケット袋を抱えたライは大変頼もしい。
とりあえず現状のジュリエットは絶賛船酔い中で、早急に求めている事は下船して揺れない大地に足をつけたい、である。
王国を出た事もなく船になど乗船した事のないジュリエットにとって、いきなり何日も航海する旅は船酔いに耐える日々であった。乗り越えられたのは、ライの甲斐甲斐しい世話のおかげ。
淑女たるもの云々……は、船酔いの前では何の意味もなく、ライの服を汚した数々の失態に思いを馳せ、見えてきた念願の大地を見据えながらジュリエットの目からキラリと一筋の雫が光った。
タラップを降りると、南国特有の熱気と独特なスパイスのような香りが2人を包む。
ガヤガヤと活気のある声がライの胸ポケット越しから聞こえ、フラップポケットの隙間からそっと顔を出した。
そこから見えたのはフード付きの長袖ローブを着た男性達や、華やかなスカーフを巻いた女性など独特な衣装を着た人々が行き交っていた。太陽の日差しから肌を守るためだろう、腕や足を露出しないような服装だ。ライもジュリエットを入れておくジャケットは半袖だが、インナーは長袖を着用し肌を出さないようにしている。
「とりあえずこのまま帝国ギルドに行く」
そこで休憩しようと言ったライの声に返事をしようとした時、大きく体を揺さぶられる衝撃にポケットの中で体勢を崩す。
「なんっ、なんですのーー!?」
ライが身を翻して横に飛びのいたのだ。突然頭上から襲ってきた何者かからの攻撃を避けたからだ。
「ちッ……」
襲撃をした相手は、ライに攻撃を避けられた事に対して舌打ちをすると、さらにライに向かって攻撃を繰り返した。息つく間もない程の強打を打ち込んでいくが、ライは涼しい顔でそれを全て避けていく。
相手は更に足技を加えた攻撃で追い込もうとするが、ライはそれすらも手で躱す。
初めは騒然としていた周囲も、ものすごいスピードで繰り広げる攻防戦に歓声を上げ始めた。
「おい!もう……」
やめろとライが言いかけたその時――ライと対峙していた襲撃者は、体から青い炎を放出し右手に纏わせる。
「お、おい!ありゃ狐火だ!」
「逃げろ兄ちゃん!狐火は火が移ったら燃え尽きるまで消えねぇ!」
ザワザワと観衆が騒ぎ出し、そのうちの誰かがライに向かって叫んだ。
「説明サンキュー!」
観衆の声にニヤリと答えた襲撃者は、渾身の一撃をライに打ち込むべく全力で走り出す。
「くらえぇぇぇ!!」
逃げる気も避ける気もなかったライは、口角を上げて呟いた。
「当たんなきゃ意味ねーけどな」
ライは向かってくる襲撃者の足元に入り込むと同時に地面に手をつき、そして思い切り足を払う。
「ッな!?」
前にバランスを崩した襲撃者はすぐに手をついて、しなやかに体を回転させて立ち上がる。
「なにをーー!」
懲りずにライに向かって行こうとした次の瞬間、目の前に迫っていたライによって思い切り鼻を摘ままれた。
「キャンッ」
犬のような声を上げて髪を逆立てる襲撃者に向かい、ライは叱責の声を上げた。
「いい加減にしろ!シトリ」
ライにシトリと呼ばれた青年は、少し吊り上がった狐目をぎゅっと瞑って悔しがる。
「くっそーまた負けた。くーやーしーっ!」
悔しがりながら頭を振ると腰までありそうな細長い三つ編みがぶんぶんと揺れる。白色のメッシュの入った黒髪と黄色の瞳が印象的だ。
「お前な……会う度に攻撃しかけてくんのマジでやめろよ」
「ハァ~攻撃?こんなの軽い挨拶だろ?」
「軽い挨拶で狐火出すバカいるか」
シトリの頭にライのゲンコツが落ちる。
「いっで!」
口を尖らせて文句を言うシトリの元に、もう1人青年がやって来た。
「……おわった?」
青年は手に菓子の紙袋を抱えており、もぐもぐと食べながらシトリに話しかける。
「あー!おいっジスト!どこ行ってたんだよ!?お前が手伝わねぇからまたライ兄に負けただろーが」
ジストと呼ぶ青年を指差しながらシトリが詰め寄る。
シトリとジストは双子の兄弟で、2人並んでいると顔も背格好も同じだ。それに2人共、暑い国に似つかわしくない雪のような白肌が目立つ。
「……どうせ負けてた」
そうボソっと呟くジストは、常に眠たそうに瞼が半分閉じ、紫色の瞳も半分程しか見えない。
シトリと同じ黒い髪は襟足にかかる程の長さで、片側サイドだけにある白色の混じる髪を三つ編みにしている。
「おおいっ!やる前から決めつけんなよ!つか、何食ってんだよッうぐ!」
文句が長くなりそうなシトリの口の中に、とりあえずジストは持っていた菓子を押し込んで黙らせる。
「はぁ……それで、お前ら何しに来たんだよ?」
ほとんどシトリの暴走だと理解しながら、ライはため息を吐いて双子に問いかけた。
「決まってんじゃん」
ライの問いにシトリとジストがきょとんとした表情をする。
「迎えに来た」「……迎え」
「普通に来いよ!」
息ぴったりな双子の答えに、ライのつっこみが港に響いた。
♠♡♦♧
遠くで響く騒がしい音の中、時おりライの叱責する声が聞こえてくる。
(何かしら……すごく騒がしいわ)
騒がしい声に反応してジュリエットが瞼を開けると、目の前に黄色と紫色のキラキラとした瞳が広がっていた。瞳の中央の瞳孔は縦長のスリット状の形をしており、じっと獲物を見定めている肉食獣の目つきのようだ。
動いてはいけないと本能が働くのか、自然と体が硬直しているとーー
「見すぎ」
ライが2人の間に割って入ってきた。ジュリエットはほっとして起き上がろうとするも、再び訪れる胸の不快感にうっと口を押さえる。
船を降りて早々に始まった戦闘に、ポケットの中で一緒に巻き込まれていたジュリエットは、ライの激しい動きに耐えられずに意識を失ってしまった。すっかり双子に気を取られていたライは、ポケットの中でぐったりとしているジュリエットに気付き、双子を置いて大慌てで帝国ギルドまで走ったのだ。
「まだ横になってろ。気持ち悪いんだろ」
「ありがとう。でももう大丈夫よ。それで……ここはどこかしら?」
横になっていたソファから起き上がったジュリエットは、異国特有の部屋が珍しくきょろきょろと見渡した。室内の漆喰の壁は所々が植物モチーフの幾何学的文様の装飾がなされ、かまぼこ型の天井は木材で縁とられている。天井にぶら下がる鉄製の魔道ランプにも模様が施されており、夜になると美しい光が模様から溢れ出るのであろう。
「ここは、コランダム帝国のギルドの応接室だ。とりあえず口開けろ」
「……んっ」
ライが話しながらジュリエットにスポイトを近付けて水を飲ませる。ジュリエットは戸惑いながらも甘んじてこれを受け入れた。ライの世話モードにスイッチが入ると、いくら自分でやると言っても絶対に譲らないからだ。
そんな甲斐甲斐しくジュリエットの世話をするライを見て、シトリは目をまん丸くさせジストは持っていた菓子をぽろっと落とした。
その時――バァンっと勢いよくドアが開く。
驚いて顔を上げたジュリエットはさらに驚きに目を見開いた。そこには、扉よりも背丈も体躯も大きい巨大な男がいたのだ。
男は身を少し屈んで扉をくぐり抜けるようにして部屋へ入って来る。大きな体躯も目を引くが、男の額にある小さく突起した2本の角が真っ先に目に入る。それに、前髪部分が前方に盛り上がった髪型も特徴的で髪を固める何かで、両サイドもしっかりと後ろに撫でつけた髪型になっている。
「マスターさっきはありがとな」
ライが大男に話しかけると、彼はかけていた黒いレンズのついた眼鏡をゆっくりと外す。
「おぉライ、気にせんでえぇで。困った時はお互い様やないか。ほんで、こっちの嬢ちゃんか?具合悪うなってしもうたんわ」
大きな体をかがめた男は、ジュリエットをじっと見つめて思わず呟いた。
「めっちゃ、ちっちゃいな~」
ジュリエットの目の前にいる男の目は全体に黒く、瞳孔は朱色だ。これは、鬼の血族が持つ特徴的な瞳であり、瞳孔の色が朱色の場合は赤鬼と呼ばれ、青緑色は青鬼と呼ばれる。
未だ閉鎖的な風潮が残る王都の貴族社会では、出会う事のない珍しい血族だ。赤鬼と呼ばれる所以の不思議な瞳にジュリエットが呆けていると、男は次の瞬間ニカっと笑い自己紹介を始めた。
「やぁやぁ、はじめましてお嬢ちゃん。ワシはここのギルドマスターのアンバーや」
アンバーと名乗ったギルドマスターは、爽やかな笑顔を向けとキラリと白い歯が光る。
ジュリエットは無意識に力んでいた体を解いて立ち上がると、スカートの裾を摘んで腰を落とした。
「アンバー様、わたくしはジュリエットと申します。休ませて下さりありがとうございます」
指の先まで美しく、深く腰を落とすジュリエットのカーテシーにアンバーや双子達も釘つけだ。
「気にしなや!それにしても、お嬢ちゃんごっつ綺麗やな!天から天女が舞い降りてきたかと思うたわ」
アンバーは思わず口笛を吹いて手を叩き、ジュリエットを称賛した。
「そんで、元気になって良かったやないか!ライが血相変えてギルドに突っ込んで来よった時は、めっさ慌てとったからに街中で魔獣でも暴れてんかと思うたわ!がはははは」
「ライが……?」
アンバーが豪快に笑う中、ジュリエットはきょとんとした顔をする。
「せやで。あないに動揺してるとこ初めて見てん」
ジュリエットはいつも冷静沈着なライが、自分の為にそんなに慌てていたのかと驚くと同時に嬉しくもあった。隣に座るライを見ると気まずそうな表情をしている。
「余計な事言うなよ」
ライは組んだ足に頬杖をつきながら鬱陶しそうに呟いた。
「ハハハ!相変わらずクールなやっちゃな!中身はあっつい男やのにな」
胸を拳でドンドンと叩きながら、アンバーはニヤっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「うぜぇ」
溜息をつきながらライはそっぽを向くが、本気で鬱陶しがっているのではなく照れているのが分かる。
「あないに悪態ついとるけどな、そこのシトリとジストの世話をようしとったんやで。お陰でこの双子は今やギルドの大事な戦力や」
“ライ兄”と慕うシトリとジストは、妖狐の血を引く双子だ。縁あってライに救われ、もともと持っていた戦闘の素質をライに鍛えてもらい、今では帝国ギルドの職員をしつつ冒険者としても活躍している。コランダム帝国では有名な双子なのだという。
「それで――」
ソファにドカッと座ったアンバーが、葉巻に火を点けて煙をひと吹きした。
「お嬢ちゃんは、妖精かいな?」
すっと背筋を正したジュリエットは、真っすぐアンバーの目を見て口を開く。
「わたくしは妖精ではありませんわ。この体は呪いのせいで小さくなってしまったのです」
「呪い!?」
真っ先にシトリが反応を示し、ジストは言葉を発さないが驚いてはいるようだ。
「へぇ……呪いかぁ。ほな、お嬢ちゃんらがわざわざここに来たんとその呪いっちゅうんは何や関係あるんか?」
アンバーは特に驚きを見せる事なく一口煙を吸ってゆっくり吐き出すと、視線をジュリエットとライへ向ける。
2人は顔を見合わせてどちらともなく頷き合うと、ここに来る事になった理由を話し始めた。
ここまでご覧いただきましてありがとうございます。
新生活がスタートして思ったよりスムーズに事が運ばず、そして忙しく、4月中の更新は難しそうです。
申し訳ありません(/ω\)
5月再開を目途に頑張りますので、続きを見に来て下さると嬉しいです。よろしくお願いします♪